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第九話 七年前

 七年前。

場所は某県月見里市。


「隼人……お前……」


 当時高校生の神永智希は、家の玄関に入るなり驚愕していた。


「あ、兄さん。お帰り」


 そう言ったのは弟の神永隼人。

小学三年生の中でも小さい体躯、女の子に見紛う可愛らしい容姿、文武両道で、智希の自慢の弟だった。

その弟が一軒家――両親と暮らす自宅の玄関で、体中を血で染め上げた出で立ちで智希を出迎えた。

 一瞬、隼人がどこか怪我をしているのかと思ったがそんな様子ではない。

着ている服だけが赤く、紅く、染まっている。

何故か。

その原因はすぐには理解しがたいものだった。

隼人の足もと――そこには、朝には笑顔で見送ってくれた両親の無残な姿があった。

体のあちこちを深く抉られ、そこから出た血液の量はおびただしく、玄関の床を紅く染め上げる程である。

――智希の両親は、死んでいた。

いや、殺されていた。

二人の息子の、そして智希の弟である、隼人によって。


「これは……どういうことだ……?」


 智希は隼人に問いかける。

それに対して隼人はにこやかな笑みを顔に浮かべて答える。


「僕が殺したんだよ。この人たちが僕を見てくれないからね」


 この人たち。

隼人は自らの両親の事をそう称した。

既に親であるという認識はないのだろう。

智希はそう理解した。


「見てくれない?……意味が解らないな」


「兄さんは解らないだろうね……『言霊使い』だから」


 神永家は数百年前から精霊と対話することが出来る家系であった。

対話し、祈り、代償を出す代わりに精霊に願いを叶えてもらう。

そういう事が出来る血筋だった。

 その家系から智希という『言霊使い』が生まれた。

精霊使いは精霊と直接契約を交わす。

そのために精霊と対等な関係に位置する。

つまり、過去の神永家のように願いを叶えてもらうような、精霊が上位に来る関係ではなく自らの意思で力を行使することが出来るのだ。

もちろんその見返りは存在するが。

 そして精霊使いは非常に数が少ない。

神永家のような精霊と良好な関係を築く一族は多い。

しかしながら精霊と契約することが出来、対等な関係になれる人間は稀であり、現在は各種の精霊使いを合わせても世界で数十人しか確認されていないのだ。

 智希は、隼人の思いもよらない理由に困惑した。


「俺が言霊使いだからって?」


「神永家は精霊と対話できる家系だよね」


「ああ」


「そんな家系から精霊と直接契約した言霊使いが出たんだよ?」


「……そんなことでか?」


 智希はようやく理解した。

自分が言霊使いとなり、両親の愛を隼人よりも多く受けた。

だから、隼人は両親を殺したのだと。


「そんなこと?」


 隼人は人懐っこい笑みを絶やさない。

しかしそれはどこか不気味さすら感じるようにも思えた。

首をかしげて、隼人は智希を見据える。


「僕は頑張ったんだよ。勉強も、運動も、そして精霊に関する事も。兄さんよりも努力したんだ」


「…………」


「なのにこの人たちは常に兄さんを優先してきた。……それが許せなかったんだ」


 智希は何も言えない。

隼人は話を続ける。


「何がいけないの?僕と同じ年だった時の兄さんと、同じことしか出来ないから?それとも――僕が言霊使いじゃないから?」


「…………」


「兄さんは言霊使いになったから二人に愛された。だったら僕も特別な力を手に入れれば良いんだよ。僕はそう思ったんだ。だからね、手に入れたんだ。この力を――」


 そう言って隼人は体の前に手を翳した。

その瞬間、隼人の目の前に黒い靄が二つ生まれた。

直後猛スピードで智希を襲う。


「――っ」


 智希は何とか反応して紙一重で躱すことに成功する。

それと同時に、この黒い靄がなんなのか、理解した。


「まさか――死霊か……?」


 過去に精霊に関する資料で見たことがあった。

精霊に相反する存在。

死者の魂を捕え、使役、拘束し奴隷のように扱う術。

その術を扱う者――死霊使い。

 隼人は小学三年生にして独学で死霊使いになっていたのだ。

両親にも、智希にも知られずに。

 驚く智希に対して、隼人は相も変わらず笑顔だ。


