第十八章 それぞれの想い(2)
それから、半日かけてシュトラウツァに到着した。久方ぶりに見るシュトラウツァの街並みはそれほど変わっていない様に思う。相変わらずその中心には荘厳な研究所が佇み、その存在感を示している。
ただ、すれ違う人々は以前と打って変わって暗く沈んでいた。街にもあまり活気が無い。それもそのはずで、ここは二年前戦火にみまわれかけた波乱の地域だったのだ。戦争は停戦に入ったと聞いたが、まだ立ち直っていない市民がいてもおかしくない。
「それで、その博士とやらはどこにいるんだ?」
「多分研究所だ。あの一番大きい建物。」
ヴェルナーは遠く見える一際映える建物を指さした。あの少年の姿をした賢人は相も変わらず研究に精を出しているのだろうか。
二年ぶりに会うパヴコヴィックの姿を思い描きながら、シュトラウツァの街並みを歩いていく。やはり、大通りは鬱々としていた。だが、暗い雰囲気だけならまだしも、どことなくきな臭い、ピリピリした緊張感が漂っている様な気がする。
「随分辛気臭い町だな。治安が悪いのか?」
まだ、昼時だというのに家々の窓はきっちりと閉められて施錠されている。通りの店も開いているのはまばらだ。
道を歩く者もほとんどいない。その僅かな歩行者さえも、顔を隠しながら足早に歩き去っていく。
「それほど賑やかな町じゃないのは確かだが、変だな……。前来た時は、治安も別に普通だったし。」
まるで街全体が何かに怯えているようだ。戦争の名残がそうさせているのか?
いや、違う。そうではなくもっと別の―――
「―――あれ?お前ヴェルナーか?」
考え込んでいると、自分の名を呼ぶ声がした。妙に明るい懐かしい声、その声の先にいたのは、
「―――ハルトマン少将!?」
目を輝かせこちらに駆け寄ってくる年長者は、ライリー=ハルトマンその人に違いなかった。突然の再会に、ヴェルナーは驚きのあまり口を開けたまま放心する。
ハルトマンとは、軍学校の卒業式典以来会っていなかった。およそ二年、いや四年ぶりの再会だったが、ハルトマンはヴェルナーの記憶にあった面影と何ら変わっておらず、相変わらずの豪放な仕草で、ヴェルナーの肩を叩いて来た。
「いやあ、久しぶりだな!元気してたか!行方不明って聞いてたから、こっちは心配してたんだぞ。」
到底心配していたとは思えない口ぶりで、ハルトマンは笑う。そういえば、この人こんな人だったな、とたじたじになりながら、ヴェルナーは笑顔を返した。すると、ハルトマンも肩を叩くのをやめてスッと目を細める。
「……辞令、受けたんだな?」
ハルトマンの視線の先には、ヴェルナーの胸元に輝く大尉章と連隊長補佐官の腕章があった。つい先日、ドメルトから賜ったと報告すると、ハルトマンも満足そうに頷いた。
「そうか……、何はともあれ、元気そうで安心した。」
「少将こそお変わりなくてなによりです。そういえば何故こちらに?」
ハルトマンは帝都勤務だったはずだが、何故シュトラウツァにいるのか。
「ああ、俺は少し前から連隊率いてここに駐留してたんだ。なんせ時勢が時勢だからな。ここで何かあってからじゃ遅いだろ。」
「時勢……?そういえばこの町、以前訪れた時より随分寂れてる……いや、何かに怯えているようですが、何かあったのですか?」
するとハルトマンは、思い切り目を丸くした。知らなかったのか、と言わんばかりの表情だ。
「いえ、……実は自分しばらくの間怪我で療養していまして……。」
社会情勢が全く分からないのです、と誤魔化すと、ハルトマンも同情するように眉を下げた。全くの嘘ではないが、ハルトマンを欺いている気がして心が痛んだが、ハルトマンは気にせずにヴェルナーに告げる。
「そうか……、よし、わかった。立ち話も何だ。兵舎の方に行こう。積もる話もあるだろうしな。」
「えっ……、ですが……。」
ヴェルナーはちらりと隣に佇むソフィアを盗み見た。案の定、ソフィアは苦い顔をしてヴェルナーを睨んでいる。これ以上サイフォス探しを引き伸ばされるのはごめんだとばかりに、目で訴えてきた。
「ん?そちらのお嬢さんは?」
「えっと、彼女は―――」
「ヴェルナーの連れの者です。我々はパヴコヴィック博士とやらに会いに来ました。」
ヴェルナーの言い訳より早く、ソフィアが断言した。軍人とは思えない風貌のくせに高圧的な態度を取るソフィアに、ヴェルナーは冷や汗をかく。ハルトマンも一瞬たじろいだが、そこはハルトマンだった。すぐにけろっとして、ヴェルナーとソフィアに笑いかける。
「なんだ、そうだったのか。ならちょうどいい。博士も今兵舎でディラ―――ノルキース大佐と面会しているはずだから、ついでに会っていったらどうだ?」
ハルトマンはさらりと告げた。ヴェルナーは驚いて固まったが、彼の事はお構いなしに、ハルトマンとソフィアはさっさと兵舎に向かって歩き出してしまった。
―――博士が兵舎でノルキースと会っている?
