表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/133

第十九章 ヴァイパー号の惨劇(3)

 軍港が見えてきた。甲板は夕焼けの橙で染まり、到着目前で最後に海を一目眺めておこうとする乗客たちがちらほらと見受けられる。


「結局サイフォスの行方についてはよくわからないままか……。」


 隣でソフィアが手摺にもたれかかり深いため息をついた。

「そう悲観的になるなよ。シャスティと何かあったとわかっただけでも上々だ。」

「シャスティか……。」


 感傷的に呟くソフィアを横目で見ながら、ヴェルナーもシャスティの命を受けていたあの連中の事を考えていた。サイフォスと対立していたシャスティの配下の者なら、どう転んでも彼らの行動はこの世界の不利益にしかならない。サイフォスを恨み妬み、殺そうとするほどの感情を持った彼らなら。

 なら軍部は?奴らを取り込んでいる軍部は何をたくらんでいるのか、この世界の事をどこまで知っているのか?


「……とにかく帝都に着いたら一度仕切り直しだ。俺も軍部で動いてみるから、お前もお前で勝手にやれよ。」

「なんだ勝手にやれって……、私にはこれ以上の当てなんかない。」

「だったらじっとしてろ。お前に動かれると迷惑だ。」

「……お前あの酒場での事まだ根に持ってるな。」


 顔を紅潮させて睨んでくるソフィアを鼻歌交じりに無視する。間もなく船は軍港に到着する。ヴェルナーはそろそろ部屋に戻ろうかと踵を返した、その時だった。


「きれいな夕焼けですねぇ、そうは思いませんか?ヴェルナー=ライトロウ?」


 背後から呼び止められて、ぎくりと肩を揺らした。また貴族の社交辞令の始まりか、と急いで引きつった笑みを作り後ろを振り返ると、そこに奇妙な男が立っていた。


 その男は見ただけでも重そうな黒髪の長髪に、さらにズルズルと長いローブを纏っていて、酷く不気味だった。まるでおとぎ話に出てくる魔法使いのようないでたち、その笑みは悪寒がするほど晴れやかで、口元は糸を引いた様に引きつっていた。

 男はその能面の顔でヴェルナーに笑いかける。その仕草に、ヴェルナーの全身に鳥肌が走った。


「……お、まえは……。」

「直接会うのは初めてでしたね?初めまして、ヴェルナー=ライトロウ、私はイザイア=バルベリーニと申します。今はオルセンの軍事顧問などを請け負っております。」


 イザイアと名乗るその男は、恭しく頭を下げた。芝居がかった辞儀はこれほどなく丁寧で洗礼された動きだ。だが、ヴェルナーはこの男、イザイアが動く度、何故か緊張で身を強張らせた。


「あなたを探していたのです。行方不明になっていたあなたが、突然姿を見せたというものですから。」

「……何の用だ…?」

「何、少しばかりお聞きしたいことがあったのですよ。」


 そう言って、イザイアはにこやかな微笑をたたえた目をスッと開いた。


「あなた一体メテルリオンで何をしてくれたんです?サイフォスの指示ですか?」


 その声音は穏やかだったが、言い尽くせない怒りと憎悪を孕んでいた。途端に全身から汗が噴き出す。恐怖と混乱の中でヴェルナーは言葉の意味を考えた。メテルリオン?サイフォスの指示?イザイアは一体何を問い詰めようとしているのか。

 ヴェルナーが無意識に後退すると、逆にイザイアに刃向う様にヴェルナーの前にソフィアが躍り出た。ヴェルナーは肝を冷やす。だが、そんな懸念など一切お構いなしに、ソフィアはあの傲然たる瞳でイザイアと対峙した。


「お前はサイフォスを知っているな。イザイアと言ったか、シャスティの命で動いているというのはお前たちだな。」

「なんですか、あなたは?一体何者―――!?」


 怪訝な顔で乱入者を見据えたイザイアの顔が突如驚愕に彩られた。目の前に立つソフィアを信じられないものを見る様に凝視する。


「馬鹿な……!なぜあなたがここにいるのです……!」

「なぜ?お前私を知っているのか?」


 わなわなと震え一歩二歩と後退するイザイア。その顔は愕然としていたが、やがてその口元が奇怪に歪められ、そして次に狂ったように笑いだした。

 突然笑い出した男に、ヴェルナーとソフィアはもちろん、甲板にいた数人の乗客も何事かとイザイアを凝視する。ヴェルナーたちが茫然としている間に、笑いの波が収まったイザイアは、苦しそうに声を発した。