「流石だね」


 そう言って隼人は近くに死霊を戻す。

そして徐々に黒い靄――死霊が輪郭を浮かばせる。


「……お前、それ――」


 智希は死霊の正体を理解した。


「解る?さっき手に入れたばかりなんだ」


 隼人はくつくつと笑った。

そう、隼人の持つ死霊は、智希と隼人の両親だった。


「てめえ……」


 情状酌量の余地もない。

更生する兆しも見えない。

智希は、隼人を弟だと思う事をやめた。


「ははっ、凄い殺気だね、兄さん。弟の僕を殺すの?」


「お前はもう弟でもなんでもない。――爆発」


 智希は言霊を口から紡いだ。

瞬間、爆音と爆風、そして衝撃が隼人を中心に巻き起こった。

智希の言霊は幻象となり、隼人を襲った。

爆発が起こり、家の内装は見るも無残な姿と化した。


(あいつは確かに努力家だった。死霊使いにまでなった。だが、俺の精神力までは到達していないはず……)


 精霊使い、死霊使い共に精神力を糧にして術を行使する。

精神力が強ければ強い程、術の力は上昇する。

そして精神力が弱ければ、或いは何かに絶望し精神力を保てなくなると、精霊使いは精霊に精神を犯され、死霊使いは死霊に喰われる。

 精神力は努力にも左右されるが、基本的には年齢と共に強くなる。

人生経験の量が異なるからだ。

智希は高校生、隼人は小学三年生。

二人とも未成年とは言え、智希が圧倒的に有利であることに間違いはない。

 智希は勝利を確信していた。

しかし――


「なっ――」


 爆発による粉塵がはれると、そこには隼人の姿があった。

智希の精神力と同等、或いはそれを上回る精神力を持つことを意味した。


「動揺しすぎると精霊に飲み込まれるよ?……それにしても弟に向かって、いきなりそれは酷いなぁ。危なかったよ?」


 隼人は相も変わらず笑顔である。


「……お前、どうして……」


「精神力の話?まあ基本的に精神力は年功序列じゃないけど年上の人の方が有利であることは間違いないね。でも、それはあくまで一般論の話でしょ?僕はそれを上回る努力をしたんだ。誰にも――負けない」


 努力。

隼人は言った。

 智希も精霊使いとして努力は怠らなかった。

しかし才能による助けも多かった。

それにより精神力は強くなり、自らの中で確固たる『世界』を構築するに至った。

揺るぎない精神を持つ、世界最高の言霊使いに――。

 対して隼人は精霊使いになれていない。

だからこそ、人一倍、精霊と契約できるよう努力を怠ることはなかった。

本来ならば両親が隼人のその努力を誉め、見ていれば、こんな事にはならなかったのだろう。

しかし両親は精霊使いの智希ばかりを見て、隼人を蔑にしてしまった。

 その結果、隼人の努力の方向がずれていることに、誰も気が付かなかった。

気が付けなかった。


「…………」


「でも兄さんは世界でもトップクラスの精霊使い、言霊使いだからね。幾ら僕が秀才でも、天才に勝つのは難しい。だからね、ちょっと準備をしておいたんだ」


 そう言って隼人は、玄関からリビングへと続く扉を開けた。

するとそこから漂ってきたのは――異臭。


「ガスだよ。術では互角。ならば物理的な手段で倒すしか方法はないでしょ?まあこれで兄さんを倒せるとは思ってないけど」


 いつの間にか隼人の手にはライターが握られていた。

その親指はフリントホイールにかかっている。


「待て。今火を点ければお前も――」


 智希が最後まで言う前に、隼人の親指は動いた。

智希の目の前が急激に明るくなる。

その時の隼人の口元はこう動いていた。

『またね』と。



*****



 その頃、小学五年生の女の子は学校からの帰り道を独りで歩いていた。

友人とは少し前の分かれ道で別れている。


「もう、男子ったら何で掃除をちゃんとしてくれないのよ!」


 放課後の掃除の時間。

男子は箒と雑巾で野球をし始めた。

そのせいで、真面目に掃除をしていた女子まで怒られるはめになり、こんな時間まで残ることになってしまったのだ。


「もう最悪!」


 そして彼女はこう思った。


「面倒臭がりだったりやる気のない人は大っ嫌い!結婚するなら優しくて一生懸命な人にしよっ!」


 夢見る少女はそう固く誓った。

と、


 バアアアンッ!