傍から見れば、この町の研究所と駐屯兵団の代表者両名の面会など、何らおかしなものではない。でも、ヴェルナーは知っている。パヴコヴィックが軍人を嫌っていた事、軍部には何があっても手を貸さないと言っていた事を。
◆
兵舎に来たのも久しぶりだが、ヴェルナーにとってここは苦い思い出のある場所だった。よく考えたら、あんな別れ方をしてしまったノルキースとこれから顔を合わせるのだ。
ハルトマンの後ろについて廊下を歩いていると、ヴェルナーの心臓は徐々に石の様に重くなっていくようだった。
「どうした、ヴェルナー?」
「……いや、なんでも。」
怪訝そうに顔を覗き込んでくるソフィアを制しつつ、ヴェルナーは胃を押さえる。
結局、あの後ノルキースの忠告を無視してメテルリオンヘと向かった。しかもヴェルナーはメテルリオンで重傷を負い、そのまま行方不明に。カテラの護衛の依頼も有耶無耶になってしまった。
それ見た事か、と冷たい目でこちらを見据えるノルキースの顔が思い浮かぶ。
心の準備をと思った矢先に、その人物の顔が正面からやってきて、思わず小さな悲鳴を上げた。
「おお、ディラン。博士との話は終わったか?」
「……終わりましたよ。〝ハルトマン少将″。」
不機嫌な顔でこちらに歩いて来たのはディラン=ノルキースその人であった。ノルキースは、こめかみをひくつかせ眉間にこれ以上ないほど皺を寄せている。見るからに虫の居所が悪そうだ。ヴェルナーはノルキースがこちらに気づかないうちにばっくれてしまおうかと本気で思ったが、それより先にハルトマンが容赦ない一言を放つ。
「そうだディラン、このあと時間あるか?ヴェルナーと少し話をしようと思うんだが、お前もこいつと話す事あるだろ?」
「ヴェルナー……?」
ノルキースは怪訝な顔でハルトマンの肩越しからこちらを覗き込んだ。後ずさりしていたヴェルナーと目が合うと、鋭い双眸をさらに細める。
「生きていたのか。」
「……はい、御無沙汰しております。」
まるで蛇に睨まれた様に身体を萎縮させ、ヴェルナーは敬礼した。が、ヴェルナーはまともに正面を見られない。ノルキースの顔を直視できなかった。
「数日前に復帰して、例の辞令を受けたそうだ。ここ最近の情勢について全く知らないみたいだから話しておこうと思ってな。」
そんな二人の微妙な空気などお構いなしに、ハルトマンは明るく笑う。その笑い声が酷く遠くに聴こえた。
「……そうですか、申し訳ありませんが私は今日中に片付けねばならない仕事がありますので、これで。」
その辞退の言葉は丁寧だが、どこかしら棘のあるものに聴こえた。そのままノルキースはヴェルナーたちの横を通り過ぎる。ヴェルナーの傍を通った時、心臓が痛いくらいに跳ねた。
あっさりと引き下がったノルキースに、ハルトマンも不思議そうに頭を掻く。
「なんだぁ、あいつ。……まあいいか。来い。俺の部屋はこっちだ。」
ハルトマンに促され、ヴェルナーはとぼとぼとその後をついていく。するとその背にソフィアが声をかけた。
「ヴェルナー、私は先に博士と会っていいか?」
「あ、ああ……、そうだな。」
「博士は確か、この廊下を右に曲がった突き当りの部屋にいると思うぞ。」
「ありがとうございます。」
ソフィアは、ハルトマンに頭を下げるとさっさと博士のいる部屋へと向かっていった。




