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第六話 邂逅

「あ」


 智希は何かを思い出したように突然短く声を上げた。


「何?どうしたの?」


 優香が尋ねる。


「いや、大したことじゃないんだが」


「何よ?今更隠し事するような間柄じゃないでしょ?」


「初めて会ってからまだ一カ月もたってねえじゃねーか。どんな間柄だよ」


 智希は無表情で突っ込み、嘆息してから再び口を開いた。


「今気が付いたんだが、死霊使いは遠くから死霊を操ることが出来ない。ついさっきまでこの大学内にいた、或いは現在進行形でいる、このどちらかだろう。つまり、彩香が死霊に憑かれない光景をどこかで見ていたんじゃないか?と思っただけだから気にしなくていいぞ」


「…………」


「…………」


 彩香と優香は首をゆっくり動かし、互いに視線を合わせる。


「…………」


「…………」


「ま、それだけだ。――さて、俺はもう帰るぞ」


 そう言って智希は席を立ちあがる。


「ちょ、ちょっと智希、待ちなさいよ!」


 慌てて立ち上がり、机を挟んで正面の智希の手首を掴んだのは彩香だった。


「何だ?」


 明らかに面倒臭いと言わんばかりの声音に、彩香は噛みついた。


「あんたねえ!さっきから私の不安ばっか煽る様なこと言って!何!?私に何か恨みでもあるの!?」


「有るか無いかで言えば――有るな」


「あんのかい!私が何した!?」


「まあまあ彩香!落ち着きなさい!智希も一回席に座って頂戴!ちょっとお願いがあるから」


 そんな二人の間に、優香が割って仲裁する。


「仕方ないな」


 智希は静かに席に着く。


「……何でお姉ちゃんの言う事は素直に聞くのよ」


 何となくもやもやとした心もちのまま掴んでいた智希の手首を離して、彩香も再び座りなおす。


「さて優香。そのお願いとやら、聞こうじゃないか」


「何で上から目線なのよ」


 彩香が小声で呟く中、優香が言う。


「彩香の護衛をお願いしたいの」


「ちょっとお姉ちゃん!?」


「彩香は黙ってて」


「なっ……ん」


 ギロリと睨まれ、彩香は思わず黙った。


「護衛、ねえ」


 智希は先ほどからニヤニヤと笑みを浮かべている。


「もちろん仕事としてよ」


「幾ら出す?」


「そうね。上司を言いくるめて警察から護衛費で出せるのは――諸々の費用を合わせて日給五万円でどうかしら。二十四時間体制で、期限は九十九をどうにか出来るまで」


「ふん……俺を雇う相場からすればまだ安いが、まあ優香の顔に免じて、良いだろう。契約成立だ」


 口の端を思いっきり吊り上げ、智希は言った。

すると、優香が意外そうに目を大きくした。


「何だ、その顔は」


「いえ、まさかこんな値段で簡単にOKしてもらえるなんて思わなかったから」


「俺を何だと思ってるんだ」


「守銭奴」


「おいこら。合理主義と言え合理主義と。俺はただ、こんな良い仕事はないと思っただけだ」


「と言うと?」


「元々警察から依頼されたのは九十九の捕縛又は殺害だ。で、今回お前からの追加の依頼は九十九から彩香を護衛することだ。こっちから探さないで向こうから来てくれる良い餌を手に入れた上、金まで貰えるんだ。依頼を受けない理由がない」