「え?」


 彼女の耳に入ってきた爆発音。

その方向へ視線を向けると、彼女の隣に位置する家――それが大破し、家の破片が四散し、爆風、熱風と共に彼女へと襲いかかってきた。

彼女の意識はそこで途絶えた。



*****



「くっ……」


 智希は、隼人の指が動くのと同時に急いで玄関を飛び出た。

お陰で火傷はしなかった。

しかし高速で飛び散った瓦礫が体のいたるところに衝突、酷ければ突き刺さった。

 智希は世界でもトップクラスの言霊使いである上に、武術も極めていた。


「……精霊と契約してから初めてだな……こんな酷い怪我は」


 向かうところ敵なしであった智希も、今や満身創痍だった。

しかもそうなった原因が実の弟によるもの。


「無様だな……」


 そう呟いて自嘲気味に笑った。

その時、


「あれは――」


 家の前――道路に女の子が倒れていることに智希は気が付いた。

出血もしているようで、酷い怪我をしているようでもあった。

しかし、泣いてもいない。

そして動いてもいない。


「くそっ」


 智希は痛む体に鞭を打ち立ち上がる。

体を動かす度に血が垂れるが、今はそんなことに構っていられなかった。

 智希が女の子の元に駆け寄ると、容態を確認する。

智希よりは酷くないが、体には破片が幾つか突き刺さっている。

それと倒れた拍子に頭を強打したのか、頭部からおびただしい出血があった。

結論として、


「心臓が止まっている……」


 心肺停止。

女の子は一言でそう言えてしまう容態だった。

いや、既に――死んでいた。

智希は周辺に視線を向ける。

すると近隣住民が何事かと玄関から顔をのぞかせていた。


「おい!救急車!消防も呼んでくれ!それから何か救急用具を持って来い、誰でもいいから早くしろ!」


 智希がそう怒鳴ると、あたりの近隣住民は家に戻った。


「……これでいい」


 智希がああ叫んだのには理由があった。

もちろん救急や消防を呼んで欲しいという理由もあったが、一番の理由は人払いをしたかったという事に尽きる。

智希がこれから行う事を人に見られると少し厄介になるからである。

 辺りから人気がなくなるのを確認すると、智希は目を瞑った。


(やったことはねえが……)


 智希は体内に宿る精霊と対話する。

今から行うのは契約外の行為。

勝手にする訳にはいかない。

 智希はゆっくりと、願う様に対話を進める。

そして、


「――人体」


 言霊を紡いだ。

そう、智希は言霊による幻象で女の子の体を元に戻そうとしていたのだ。

しかし人の体は非常に緻密で精密であり、そう簡単に上手くは行かない。

そのため智希は精霊の力の一部を女の子の体に分け与えるという賭けに出た。

 この分け与えるという行為は精霊との契約外の事。

過去にもそのような前例は聞いたことすらない未知の方法。

上手くいく保証などなかった。

しかし、智希は躊躇なく実行した。

これ以外、女の子を救う方法など存在しないのだから。


「くっ――」


 体内に宿る精霊――それは智希と融合に近い形で共存している。

その精霊の力を分け与える行為には、身を引き裂かれるような苦痛が生じた。

怪我の身には堪えた。

が、途中でやめる訳にも行かない。


「……はぁ……はぁ……」


 智希は何とか苦痛にも耐え、言霊により女の子の体を元の状態にした。

頭部の出血も収まり、心臓も動いている。

体も傷一つない。

 智希はそのまま地面に体を預けた。


(つまらない兄弟喧嘩に巻き込んで女の子を死なす訳にはいかない。俺が出来るのはこんな事だけだ。生き返らすことは出来ない……仮初の命だが、精霊の力がある限りは生きられる。これで……今は勘弁してくれ)


 そして体力の限界を超えた智希は、意識を手放した。

どーも、よねたにです。

約半月ぶりの更新ですね。

前の話を改稿したりしていたのでまた遅い更新です。

……申し訳ありません。

それとですね。

『ちょ、この文章意味不明なんだけど』とか『あれ、設定ちぐはぐしてない?』という事があれば教えてください。

自分でも把握しきれていないところが多々ありますので……。

もちろん普通の感想や評価もお待ちしております。

更新頑張りますので、頑張って読んでください!

この小説は、皆さまの読解力にかかっています!

では、また。

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