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第三話 疑わしい男に吠える女

「ところで――」


 彩香と別れた直後、どういう訳か腕を組んできた優香が智希に上目遣いで尋ねる。


「どうして彩香と話してたの?まさか知り合い?」


「いや、知り合いじゃねえな」


「知り合いじゃない、ね……なら知り合い以下の関わりはあるのかしら」


 優香は智希の言質を取るように言い直し、尋ねる。

逃れられないと思った智希は


「……昨日の銀行強盗の事件、知ってるか?」


 と、自ら起こした昨日の行動を後悔するかの如く苦渋に満ちた表情をしながら、そう話を切り出した。

優香の方は意外な話の導入に戸惑いながらも、


「え、ええ。知ってるわ、あの子が人質になってたんだからね」


 何故か自慢げに胸を――その豊満な胸を張って言った。


「それが?」


 首をかしげる。


「あー……実はな、その現場には俺も居たんだ」


「はあ!?ちょ、それ初耳なんだけど!何で昨日の時点で言ってくれないのよ!」


「いや、別に話すようなことでもないかと思ったんだ」


「それが話すようなことじゃないなら人類の間で会話が無くなるわよ!」


 さらりと流れるように重要事項を語る智希に、優香は慌てた。


「もう……次からは何かあったらちゃんと報告すること!良いわね!」


「分かった分かった」


「本当に分かってるんでしょうね……」


 無表情に前を見たまま視線を合わせることなく答える智希に、優香は少し先が思いやられた。

 つい先日まで海外の危険な紛争地帯を数年間転々としていた智希からすれば、この程度の事件は日常茶飯事であり言うまでもない事だと思っていたのだ。

窃盗、強盗、或いは殺人。

誰もが生きるために必死だった。


(今は警察に雇われている身とは言え……面倒臭いな)


 智希は、自分が日本と言う平和な国にいることを再認識した。


「で、その銀行強盗の事件がどうしたの?」


 優香は少しため息を付きながら話を進めようとする。


「その現場で、ちょっとな」


「へえ。じゃあ何?彩香とは事件をきっかけに知り合って、今日この大学で運命的な再会を果たしたって訳?」


 優香が好事家のような笑みを浮かべて智希に言う。


「運命なんかじゃない。ただの偶然だ」


 運命的。

偶然を『運命』と言う言葉にすれば綺麗に聞こえるかもしれないが、智希としてはあまり好ましくない言葉だった。

偶然では偶然であり、運命など存在しない。

既に決まってしまっている未来を智希は信じていなかった。


「そもそも、俺はお前の妹の顔を覚えていなかったんだ」


「あら、そうなの?身内の欲目を抜きにしても、あの子はかなり美人だと思うけど?私に良く似て」


 優香の図々しい発言を智希はさらりと流して聞かなかったことにしながら答える。


「俺は美人とか不細工とか、そう言う見た目の良し悪しで相手を覚えている訳じゃない。覚える必要が有るか無いかで覚えているんだ。その辺に居るチャラい奴らと一緒にするな」


「あーはいはい。ごめんなさいねー」


 自らの発言をスルーされた優香は、ほんの少し投げやりに言った。


「っていう事は、彩香の方が智希の事を覚えていたっていう事?」


「……ああ、まあな」


 智希の不自然な間を目敏く感じ取った優香は、


「智希、あなた一体何をしたのよ」


 智希にそう尋ねた。

優香から見て彩香は、偶然会った人間を全員覚えていられる程記憶力の良いタイプではないと思っていた。

学業の成績自体は良かったが、決して瞬間記憶能力などの天才的な能力がある訳でもない。

そんな彩香が、銀行強盗の事件の際に見ただけの智希を大学内で見つけたからと言って話しかけるはずがない。

ならば、智希が彩香の記憶に残る様な何かをしたのではないか。

優香はそう推理した。


「あー、いや……その……なんだ」


 表情こそいつものやる気のなさそうな無表情ではあるが、珍しく智希は言い淀んだ。

優香と智希は決して長い付き合いではないが、知り合ってから智希がこのように言いよどむ光景と言うのは初めて目にする光景だった。

そのため、優香は智希が彩香に対して何かしたという確信を得た。

 数秒の沈黙の後、智希が口を開いた。


「あいつ、銀行強盗に人質に捕られてただろう?」


「ええ、そうね。でもあの子武術得意だから、それでどうにかしたみたいだけど」


 現にニュースでもそう報じられていたため、優香はそう答えた。


「実はあれな、違うんだ」


「は?」


 間の抜けた素っ頓狂な声を上げる優香。


「新聞とかニュースが間違ってるっていうの?」


「そうだな。報道は間違った事実を伝えている」


「……どういうこと?」


 優香は智希に詰め寄り、説明を求める。


「あいつが犯人を倒したんじゃない。俺が犯人を倒したんだ」


「……何でそう報道されていないのよ」


 優香は嫌な予感をひしひしと感じながらも、智希に続きを話すよう促す。


「あー……あの時は、俺もさっさと帰りたくて、つい出来心で能力を使っちまったんだよ。銀行強盗を凍らせる言霊をな」


 優香は軽い眩暈に襲われた。

 ――言霊。

智希の言う『言霊』の意味を優香は知っていた。

そしてそれを一般人の前で使う事の意味も。


「ど――」


「ど?」


「どうして公衆の場で平然と能力を使うのよ!」


 智希の耳元で鼓膜が破れてもおかしくない声量を出して怒鳴る優香。


「……結婚もしてない女が公衆の場で大声を出すのもどうかと思うぞ」


「い、今はあなたの話をしているの!屁理屈こねて話を逸らさないで!」


 智希の指摘を受け、一応周囲に視線を配る。

すると数人の学生が優香に視線を向けていた。

少しばかり顔を赤くした優香が一つ咳払いをして体裁を保とうとする。


「それで?何で使ったのよ、言霊を。こういう世界があることを知って日が浅い私だって知ってるのよ?言霊のような神秘的且つ未知の能力は秘匿すべきだという暗黙のルールを。おいそれと人に見せて良いものじゃないでしょ!?」


