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第五話 少年

「えーと。どこから説明しましょうか」


 智希、彩香、優香の三人は、誰も居なくなりガラリとした空虚な雰囲気漂う学食へと移動した。

入口から近い手頃な席に、智希と優香が隣同士で、智希の正面に彩香が着席した。

 優香が口を開く。


「じゃあ、智希について、そのことから説明しましょう。彩香も気になるでしょうし」


「まあね」


「俺の事を知りたいだなんて、照れるじゃないか」


「うるさい」


 彩香は一刀両断した。


「彩香、静かにしなさい」


「私!?」


 何故か優香に怒られ、釈然としない気持ちになった。

 そして優香は説明を始める。


「さて、結論から言うとね。智希は『言霊使い』なのよ」


「は?言霊……使い?」


 普段聞き慣れない言葉に、彩香は首をかしげた。

優香は一度肯いて話を続ける。


「ええ。馬鹿でも解るように言うと、智希の言った事が目の前で実際に起こるのよ」


「……は?」


「おい優香。こいつはきっと阿呆だから阿呆に分かるように言え。馬鹿に分かるように言っても分からんだろう」


「あ、そうね」


「何納得してるの、お姉ちゃん!?」


 智希が厭らしく笑って茶化し、優香が即座に納得した。

彩香は思った。

この場に味方はいないのだと。


「で、一体どういう事なの?」


「だからね、彩香。智希の言った事が現実になるのよ。例えば、さっきなら智希が凍結っていう言霊を使ったから学生が凍ったのよ」


「……あー」


 彩香には心当たりがあった。

昨日の銀行強盗事件である。

あの時彩香は、微かな声を聴いていた。

『シャッター』『凍結』『原状回復』という三つの言葉を。

シャッターと言ったら、シャッターが閉まった。

凍結と言ったら、犯人が凍り始めた。


(あれが言霊の力……)


「でも、氷が急に消えちゃったのはどういうこと?」


「ああ、智希の言霊は幻だから」


「は?」


 彩香は素っ頓狂な声を上げてしまった。

優香はふっと笑って、まるで可哀そうな子供を見るような目で、彩香を見つめた。


「彩香、物理法則って知ってる?」


「知ってるわよ。あとその目、止めて」


 彩香は言った。

不快極まりなかった。


「この世界には物理法則があって、いくら言霊使いの智希でもその法則を超えることは出来ないの。だから智希の言霊は相手に幻を見せる――いわば幻のかたち、幻象を起こすのよ」


「幻象……」


「だから智希が最後に『原状回復』って言うと、何もかも、智希が起こした幻象を消すことが出来るの。一瞬でね」


「あーなるほど。それで……」


 彩香はそう言って、ようやく納得することが出来た。

いや、あくまで一応である。

こんなファンタジーな話を鵜呑みにすることなど、到底すぐ出来る事ではない。


「ところで、何で智希はそういうことが出来るの?」


 彩香が智希に尋ねる。

が、智希は優香の方へ視線をやる。

自ら答える気はないらしい。

 優香が嘆息を挟み答える。


「智希は精霊と契約しているのよ」


「精霊!?何それ!そんなのがいるの!?」


「いるのよ。と言っても私は見たことないけど」


「へええ……」


 彩香は目を輝かせて智希を見つめた。


「確か精霊は六種類居て、その内の一つが言霊精霊なの。それと契約しているから、智希は言霊を自由に使えるってことらしいわ」


「ふううん、まるで物語の話ね。でも何で契約してるの?契約する意味が良く分からないんだけど」


 彩香は再び智希に尋ねる。


「それについては私も知らないわね」


 優香も智希の方へ視線を移した。

 二人の視線を受ける智希は、面倒臭そうにため息を吐いた。


「精霊はこことは別の次元に存在している。そこには実体を持たない存在がうようよしているんだ。そんな中でも精霊は最も高位に位置する存在で、それらの指導者、監視者的な役割を担っている。だが人間界と同じではぐれ者がいる。そいつらは人間界に降りて、人間や物体に憑りついて様々な事象を引き起こす。それを止める為に、精霊は人間と契約を結ぶ。契約者の願いを一つ叶える代わりに、精霊の宿主になるという契約をな」


