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第八話 ひとまずの決着

 彩香は、智希の姿を見た瞬間先程までの緊張の糸が一気に解けるのが分かった。

悔しいが、何故か智希には不思議な安心感があった。

何があっても、目の前の困難を跳ね除けてくれるような絶対的な安心感が――。


「あんた私の護衛でしょ!?ちゃんと仕事しなさいよ!」


 だから彩香は、目の前に隼人がいるにも拘らず大声で智希に文句を言った。


「仕事してるから助けに来てやったんだろうが」


 そう言う智希も智希で相変わらず緊張感がない。


「攫われる前にって意味よ!護衛の意味がないでしょ!?」


「あの時お前が駄々をこねるからこんなことになったんだ」


 彩香は内心痛いところを突かれ、一瞬反論が出来なくなる。

確かにあの時彩香がすぐにでも智希が護衛することを受け入れていれば、こんな事にはならなかっただろう。

そう思った彩香は、


「……あれ、お姉ちゃんは?」


 と、あからさまに話を逸らした。


「はーい、居るわよ」


「おいこら無視するな」


 彩香が智希との話をバッサリと打ち切ってそう言うと、智希の後ろから呑気な声と共に優香が顔をのぞかせた。


「お姉ちゃん……妹がこんな状況なのに何でそんなに落ち着いてんのよ」


「だってこの状況、私じゃどうにもできないから慌てても仕方ないでしょ?」


「それでも肉親!?」


「姉妹なんてこんなものよ」


 彩香の姉に対する株価は暴落した。


「おすピーに謝れ!」


「彩香、例えが悪いわよ。あれはどちらかと言うと姉妹っていうより兄弟じゃない?」


「いや、あれは確実に兄弟だろう」


「智希うるさい!」


 彩香が吼えた。

智希はやれやれと肩をすくめながら、


「ったく、五万円しか給料ねーのに俺もお人好しだよな」


 智希は隼人に視線を向けた。


「九十九、お前のせいだぞ。お前が早く来すぎのせいで給料減っちまったじゃねえか」


「ははっ。そんな事になっていたなんて知らなかったんだよ」


「だからな、ちょっと俺は今怒ってるんだ」


「それは怖いね」


「…………」


「…………」


「……凍結」


 数秒の沈黙が流れた後、智希がぼそりと冷たい声音で呟いた。

その瞬間、隼人の体が足から凍りついていく。


「お?」


 隼人が自分の両足を見つめ、少し驚いた様に声を漏らす。


(勝った!)


 彩香は智希の勝利を確証した。

少し癪には思うものの、流石だと感じながらほっと安堵の息をつく。

が、


「え?」


 今度は彩香が声を漏らす番だった。


「な、なんで!?どうして――どうして氷が消えたの!?」


 先程までの、何度見ても幻想的で美しいと思える人体が凍っていくという不可思議な幻象が嘘のように消え去った。

いや、幻象は幻なのだから『嘘のように』というと少しばかり可笑しな事になってしまうが、彩香にとってそんな些末なことはどうでも良かった。

 昨日の銀行強盗、そして今日の無数の大学生。

それらを一瞬でいとも簡単に凍りつかせ、動きを封じた智希の言霊が瞬く間に消え去ってしまったこと衝撃の方が大きかった。


「お姉さん、何を驚いているの?」


 彩香の前に立つ隼人が顔だけ振り返って彩香に言った。


「だって……智希の言霊が……」


「ああ、今のことかい?言霊は精神力を糧に幻象を引き起こしているんだよ。だから術者の使用した精神力を上回る精神力を持って現実とはこういうものだと強く思い惑わされないようにすれば、簡単に破れるんだ」


「ウソ!?」


 彩香は智希に視線を送る。

その意図をくみ取った智希は、


「ああ。言霊も万能じゃねーんだよ。まあ九十九に今のが有効な攻撃になるとは元より思っていなかったが」


「ははっ、だろうね」


 厭らしい笑みを浮かべる智希と、無邪気な笑みを浮かべる隼人。

視線をぶつけ対峙したまま、智希は、


「優香」


 背後に控える優香の名前を呼んだ。


「何かしら」


「俺が九十九を抑える。彩香の縄を解いてさっさと逃げろ」


「了解」


 短い会話を終えると、智希は一気に隼人に迫る。

およそ十数メートルの距離があったにも拘わらず、一瞬で間合いを詰めた。

そしてそのまま隼人の顔面を狙い右足で蹴り上げる。


「おっと」


 智希の足は正確に隼人の顔面のあった位置を捕えていたものの、紙一重で躱された。

しかしそれを既に智希は予測できていたのか、回転しながら今度は左手で裏拳を放つ。


「――っ」


 隼人の方も瞬く間の連続攻撃に体を動かして避けることは出来ず右手で受け止めた。


(速いっ)


