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第十七章 二年後、記述暦一八一〇年(4)

 机と椅子しかない小さな尋問室に、ヴェルナーとドメルトは向かい合って座っていた。目の前に座るドメルトを直視できず、ヴェルナーは目の前にある机の一点を凝視している。そんなヴェルナーに構わず、ドメルトはヴェルナーに話しかけた。


「この二年間行方不明になっていたと聞いたが、どこにいたのだ?」

「はっ、いえ、それは……。」


 本当の事を包み隠さず言っていいものかと口ごもる。ヴェルナー言い淀んでいると、ドメルトは怪訝な顔をしてヴェルナーの顔を覗き込んだ。


「どうした?」

「い、いえ。その、ここより遠く離れた地で養生しておりました。その、九死に一生の傷でしたので、正直あまり覚えておらず……。」


 我ながら苦しい言い訳だと思った。だが、ドメルトも何かを察したのか、それ以上問いただすことなく話を進める。


「では、今日私がここに来た理由を知っているか?」

「……いえ、何も伺っておりません。」

「さっき私を見た時の反応だとそうだろうな。あのライム大尉がお前に懇切丁寧に教えるはずもないか。」


 その口ぶりは、どこか呆れた様な、苛立った様な口調だ。どうやら、ライムはヴェルナーにあえて伝えていなかった事があったらしい。ドメルトは、それを一から説明するのが心底面倒なようだった。


 ドメルトはしばらく考え込むと、軍服の懐から一枚の紙を取り出した。それをヴェルナーに突き出し、読んでみろ、と促す。

 紙を受け取ったヴェルナーは恐る恐るその内容を拝見する。が、読み終わった途端、ヴェルナーの思考は停止した。


『辞令

 本日、一八〇九年 花月一日を以て、オルセン帝国軍グリアモ駐屯兵団所属 ヴェルナー=ライトロウ中尉を以下の階級に昇格、及び以下の役職に異動させる。

 階級:大尉

 役職:オルセン帝国軍第一連隊隊長補佐官


 尚、現在当人は行方不明となっている。

 当人を発見されたら、直ちに本部に連絡されたし。

 オルセン帝国軍人事係』


「ちょっと待って下さい!何ですかこれは!?」


 我に返ったヴェルナーは、思わず立ち上がってドメルトに抗議する。


「ちょうど一年ほど前に出た辞令だ。お前は大尉に昇格、そして私の補佐官についてもらう。」

「待って下さい!意味がわからない!」

「何だ?昇進だぞ、何が不服なんだ?」


 不服とかそういう事じゃない。どうして、二年も行方不明になっていた人間を、しかもその二年前命令違反で指名手配にされていた人間を昇格などさせるのか。しかも、異動先が第一連隊長補佐官など、理解の範疇を越えている。


「そもそも自分は服役の身では?罪状はもういいのですか?」

「ああ、あれはすでに免罪となった。お前は罪人などではない。」

「免罪……?」


 ヴェルナーは唖然とした。アイリは確かあの後、逮捕され何度か尋問を受けていたはずだ。一体何を以てヴェルナーは免罪となったのか。


「免罪に至る理由というのは色々ある。罪の内容が軽微であったり、間違いであったり、金を積んで釈放される事もある。そしてもう一つが、何らかの功績によって帳消しとなる場合だ。」

「功績?」


 訳もわからず首をかしげると、ドメルトは腕を組みヴェルナーを見据えた。


「お前は二年前のメリノでの戦いで、砲兵部隊を指揮していたな?」


 ヴェルナーは思わず息を詰まらせた。あの戦いでの出来事を鮮明に思い出す。あの戦いで、ヴェルナーは人知れず砲兵部隊を指揮した。確かあの時の最高司令官の一人が、今目の前に座っているアーロン=ドメルトだ。


「ご存じだったんですね。」

「お前を見つけたのは偶然だったがな。手配書の人相書きを覚えておいてよかった。」


 あの時、メリノの城壁上で砲兵を指揮していたヴェルナーの姿をどこかから見ていたのだろう。だが、ドメルトはヴェルナーを捕らえなかった。あのメリノの街でヴェルナー一人を見つけることなど造作も無かっただろうに。


「あの時お前のやった事が、オルセン軍にとってどれほど有益な事だったか、お前は自覚しているか?」

「有益……ですか?」

「お前の指揮した部隊は、兵器を奪い返そうと突っ込んできたイシルの騎兵を迎撃した。あの一打により、兵器は奴らの手から離れ、我々オルセンの手に落ちた。奴らの決定的な切り札を奪還される事をお前は阻止したんだ。

 あの後、あの場に居合わせた砲兵たちに尋ね確信をもった。彼らは言い淀んでいたが、私が問いただすと、はっきりと答えてくれた。あの攻撃を指示したのは、銀髪に長身の若い将校だったとな。」


 ヴェルナーはドメルトの言葉を聞きながら押し黙った。あの時、ヴェルナーはただ、イシルを追い返そうという、ただそれだけの思いで戦場に立った。騎兵を迎撃したのも、おそらく指揮官はオーリクを奪い返そうと騎兵を差し向けるかもしれないと予想したからだ。そして自分の計算上でそれを迎撃出来るという自信があったからだ。