「へえ、そうだったの」


 優香が単純な感想を漏らす。


「じゃあ智希はなんて願いを言ったの?」


 彩香が興味津々と言った様子で智希に聞く。


「あ?まだ何も願ってねえよ」


「え?」


「精霊が叶える願いは何でも叶うんだ。その場ですぐ願いを言うなんて、勿体ないじゃないか」


「へえ……」


 彩香は少し感心した。


「まあ実際は、何にしようか考えるのが途中で面倒くさくなったから後回しにしてもらっただけなんだが」


「おいこら」


 数秒前に感心したのが馬鹿らしくなった彩香だった。


「あら、智希らしくていいじゃない」


「だろ?」


「……なんでお姉ちゃんは智希に甘いのよ」


 彩香はそう言って嘆息した。

優香が話を継ぐ。


「まあ智希についてはだいたいそんなところね。次は私たちがどうして彩香の大学に居るか、と言うことなんだけど」


「あ、そうそう。実は気になってたの」


「簡潔に言えば仕事ね。智希にはそれを手伝ってもらっているのよ」


「それは軽く聞いた」


「で、その仕事っていうのが、とある死霊使いを捕まえるっていう仕事なのよ」


「死霊使い?」


 彩香は再び首をかしげる。

智希が口をはさむ。


「精霊使いの対極に位置する奴だ。精霊使いは精霊と契約を交わし、力を行使するのに対して、死霊使いは人を殺してその霊魂を集めて使役する。精霊使いは一対一の対等な関係だが、死霊使いは一対多で上下関係を持つ」


「…………」


 彩香は無言で智希の言葉に耳を傾ける。


「本来死んだ人間の霊魂は、さっき言った別の次元に向かう。だがそこに行く前に死霊使いはその霊魂を採取し、死霊として使役する。それを繰り返すことで、最終的には――精霊使いを超える力を持つことが可能になる」


「え?」


「元々の地力は精霊使いの方が圧倒的に上だが、死霊使いは人を殺して死霊を集め続ければ無限に力を増幅することが出来る。そうなられると、厄介だ。俺の手にも負えなくなる」


「今はまだ大丈夫なの?」


「多分な。で、その死霊使いの中でも特にヤバい奴が動き出したってことで俺が警察に協力させられているわけだ」


 そう言って智希は優香に意味ありげな視線を送る。


「あら、何?お金はちゃんと払ってるんだからいいでしょう?」


「当たり前だ。慈善事業みたいなことやってられるか」


「と言うわけでね、彩香。その死霊使い――九十九隼人がこの大学に居るっていう連絡を受けて、私たちはここに来たのよ」


 優香はそう纏めた。


「九十九隼人……それがさっきの事を起こした犯人ってわけ?」


「そうよ」


 彩香は身震いを起こした。

あんな風に人を――しかもあれだけの人数をいとも簡単に操ることが出来る死霊使い。

そんな人間がこの世にいることが信じられなかった。


「まあでも、あれだけの人数を動かせる死霊使いなんて九十九くらいしかいないんだけどね」


「え、そうなの?」


 彩香はそう言って驚き、智希を見やる。


「ああ。精霊使いも死霊使いも、能力の強さは全て精神力の強さだ。揺るがない精神が強さに直結する。死霊使いはその精神力が強ければ強いほど、同時に操れる死霊の数が増える。さっきはこの大学にいた人間ほぼ全員を死霊を使い操っていた。そこから強さを考えると……恐らく、俺と同レベル。或いはそれよりも若干弱いくらいか、たぶんそんなもんだろう」