 彩香は智希の戦闘能力に目を奪われていた。

普段のやる気のない表情や厭らしげな笑み、長身ではあるが細身の体型だけを見ていれば、あれだけの動きをすることが出来るなど全く予想がつかない。

しかしながら、武術でそれなりの心得がある彩香ですら魅入ってしまう戦いを智希は目の前で繰り広げる。

 キャンパス内で声を掛けた時の反応で、ある程度武術を嗜んでいることは分かっていたが、まさかここまでとは思ってもみなかった。


(やっぱり……ムカつく!)


 彩香は智希の事を、そう再認識した。


「ちょっと待っててね、今解くから」


 と、そうこうしている内に優香が彩香の縄を解きに来た。


「……あらー。なにこれ固結びしてあるわねぇ」


「ちょ、お姉ちゃん早くしてよ!」


「急かさないでよ、もう。急かされると逆に失敗――あ」


「『あ』って何!?」


 そんなやり取りとは裏腹に、意外にも数秒で彩香の両手両足は自由になった。


「ほら彩香。早くここを出るわよ……鈍臭いわね」


「一言余計!分かったから急かさないでよ!……っていうか、ここってどこなの?」


 小走りに謎の空間を後にしながら、彩香は優香に尋ねる。


「ここ?ここは大学の体育館よ」



*****



 智希は目の端で二人が体育館を出るのを確認すると、一端隼人から距離を置いた。


「ああ、行っちゃった。まだ何も実験してなかったのに」


「そんな気は大してなかったくせに何言ってんだ」


 智希は嘆息しながらそう言った。


「どうしてそう思うの?」


「阿呆。普通そう思ってんなら行動するだろ。不気味な笑顔で『ああ、行っちゃった』とか言っている余裕があるならな」


「ははっ。なるほど」


 納得した様子で隼人はしきりに頷いた。


「じゃあついでにもう一つ質問。――どうしてこの場所が分かったの?」


 隼人の眼光に鋭さが宿った。

表情こそ笑顔ではあるものの、纏っている空気が先程とは明らかに異なっていた。

 そんな隼人の様子に対して、相も変わらずへらへらとした薄ら笑いを浮かべる智希。


「んなこと、少し考えれば誰だって分かる。あいつらはお前が『死霊使い』という点――異質な点にしか目が行っていなかったから見落とした」


「で、どうして?」


「お前は中身こそクソ野郎だが、外側はただの小僧に過ぎない。そんなやつが女とは言え意識のない大学生を連れて遠くに行くことなんて出来る訳がない。となれば、幸いにも意識を持った人間が皆無と化した大学内が隠れ場所としては最適な場所になる。大学内でも普通の教室に隠れている可能性も否定できなかったが、俺という見過ごせない要因がいるんだ、万が一にも戦闘になる場合もある。となれば、広い空間――体育館がお前の隠れ場所筆頭候補になる」


「……ふうん。流石だね。顔も悪くなくて頭も切れる。おまけに馬鹿みたいに強い」


「まあな」


「これでその人を小馬鹿にしたような笑顔と面倒臭がりなスタンスをどうにかすれば、さぞモテるだろうに」


「面倒臭がりって言うな、合理主義と言え。あとお前の笑顔も不気味だぞ」


「え、そうかな。おば様方からの評判はいいんだけれど」


「熟女マニアが」


「失礼な。僕に騙されてくれるから好きっていうのも確かにあるけど、それを別にしても熟女は至高の世代だよ。熟女こそが世界で美しい人種なんだよ?お兄さんだって青い果実は食べないで完熟したものを食べるでしょ?」