「なるほど……!では私たちがしてきた事は無駄に終わったのですか、いや、無駄ではない……サイフォスも理由は違えど、我々と同じ目的であったと……、くくっ、くはは……!」

「おい……お前さっきから何を―――」


 狂ったように呟くイザイアを制止しようとソフィアを下がらせたその時、イザイアの身体がぼうっと発光した。その瞬間目も眩むような熱量が湧きあがる。その熱量の先端に「記述」の断片が確かに見えた。

 ヴェルナーは直感で理解した。―――まずい、と。全身の毛が逆立つ様な感覚、何かやばいものが来る。


「ソフィア=ワーグマン、あなたをずっと探していたのですよ。……正確には、あなたがずっといた場所を探していたのですがねぇ!!」

「ソフィア下がれ!」


 イザイアが叫んだ瞬間、イザイアの身体から尋常ではない量の閃光が放たれた。ヴェルナーはソフィアの身体をひっつかんで真横に避ける。閃光は先ほどまでヴェルナーたちがいた場所を貫通し、通り抜けた全てのものを焼き切って海の彼方へと消えた。閃光が貫通した場所の手摺が、まるで大砲にやられたかのように消滅し、その断面は煙を上げてちりちりとくすぶっていた。

 状況を把握した乗客の一人が甲高い悲鳴を上げた。パニックは伝染し、一気に甲板は騒然となる。我先にと船の中へ避難する乗客たちに、イザイアはぞっとするほど冷たい瞳を向けた。


「ああ……、五月蠅い。ただの紙切れの幻のくせに、何て煩わしいのでしょうか。」


 そして、ヴェルナーが茫然と蹲っている間に、イザイアは二投目を放とうと記述術を練る。その狙う先は、船内への入口。


「―――!やめろ!!」


 ヴェルナーがイザイアが何をしようとしているのかを察し飛びかかろうとしたのと、イザイアがその閃光を放ったのはほぼ同時だった。閃光はまっすぐに飛び、船内への入口を―――そこに群がっていた乗客を焼き切った。

 ヴェルナーの頭の中が真っ白になる。煙のはれた先に見えたのは、横たわる半身の無い人間。激痛に顔を歪め白目をむき、舌がだらりと垂れ下がっている者。壁にうちつけられ、ひくひくと血みどろの身体を痙攣させ絶命している者。その肉片が金の装飾に鮮やかな赤と白の文様を描きだしていた。

 ヴェルナーは絶叫した。これは何だ、こんな地獄の様な光景が現実であるはずがない。一体何人死んだ?彼らの中にはヴェルナーに声を掛けた人間もいるはずだ。彼らは、一体なぜ死んだ?


「やはり、記述世界とは良いものですね。「記述」をどうにか出来なくても、私の手で「記述」を破壊できる。まあ、随分と手間はかかりますが。」


 イザイアの冷静で、それでいて楽しんでいる様な声。ゆっくりと顔を上げる、そこには自分の生み出した惨劇に獰猛な笑みを浮かべる狂人の姿があった。

 その笑みを見た途端、ヴェルナーの脳内にとてつもない怒りが膨れ上がり、そして我を忘れた。咆哮を上げ、腿に吊っていた拳銃を引き抜き、容赦なく撃った。


「お前!!何をしたかわかってんのか!!!」


 それは半ば言葉にならず、叫ぶような声だった。頭に血が上り、視界が狭まる中でヴェルナーは銃を乱発する。その目に映ったのは、相変わらず人を蔑むように笑うイザイアの余裕の笑み。


「「記述」を消したんですよ。記述者テクスターの力も消去者イレイザーの力も無い私でも、こうすれば、この世界を構成する「記述」を消せる。」

「何……!?」

「わかりませんか?私はこの世界を消し炭にしたいのですよ。あの悪魔が創った世界など消えてしまえばいい。」


 その言葉を聞いて、ヴェルナーの脳内は更なる怒りに蝕まれた。消す?この世界を?サイフォスの事を悪魔だと?ならばたった今罪なき人間を惨殺したこの男はなんだというのだ。


