フウとユリノ
西口前のツイストドーナツ型オブジェの前。
デザイナーには悪いが「光」を表現しているという、このオブジェは、ただねじってメッキ加工をしただけのちゃちな代物にしか見えない
その向こうにある洒落た噴水の傍のベンチに腰掛けている人物が、激しく手を振る。
大丈夫か。そんなに振って手がちぎれないのか。
私の心配をよそに「人物」は手招きをする。
その無邪気さにため息をつきながら、近くに行く。
「遅いよ~フウ!」
違う。ユリノが早すぎるだけだ。
ユリノはいつも待ち合わせ時刻より、30分早くくる。
「そういうなら、もっと遅れておいでよ。」
「え~何で?」
「だって待たなくてすむでしょ。ユリノこそ何で?」
「ひ・み・つ★」
これがいつものやり取りだ。いつも、余計に早く来すぎる理由を教えてもらえない。
「そんな事より、行こうよ。」
ユリノはもう遊ぶ事しか考えていないように見える。
「じゃあ、行こうか。」
デパートは近くだ。ユリノは幼なじみと言っても、歳が私の一つ上である。そのはずなのに、ユリノはすごく頼りない。
ユリノが迷子にならないよう、手を引いて歩き出す。
「あっ・・・・。遊園地だぁ!」
少し間を置いた後、明るい声が横で弾ける。
「行きたいの?ユリノ。」
確かにデパートの、少し遠くに遊園地が見える。
目を輝かせて、ユリノはこくこくと頷く。
ガキじゃあるまいし。
と思ったが、たまには良いのかもしれない。
おそらく、歩いて行ける距離だろう。財布の中身にも余裕がある。
「分かった。行こう、遊園地。」
ユリノの顔がパアッと輝いた。鼻歌交じりにスキップまでしている。
「そういえばフウさん、誕生日3日後だよね。」
ユリノが少しワクワクしたように言う。
ここで、いつものように
そうだけど。それがどうかした?
何て言ったら、寂しそうに笑うのだろう。
「ありがとう。覚えていてくれたんだ。」
「えへへ。」
やっぱり、これが一番良い答え方だったようだ。
色とりどりの風船が、賑やかな色のアーチの上で踊っている。ユリノもその傍で無邪気に小躍りしていた。
私が入場料を払い、アトラクションが乗り放題になる伝説の「アトラクションフリーパスチケット」を購入している間も、ずっと動いている。
「もしかして、ユリノは遊園地に来た事ないの?」
「・・・・・・うん!」
少し沈黙があって、元気に答える。
確信した。ユリノに体力がいかにあっても、帰りはクタクタに疲れているはずだ。
昔みたいに歩きながら寝られるのは、悲惨だ。
「フウ!行こうよ!」
バックの中の、小さな包みに触れる。
これは私の一歳と10日違いの、幼なじみに渡す
誕生日プレゼント。
「ちょっと待って!」
急いで華奢な背中を追いかけて、走っていった。
照り付ける太陽の下、この子と作る思い出が最後になると知らずに。
あれから、たっぷり振り回されて
もう、夕暮れだ。
もうすぐこの遊園地も閉まる。
「観覧車、乗りたい。」
ユリノが見つめて来る。
「別に良いよ。行こうか。」
個人的にはノロノロと動く観覧車は嫌いだ。
笑顔でユリノは手を引き、ピッタリと来た空色の観覧車に飛び乗った。
地面のオレンジのレンガが遠ざかって行く。
赤い夕日が、ユリノの澄んだヘーゼルの瞳と、柔らかい同じ色の髪を染める。
「ねぇ、ユリノ」
あの包みはもう握っている。
「どうしたの?」
聞き返すユリノの横顔は、美麗だった。
「10日後の誕生日、おめでとう。」
包みを手渡す。
中にはユリノの綺麗な髪に映える、薄桃色の花のヘアピンが入っている。
「あ~あ、先に言われちゃった♪」
ユリノが楽しそうに笑った時
爆音と激しい振動が襲った。
ユリノが私に覆いかぶさる。
ガラスが割れ、飛び散り、体を強くどこかに打ち付けた。
煙りが立ち込める。
体が空を舞っていく気がする。
痛みが後から後から来て、否応なく私を打つ。
熱い、体が燃えるみたいだ。
一際大きな振動が来る。
全てが止まった気がした。
風が吹いて、汚い茶色の世界を壊す。
見えた物は
・・・・・紅だった。赤い赤い、紅。
それがオレンジのレンガと混じり合い、黄昏の色を作っている。
見たくなかった。でも見えてしまった。
その紅の中心に、ユリノがいた。
正確には、倒れていた。
初めてユリノと会った時も、綺麗な夕日が出ていた。
大好きになった、黄昏色の。
ここはなんて、ユリノから近いようで遠い位置なんだろう。
残骸に辛うじて動かせる右手をかざす。
その手が触れた時、残骸は木っ端みじんになった。
でも、そんな事どうでも良かった。
右手の力だけで、ユリノににじり寄る。
「ユリノっ!ユリノっ!」
血まみれのユリノは、目だけで私を追う。
「あ・・、ふ・う。」
それなのに、私を見て笑う。
「ユリノっ!話さないで、話したら血が・・・。」
ユリノが私の右手を握る。
「ぷ・・れぜ・・ん・・と、あ・り・・が・と・・う」
かすれた声で、でも一つ一つはっきりと言う。
この子はいつも、馬鹿なんだ。
突然手が弾かれる。
横に倒れた。その顔の前に、ユリノのバックがある。
身体を起こすと、ユリノがただ微笑んでいた。
それから・・・ゆっくりと目を閉じた。
なぜか私は冷静で、ユリノの脈を確かめた。
もう脈は無かった。
傍に落ちていた、ユリノに送ったピンを拾う。
私はどこか落ち着いていて、静かにピンをユリノの髪につけた。
「あ~、もしもし?こちらリオ。言われた子を見つけたみたい。」
後ろから場違いな声が聞こえてくる。
「えっ?嫌だなぁ。間違えてないよ。だって鉄粉砕してたし。今から連れて行くよ。」
私の事を話している。
「うん。一応生きてるよ。は~い了解。」
一応生きている?ふざけるな。
背後からそいつの足音が近づいてくる。
「ねぇ、そこの君!」
正面に回り込まれて、目が隠れる程、深く帽子をかぶった少年に声をかけられた。
「お前が・・・ユリノを・・・!」
恐怖は感じなかった。
「うん。まぁ、そうかもね?」
帽子野郎にはぐらかされる。
「ふざけるなっ!!」
激しい怒りと憎悪が強く、猛烈に渦巻く。
「僕と一緒に来て欲しいんだけど。良いかな?フウ。」
「ユリノを殺したお前にニックネームで呼ばれたくない!」
「あ、ごめんね。一応確認しておくよ?風音さんで合ってる?」
カザネは私の名前だ。なぜこいつが知っている?
「詳しい話は後だよ。カザネことフウちゃん。」
こいつを殴り飛ばしてやりたい!
強くそう思いつつも、何も出来ず悔しくて拳を地面に叩き付けた。
叩いた地面に大きなクレーターができて、その下に転げ落ちる。
「お~っと。気をつけてよ。あんまり怪我させたくないし。」
「うるさいっ!」
叫んだ瞬間、後頭部に衝撃を受けた。意識が遠退いていく。
「破壊神ミカロスだぁ。早めに対処して良かった。」
そんな帽子野郎の言葉を聞きながら、私は意識を失った。