「違えよ。一五歳がピークなんだよ。それから先は枯れていくだけだ」


「……お兄さん、ロリコン?」


「馬鹿。小児性愛は一三歳以下を対象とした性的嗜好のことだ。俺は違う。十五歳が好きなんだ」


「主張は平行線……か」


「だな」


 『なんの主張してんのよ』。

彩香がこの場に残っていれば、そんな突っ込みがあったかも知れない。


「熟女好きとロリコン……交わることのない至高の嗜好」


「だからロリコンじゃねえって」


「でも、こうも違うんだね」


「あ?」


「ほら、まさか性的嗜好が――兄弟でここまで違うなんてね」


「……お前はまだ兄弟だなんてほざくのか」


 智希の表情が一変した。

ここまで智希の表情は厭らしい笑みか言外に面倒臭そうな表情、それか無表情だけだった。

しかし、隼人の一言で智希の顔には怒りの表情が浮かんだ。

心なしか言葉にも怒気を孕んでいるようにも聞えた。


「当たり前だよ。僕たちは正真正銘、血を分けた兄弟なんだから。――前みたいに『兄さん』って呼ぼうか?」


「ふざけるな!」


「冗談だよ」


「『お』という丁寧表現があることが、他人の証なんだ。それを取ったら……殺すぞ」


「殺されたくはないね」


 智希は視線に殺気を込めた。

しかし隼人はそれを受けてもなお、軽口を叩くだけの余裕があるようだった。


「……ああ、もう。つまらないなぁ。お姉さんには逃げられちゃうし、お兄さんには殺気をぶつけられるし」


「…………」


「今日は帰るとするよ。興も削がれちゃったからね」


「ふん」


「じゃあ、また会おうね」


 隼人はそう言って体育館を後にした。


「……くそっ!」


 体育館に一人残された智希は、彩香が座らされていた椅子を蹴り上げた。

ガラガラと椅子が転がり音を立てる。

そして数秒後、再び沈黙が体育館に流れた。



*****



 その頃、彩香と優香は大学を出て、一先ず駅の方向へ歩いていた。

途中までは走っていたものの、追ってもこない上に疲れたというのもあり、いつの間にか呑気に歩いていた。


「……智希は大丈夫なの?」


 彩香が呟くように優香に尋ねる。


「あら、あれだけ智希の事嫌いって言っていたのに心配しているのね」


「――い、一応!?一応助けには来てくれたわけだしそのまま死なれたら寝覚めが悪いっていうか!?」


「ふうん」


「ひ、人が人を嫌う理由なんていっぱいあるかも知れないけど、人を心配するのに理由なんている!?」


「無駄に格好いいわね」


 少し顔を赤くして堰を切るように言い訳を羅列する彩香。

それを見て優香は何となく微笑ましい気持ちになった。


「まあ、大丈夫じゃないかしら」


 優香が言う。


「ああ見えて、あの業界の中では超一流の能力を持っているし。むしろ九十九隼人の相手を出来る人間なんて智希レベルじゃないと出来ないわ」


「……なら良いけど」


「疑わないのね」


「だ、だって……実際に戦っているとこ見ちゃうと……信じる他ないっていうか」


 彩香は先刻見た智希の戦いを思い出した。

言霊の力はともかく、肉弾戦においても流れるような美しさ――無駄な動きが一切なかった。

武術をやっていた彩香でさえ、アレと同じ動きをしろと言われても出来る自信がない程、智希の動きは凄まじいものがあった。

 と、


「あら?」


 優香がおもむろに電話を取り出した。

どうやら誰かから着信が来たようだ。

通話ボタンを押して、優香が出る。


「はい……どうだった?……うん……うん……分かった。明日、十時に……ええ!?……仕方ないわね、分かったわよ。それじゃあね」


 短い通話を終えると、優香は電話を仕舞った。


「誰?」


 彩香が訊く。


「ん、智希よ」


「――!!どうなったの!?智希は無事なの!?」


「決着はつかなかったみたい。智希は無事よ」


「そうなんだ……」


 彩香はほっと息を吐いた。


「でね、詳しいことは明日話すって」


「ふうん。場所は?」


「うち」


「はあ!?」


「我が家」


「んな事は分かってるわよ!なんでよ!」


「自分の家に人を呼びたくないみたいよ」


「なにその自分勝手」


 とにかく危機は去った――彩香はそう思い、明日を待つことにした。

智希に言いたいことは山ほどある。

最初の一言はなんて言ってやろうか……そんなことを考えながら。

どーも、よねたにです。

……やばい、グダグダだ。

それにいつの間にか一カ月も間が空いている!

その内加筆すると思うので、とりあえずご容赦を。

今後はなるべく早めに投稿していきたいとは思うのですが、遅くなってしまったら申し訳ありません。

では、また。

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