「ふざけるな!!お前だけは絶対に許さない!!」

「やれやれ、丁寧に答えて差し上げたのに。」


 銃弾の雨を浴びているにも関わらず、イザイアには傷一つつかない。まるで羽虫をはねのける様な動作で、ヴェルナーの攻撃をかわす。


「正直あなたにはもうほとんど用は無いのですよ、少し黙ってもらえますか?」

「なにを―――!!」


 その瞬間、イザイアの手から閃光が放たれた。先ほど乗客を屠ったものより小さいが、それはヴェルナーの身体を容赦なく吹っ飛ばす。ヴェルナーは後方の手摺に勢いよくぶつかり呻いた。


「ヴェルナー!!」


 ソフィアが近くに駆け寄ってくる気配がする。視界の端に彼女の白銀の髪が見えた。


「さて、予定が狂いましたが、今度はあなたにお聞きしたい事があります、お嬢さん。」


 イザイアの声がする。どうやらソフィアに詰め寄っているようだった。


「あなたどうやってあそこから出てきたんです?接続書はお持ちではなかったはずですよね?どこが開きました?私たちもそこへ行きたいのです、案内してもらえませんか?」


 イザイアは淡々と、ソフィアを問いただす。


「ああ!もしかして、サイフォスが何かしましたか?でしたら先にサイフォスを探すべきでしょうかね?ですが、私たちも見つけられないのですよ。一体彼はどこへ行ってしまったのでしょうね?……ああ、もしくは―――」


 イザイアが喉を鳴らして笑う。反対にソフィアはごくりと唾を飲み込んだ。


「あなたを人質にすればサイフォスは出てきてくれるかもしれませんね。やはりあなたには御同行頂いた方がよろしいでしょうか?」

「―――!」


 ソフィアが後ずさる気配がした。ヴェルナーは二人の会話を朦朧とする意識の中で聞いている。全身が痛い、頭がガンガンと煩い。まるで丸ごと心臓になったみたいだった。ヴェルナーの中には未だ冷めない怒りが渦巻いている。

 このままではソフィアが連れ去られる。いや、そんな事が無くても、ヴェルナーはこの男が許せない。このままにしておけない。この男を、


『―――この男を殺す。』


 その意思は、質量を増し具現化したようにヴェルナーの中に重く沈みこんだ。そして、それはヴェルナーの体内に宿るある力に呼応する。

 力が満ちる。全身の全てがマグマの様なドロドロとした何かに侵され、身体を立ち上がらせる。その指先から、金色の糸が無秩序に生まれ暴れ出した。


 イザイアがこちらを向いた。立ち上がったヴェルナーを見たイザイアは、湛えていた笑みを崩した。目をひんむき、真っ青になってこちらを見ている。


「待て……、何なのです……、その力は、まさか……!」


 驚愕するイザイアをよそに、ヴェルナーは心の中ではっきりと念じた。


『殺せ』


 次の瞬間、ヴェルナーの身体から具現化したマグマが噴出した。それはまっすぐに、イザイアの元へとほとばしり、絶叫を上げる男を飲み込んだ。


「ぎぃいああああ!!!」


 灼熱の炎の中で叫び声が響く。それを耳にしたヴェルナーは、笑った。


(もっと、まだ足りない。この男に報復を。)


 無尽蔵に湧き出るマグマは、ヴェルナーのその要求にも律義に答える。身体が熱い、内臓が破裂しそうだ。それでもまだ、力の脈動は止まらない。


(もっと、もっと。)


「やめろ!青年!」


 遠くから聴こえた少年の声に一瞬気が散った。その時、


 ―――やめなさい、ヴェルナー


 身体の奥にぴしゃりと冷水が波打った。その瞬間、制御しきれなかったマグマが行き場を失くし、ヴェルナーの体内で停滞する。憤怒を抑えきれないマグマはそのままヴェルナーの右腕に発火した。


「―――!!が、ああああ!!」


 あまりの熱さに、その痛みにヴェルナーはもがいた。右腕が体内発火し逃れようと暴れるも逃れられない。だが、それも僅かの事。突如ヴェルナーの周りを巨大な水球が囲み、それが全身を覆った。

 水の中に放り込まれた様な感覚がする。酸素を取り入れようと口を開けると大量の水を飲んだ。息苦しい、だが、それと反比例するように右腕の熱さが和らいでいき、そしてヴェルナーもゆっくりと意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