 オルセン軍のためにとか、自分の功績のためにとか、そんな事を考えてやったわけではない。だが、結果としてそれは今目の前にある辞令に結びついた。


「それから私は、お前の経歴を徹底的に調べた。軍学校で上げた学業成績、グリアモでの業務歴、そしてメリノでの指揮。それらを全て踏まえた上で、お前には免罪に値する猶予があり、尚且つ昇格にたる技量があるとみた。だから、私は軍法議会にかけ合い、本来無断で消息を絶った事で除籍になるはずのお前に、無期限の猶予を与えてもらった。」


 そして、二年後ヴェルナーは姿を現した。この辞令は再び効力を発揮し、ヴェルナーに突き付けられたというわけだ。


 だが、ヴェルナーは腑に落ちなかった。功績が認められたというのはわかる。それによって罪が消され、昇進の機会を得た事も。それでも、目の前に何故この男が直々に自分の元にくる必要があったのかわからない。


「どうして、あなたがそこまでするんです?いくら功績が認められたからといっても、自分は一介の中尉です。それに、辞令執行の無期限猶予なんてそう簡単に認められるはずがない。戻ってくるかもわからない人間に、そこまで労力を惜しむ利益はなんなんです?」


 それは未だ、ドメルトの事を信用できないという意思表示だった。ヴェルナーは先ほどとは打って変わって、ドメルトをまっすぐ見つめる。この男が何を考えているのか、その真意を知らない以上、この辞令は受けられない。

 すると、ドメルトも観念したようにふっと息を吐いた。


「そうだな。お前の信用を得るにはさっさと手の内を明かしてしまった方が無難か。」

「何か裏があるという事ですか?」

「そうだ。……一つ質問しよう。お前は先ほど自分は服役の身といったが、一体何の罪で裁かれるつもりだったんだ?」


 ドメルトの質問に、ヴェルナーは唸る。そう言えば、自分の罪状について正確に宣告された覚えがない。


「命令違反、職務放棄……後は、無断で軍に同行した事ですか?」


「最後のはともかく、お前は一度でも命令違反、職務放棄をしたという自覚はあるのか?」

「……ヨドで、ライム大尉に捕らえられた時、逃げた事くらいでしょうか?」

「では、何故捕らえられた?お前は捕らえられるほどの何かをしたのか?」


 ここにきて、ヴェルナーははっとした。そうだ、自分たちはカテラの正式な要請であるにも関わらず、カテラを拐した無法者として捕らえられた。本来ならば、軍の任務として正式に任命されているはずなのに、だ。そして、それを命じたのは―――、


「……ようやくわかってきたようだな。そうだ、お前は本来罪に問われる立場ではない。にもかかわらず、本部はお前に罪を着せた。それはすなわち、本部にいる何者かが、お前の動向、いや、正確に言えばカテラ=ジュンア氏の動向を邪見に思った末に起こした謀略だ。」

「そんな……!」

「お前の事だけではない。お前は確かアイリ=ジュンア元中尉と行動を共にしていたそうだな。ならば、彼女が何故、帝都を飛び出したのか、その経緯を知っているんじゃないのか?」


 ヴェルナーは唇をかんだ。アイリが帝都を飛び出した理由など嫌というほど知っている。近衛兵を助けるためだ。そして、それを抑えにかかっていたのもまた、軍の上層部だ。


「今、軍部では不穏な動きが目立ってきている。お前たちの事も然り、謎の軍事顧問の事も然りだ。私はそれがどうにも捨て置けない。だから、お前を補佐官として付ける事にした。お前にある任務を受けてもらうために。」

「ある任務?」

「そうだ、これは上層部の人間には勿論私の連隊の者にも言っていない事だ。

 私は上層部の闇を暴く。お前にはそのための私の右腕になってもらいたい。」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。そして理解した瞬間、戦慄が走った。ドメルトは今、強大な敵と戦う術を画策している。それは軍内部の、しかも最大の敵だ。そして、その手駒としてヴェルナーを使う気なのだ。


「敵は上層部。そのためには本部を自由に動け、かつ大きな責務に縛られない地位が必要だ。連隊長の補佐官なら、文句は無い。そして、軍部の暗躍について認知があり、貴族社会の観念に束縛されることなく動け、かつある程度功績が知れ渡っている人間が適任だ。」

「それが、自分……ですか。」


 確かに、その条件ならヴェルナー以上に該当するものはいないだろう。それ故に、ドメルトはわざわざ遠いインサルーナまで足を運び、直々に勧誘をしに来たのだ。


「表向きは、補佐官として私の命に従っているよう振舞えばいい。その裏で、お前は軍で暗躍する者の存在を調査する。私はお前の力量をかっている。必ず私に有益な情報をもたらしてくれると確信している。」


 ドメルトほどの人間にこれほど期待されているというのは、将校として喜ばしい事だ。だが、ヴェルナーは素直に喜べない。そんな責務を負わされて、自分に出来るのかと。つまるところ自信が無い。

 すぐに返事が出来ない。呼吸をするのも忘れるくらい、固まったまま動けなくなる。すると、ドメルトは立ち上がり、最後にヴェルナーにこう告げた。


「すぐに受けろとは言わん。だが、たとえこの辞令を拒否したとしても、もう古巣には戻れんぞ。お前がこの先も軍人として生きたいというなら、この辞令を受けるしかない。辞令を受けるか、軍を去るか、選択肢は二つだけだ。」


 ヴェルナーは痛感する。自分はもう、後戻りできない程、何か大きな渦に足を突っ込んでしまった事に。

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