「ちょっとそれヤバいじゃん!……ああ、死霊使いとしては、そのなにがしさんが最強クラスだけど、精霊使いの中には智希より全然強い人がまだまだいるパターン?」


 一瞬焦った彩香だったが、直後そんなことを言い出した。

しかし優香が、


「残念だけど、智希は精霊使いの中でも超一流よ。智希が九十九に敵わないってなれば、もう打つ手がないわ。町一つ犠牲にして核兵器でも使わない限りね」


「ちょっとそれ本気でヤバいじゃん!」


 あっさりと考えを否定されて彩香は再び焦った。


「優香」


 智希が優香の名前を呼ぶ。


「何?」


「お前らから依頼された内容。可能であれば捕縛ってことだが、無理かもしれないな」


「……そう」


 優香は短く返した。


「え、どういうこと?」


 今の会話の意図が分からない彩香が訪ねる。


「私たちが智希に依頼したのは、可能であれば九十九の捕縛。不可能であれば――殺害。で、智希は生きて捕まえるのは無理かもしれないって判断したの」


「それじゃあ……殺すの?」


「そう言う事になるわね」


「いいの?」


「良くはないわよ。でも、現在どの国でも死霊なんて不明瞭なものの存在を認めてないし、法律にも記載されてないから、九十九を逮捕することはできないのよ」


「え、でも人を殺して死霊にしてるんでしょ?殺人の罪で問えないの?」


「それも難しいだろう」


 智希が言う。


「基本的に九十九は海外の紛争地帯で殺人を犯している。義勇兵や傭兵としてな。戦争で誰が誰を殺したなんて、誰も分からない。証拠も無いに等しい」


「そんな――」


「だからさっき、優香は言っただろう。『捕縛』ってな。それが見込めない今、殺すしかないって訳だ」


「お姉ちゃん……」


 彩香は、優香を見つめて呟くように言った。

今まで身近にいた姉が、どこか遠くに感じられた。

心にぽっかりと穴が開くような、喪失感のようなそんな感覚。


「仕方ないのよ、九十九はそれだけのことをしたんだしね。もちろん私だって、殺したくはないけど。……でもまあ……心配してくれてありがとね、彩香」


 優香は、自嘲気味の笑みを浮かべた。

 姉妹の間に柔らかく、暖かな雰囲気が流れる。


「もういいか?」


 そんな雰囲気をたった五文字でぶち壊す人物がいた。

智希である。


「……何よ」


 彩香は冷たい視線を智希に送る。

しかし智希はそんなこと意にも介さず、話し始める。


「俺の素性、俺たちがどうしてここにいるのかと言う理由、そして九十九について。とりあえずの事は説明した。――俺からも一つ、彩香に質問がある」


 人差し指を立て、彩香の目の前に掲げる智希。

その表情は、彩香と優香の知っている、やる気のない、面倒臭がり屋の表情ではなかった。

――目の奥に鋭さのある、一流の言霊使いの表情。

彩香にはそんな風に見えた。


「な、何よ」


 纏っている雰囲気まで異なり、その威圧感から少しどもってしまった彩香。

智希が口を開く。


「彩香。お前はどうして――どうして、死霊に憑かれなかった?」


「……え?」


 彩香は素っ頓狂な声を上げた。


「この大学の人間はほぼ全員、死霊に憑かれていた。ただし、俺は精霊使いだから死霊に憑かれることはない。優香は、俺が守っていたから憑かれなかった。しかし俺は、彩香に対しては何もしていない。にも拘らず、お前は死霊に憑かれなかった」


「……そう言えば、そうよね」


 優香も今気が付いたようで、彩香をじろじろと視線でまさぐる。


「彩香、お前は何者だ」


「え、ええぇ?」


 彩香には何の心当たりもなかった。


「わ、私は普通に生まれて普通に生きてきた、ただの女子大生……のつもり」


「…………」


 智希にじっと見つめられ、徐々に尻すぼみになった彩香。


「ねえ智希。智希は分からないの?」


 優香が彩香に代わって尋ねる。


「さっぱりだな。既に死霊に憑かれている訳でもないし、かと言って精霊の事をさっきまでしらなかったんだ。精霊使いでもない。見当もつかないな」


「ふうん。まあそのうち分かるでしょ。今は良いんじゃない?」


「……まあそうか」


「ええ!良いの!?」


 彩香は思わず席から立ち上がる。


「ええ」


「ああ」


「分からない……私にこの人たちが分からない理解できない。深刻な空気作っといて急に壊して、人にもやもやを植え付けっぱなしで放置とか……信じらんない」


「優香。こいつが何言ってんのか分かるか?」


「血の繋がった妹でも分からないわ」


「……もういい」


 彩香は力なく椅子に腰を落とした。

どーも、よねたにです。

五話にして九十九が登場です。

……話が暗くなってきましたが、読んで頂ければ幸いです。

その内コメディー成分と共に智希の言霊に対する設定など詳しく書ければと思っています。

評価等ありましたらよろしくお願いします。

では、また。

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