 何のためらいもなく、智希は彩香を餌と言い切った。

しかし優香はそんなことどうでも良いとばかりに、


「そう。じゃあ今日からお願いね。――で、彩香。何か言った?」


 ようやく彩香に発言の許可が下りた。

彩香は打てば響くようなタイミングで口を開いた。


「言ったわよ言おうとしたわよ!何よ護衛って!しかも日給五万円って!高過ぎよ高過ぎ!こんな奴に税金から金出すなんて国民の皆様に申し訳ないわ!百円で十分よ!」


「小学生の小遣いか。遠足のおやつ代にすらなってねえよ」


 智希が冷静に、合いの手のように突っ込みを入れた。


「智希は黙ってて!ちょっとお姉ちゃん勝手に決めないでよ!私嫌だからね!?」


「どうして?死にたいの?」


「死にたかないわよ!」


「じゃあ文句言わずに護られてなさい。文学部のくせに馬鹿みたいに強いからって、相手はその上を行くような人間なのよ?」


「ううぅ……」


 彩香は、優香の言う正論に反論できずに口籠る。

と、智希はあることに気が付く。


「そう言えばお前文学部とか言ってたな。武術出来るくせして文学部とか、突っ込み待ちか?」


「学歴かけてボケ作るわけないでしょ!」


「あーもー智希!茶化すなら暫くどこかに行っててくれないかしら!?」


 耐えられずに優香が智希に退去勧告を下した。

その瞳には冷たい色が含まれていた。

それを見たからか、智希は特に反抗もせず、


「分かった……タバコ吸ってくる」


 あっさりと食堂を後にした。

そして彩香と優香、二人きりとなる。


「これでまともに話が出来るわね」


「まともも何も、お姉ちゃん……やっぱり私、嫌よ?」


 彩香が改めて自らの結論を伝えた。


「だから、どうしてよ。彩香の身が危ないのは分かるでしょ?いくら脳筋のあなたでも」


「脳筋じゃないわよ!これでも一般入試で大学入ってんだからね!?」


「もう世界の謎よね。今まであれだけ暴力やってきて突然大学の文学部に進むだなんて」


「暴力じゃなくてせめて武術って言ってくれない?」


「まあ、その謎については追々聞くとして。……何で智希の護衛を嫌がるの?」


 優香は単刀直入に聞いた。


「あんな腐ったやる気のない目の奴を近くに置いておきたくない」


 彩香は打てば響くようなタイミングで単刀直入に返した。


「……なるほど」


「でしょ?」


 優香は静かに納得した。


「だいたいね、出会った瞬間から胡散臭かったから、どうも信用できないのよね」


「ああ、銀行強盗の事件の時のこと?」


 優香は智希から聞いた、二人の出会いのいきさつを思い出す。

銀行強盗に人質に捕られた彩香を言霊で智希が助け出した。

いきなりそんな摩訶不思議な体験を何の説明もなしにされたらそう思っても仕方がないのかも知れない。


「そう。それにやる気ないし、表情もにやけてるか無表情かのどっちかだし」


 言いたい放題だった。


「あー……私も、智希が真面目な表情になったところ見たことないわね」


「でしょ?」


 その点に関しては優香も反論の余地がなかった。

しかし、だからと言って彩香に護衛をつけないわけには行かない。

優香が言う。


「でもね、相手はあの死霊使いの九十九なの」


「…………」


 急に空気が変わり、思わず黙る彩香。


「分かって」


「…………」


 そう言って彩香を見つめる優香の目は真剣な物だった。

これまで、十数年姉妹をしてきても見たことがない程に。


「……はあ。分かったわよ。守られてあげるわ」


「ええ、そうして頂戴」


 彩香は渋々納得した。


(まあ、私だってまだ死にたくないし。仕方ないか)


 相手は得体の知れない死霊使い。

鼻から自分でどうにか出来る問題とは思っていなかった。

しかし多少の反抗くらいはしたかった。


(あいつ……嫌いだけど、まあ何とかしてくれるでしょ。――あれ?)


 神永智希。

やる気がなく目が死んでいて、無表情かにやけているか、そのどちらかの表情しか彩香は見たことがない。

出会ってまだ二日。

好きか嫌いかで言えば、即答できるくらいには嫌いだ。

常に小馬鹿にされているような気分になる。

反論しても言い負かされる。

覇気がない。

やる気がなく、面倒臭がる。

嫌いだという理由を挙げて行けば、ボールペンのインクが無くなるくらいには書き続けられる自信が彩香にはあった。

 なのに、不思議と智希ならばなんとかしてくれると思ってしまう、そんな頼る気持ちが気が付いた時にはあった。

現に今、智希ならば九十九をどうにかしてくれると思っていた。

 そして、いつの間にか心の間に壁がなくなっていた。

 いや、もしかしたらそんなものは最初からなかったのかも知れないとすら思えるくらいに――。

 そんな相反する気持ちに気が付き、彩香は現実から意識を飛ばしていた。


「彩香?」


「え?」


 優香に呼び掛けられ、ふと現実に彩香は意識を戻される。


「何?智希に護衛されるの、そんなに嫌だった?一応姉妹だし、彩香が智希の護衛を最初だけ嫌がるだろうっていうのは分かっていたつもりだったんだけど、本当に嫌なら別の策を検討してもいいのよ?」


「え、いや、そういうわけじゃ……って、最初だけ嫌がるって何よ!?普通に嫌ですけど!?」


「彩香の性格って面倒臭いのよ。基本的に『えー嫌よー』って否定からはいる癖に、実はそんな嫌でもないって思ってるのよね」


「う……」


 心当たりがありまくり彩香は言葉を詰まらせた。


「ツンデレよね」


「違うってば!」


「あざといわー、そういうキャラ作り」


「何勘違いしてんのよ!そんなキャラ作り私がするわけないでしょ!?」


「……そういう意味じゃ、智希と反対の性格ね」


「え?」


「智希は『面倒臭い』って言って本心から面倒臭がる。彩香は『嫌だ』って言いながら本心はそこまで嫌じゃない」


「そ、そんなこと……」


 彩香の言葉は尻すぼみに空間に消えて行った。


「頼まれれば嫌がるふりして最終的に一生懸命になる熱い心の持ち主と、金さえ積めば何でもやる黒い心の持ち主……悪くない組み合わせね」


「組むな!」


「ふふっ」


 優香は楽しそうに笑った。


「……なんで笑ってるのよ」


「久しぶりじゃない?姉妹でこれだけ話すのって」


「そう?……そうかもね」


 彩香は『話って言うよりボケとツッコミじゃ?』とは思ったものの、同意する。

確かに最近は、優香が警視庁で警部補としての仕事が忙しくなったのもあり、なかなか話す機会が少なかった。


「まあ、智希に任せておけば大丈夫よ。すぐに解決するわ」


「ふうん」


「あとで智希にうちの住所教えておかないとね」


「ふうん……は?」


 彩香は間抜けな顔で間抜けな声を上げてしまう。


「え……何で?」


 恐る恐る優香に尋ねる彩香。


「え、だって二十四時間体制で護衛してもらうんだから。そしたら家に泊まってもらった方が効率的じゃない?」


「え、ちょ、いや、まあ、そうかも知れないけどさあ!かも知れないけどさあ!?」


 優香の言うとおり、その方が無駄がないのかも知れないが、彩香は直ぐに納得することが出来なかった。


「もう……今更何をうだうだ言ってんのよ。ここまで来たらそれくらいの事目を瞑りなさい!」


「えー?っていうかお姉ちゃん、何でちょっと嬉しそうなのよ……」


 何となく、気になっていたことを彩香が言った。

そう、先程から微妙な程度ではあるが優香が嬉しそうなのだ。

姉妹だから分かる、そんなレベルの違い。

『まさか、違う……よね?』と彩香は予想を心の内で立てつつも、優香に尋ねた。


「やーねーもう、何言ってるのよ。私が嬉しそう?そんな訳ないでしょ?別に、『彩香の護衛を口実に智希と一つ屋根の下で暮らして既成事実作って脱独身!』なんて考えてないんだからね?」


「考えてるじゃん!思いっきり考えてるじゃん!っていうか私の護衛は婚活の口実だったの!?」


「あ、間違えた。逆ね」


「どっちにしろ何考えてんのよこんな場合に!私は命狙われてるかも知んないの!さっき私に護衛を付けるために真剣な表情で説得してたのに、何?全部たかが婚活のため!?」


「たかがじゃないわよ!これでも彩香の知らないところでお母さんにせっつかれてるんだからね!?プレッシャー半端ないのよ!?リビングの机の上に婚活パーティのパンフ置かれたりブラウザのブックマークに最近はやりの子供用の玩具おもちゃとか西松屋のホームページとか入れてるのよ!?」


「それにしたって、何で智希なのよ!面倒臭がりで守銭奴で目は腐ってるし!」


「慎重で倹約家だと思えば!目は腐ってるかもしれないけど!」


 最後は否定できなかった。


「ともかく!」


 優香は語気を荒げて強引にまとめにかかる。


「多少!多少はそういう婚活……婚活……」


「急に落ち込まないでよ対応に困るんだけど」


「んんっ!ともかく!多少はそう言う意味合いもあるけど、基本的には彩香の身の安全が大事だからこうして口を酸っぱくするほど言っているの!分かる!?」


「…………分かったわよ」


「よろしい」


 確かに、優香の言う様に『慎重』で『倹約家』で、そんな様に思えば悪くない物件・・なのだろう。

真実は一つでも、その真実の捉え方など幾らでもある。

彩香はそう思って納得することにした。


「さて、彩香。話も終わったし智希を呼んできて頂戴」


「えー私が?」


「い・い・か・ら」


「……分かったわよ」


 彩香はそう言って、席を立つ。

と、


「その前に、僕と話をしようよ」


「え?」


 突然の声に、彩香の口から思わず小さな声が漏れた。

声のする方を見ると、そこには未だあどけなさの残る――しかしながら将来有望そうな容姿をした少年がいた。

年齢は見た感じ、中学生。

大学構内にいるはずのない見た目である。


「誰?」


 ここまでのイレギュラーな出来事である程度耐性が付いたのか、彩香は不遜な態度で言った。

もう少し言いようがあったはずだが。

 しかし少年は、そんな彩香の態度に気分を害した様子もなく、


「嫌だなぁ、お姉さん。この状況で颯爽と登場する人間って言ったらすぐに分かるでしょ?馬鹿じゃなければ」


 いや、少しは気分を悪くしたのかも知れなかった。


「え?」


 彩香は考え、直後思い至る。


「……九十九隼人!?あんたが!?」


「正解。僕が死霊使いの九十九隼人だよ。よろしくね」


 ニッコリと笑う隼人の笑顔には、邪気の一つも覗えなかった。

こうして、彩香と隼人は邂逅を果たした。

どーも、よねたにです。

更新遅れました。

自分でもここまで間が空くとは思ってもいませんでした。

なるべく早く更新するよう心がけますが、今後も間が空き気味になるかもしれません……申し訳ないです。

あとタイトルは『本編とほとんど関係なくね?』と思うかもしれませんがご容赦を。

では、また。

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