「そんなことは言われずとも分かってるさ。ただ、本当に早く帰りたかっただけなんだよ。警察が無能だから時間がかかって仕方がなかったし」


「…………」


「それに銀行内にいたのは、行員と客を合わせても十人にも満たなかった。外には警察とマスコミがいたが、それはシャッターを言霊で出して見えないようにした。言霊の幻象はカメラをも騙すから問題ない。それに俺が使った『凍結』――人体が凍るなんて言う幻象は現実には到底ありえない光景だ。大抵の奴は白昼夢だとか幻覚だとか思って誰にも言わないだろう。『頭がおかしい奴』だなんて思われたくないだろうし。現にお前の妹も言わなかった。それに全て幻象、幻だ。証拠なんて残るはずもない」


「だからって、ねえ……」


 眉間に皺をよせ、唸る優香。

しかし、優香の脳裏にある考えが過る。


「ひょっとして、さっき彩香と話していたのってその事について?」


「ああ」


「『ああ』じゃないわよ!キチンとしっかりバレてるじゃない!」


「証拠はねえよ。問題ない。それにきっちり否定しておいた」


「はあああああっ」


 優香は深いため息を吐く。


「心配ない。言うなれば俺は空想の世界の住人に近い。現実にそんなオカルトチックでファンタジックな人間が存在するとはだれも思わないさ。現に優香、お前だって俺と知り合うまで知らなかっただろう?こういう世界が存在するなんて」


「まあ、それは――そうだけど」


「とにかく大丈夫だ」


「だと良いけど……」


 そう言って優香は天を仰いだ。



*****



「あ、はぐらかされた」


 智希と優香と別れた後、食堂で独り寂しくラーメンを食べていた優香が思い出したように呟く。


「ちきしょうめ……結局何も聞き出せなかった……今度会ったらその時こそ――」


 ずるずると音を立てて豪快にラーメンをすすった。

と、


「お、いたいた!あの子だよあの子!」


「ああ、割と現物可愛いじゃん」


「ははっ確かに確かに」


 遠くからそんな騒ぎ声が彩香の耳に届いた。

彩香はややうんざりした様子で、視線だけその方向に向けた。

 すると少し離れた位置から彩香の方へと足を薦めながら下品に笑っている男子学生三人が目に入った。

体中いたるところにネックレスやブレスレット、リングにピアス、チェーンなどを身に着けジャラジャラと音を立てて歩く。

 彩香はそう言った人種があまり好きではなかった。


(なんか面倒臭そうなのが来た……)


 彩香はそんな事を考えながらも、ラーメンをすする。

ずるずると。

しかしその音を相殺するように、ジャラジャラと金属音が次第に大きくなる。

そして――。


「おい」


 こっちくんなと言う細やかな願いは叶わず、ニヤニヤとした笑みを顔に張り付けた男子学生たちが彩香の前でそう言った。


「……なんですか?」


 ぶっきらぼうに、しかし一応敬語で応対する。

リーダー格なのか、センターに位置する男が口を開いた。


「テレビ、観たぜ。あんただろ?銀行強盗倒した女子大生ってのは」


 明らかに彩香を見下したような口調だった。

彩香はむっとしながらも、


「だったら?」


「あそぼーぜ」


 男は下品な笑顔を彩香に向けた。

本人からしたら極上の爽やかスマイルのつもりなのかもしれないが、彩香には到底そうは見えなかった。


「嫌。他を当たって下さい」


「何でだよ」


 男は食い下がる。


「私、ラーメン食べてて忙しいの。ほら、伸びちゃうでしょ?」


「いいじゃん、別に。ラーメンより俺らの方が『おいしい』かもよ?」


 その言葉に横の男たちもニヤニヤと笑う。


「結構です」


「ほーら、早く」


 そう言って男が彩香の腕を掴んだ。


(拒絶したのに腕を捕まれた……これで正当防衛成立するわよね)


 彩香は空いている手で男の後頭部を鷲掴みにする。


「お?」


「きゃー」


 彩香は棒読みで悲鳴を上げながら、掴んだ手に力を籠め、男の頭をラーメンの容器に突っ込む。


「ぶがっ」


 容器と中のスープが辺りに飛び散る。

短い悲鳴を上げた男はそのまま動かず、崩れ落ちた。


「な、何すんだよ!」


「あっちゃん大丈夫!?」


(あっちゃんって言うのか、この男……)


 そんなことを考えながら、彩香は周囲に視線を向ける。

視線を感じるのに、誰一人として視線が合わない。

昨日の銀行強盗事件と同じで、誰も彼もが無関心を決め込んで動かない。


(ここで白馬に乗った王子様……は、馬とかで来られても困るからそこまで高望みはしないけど、誰か助けてくれないかしら。あ、高望みしないからと言ってロバに乗った爺に来られても困るけど)


 彩香は内心愚痴をこぼす。

と、その時。


「ぐああああああっ」


「がっ……ああああっ」


 残った二人が突如、胸を押さえて苦しみ、もがき始めた。


「え、え、え!?私じゃないよ!?まだ何もやってない!」


 彩香は両手を上げて、無罪を主張する。

再び辺りに視線をやると、今度は視線を集めに集めていた。


「あ、いやあ……あはは」


 彩香は照れ笑いで誤魔化す。


「あー……ご馳走様でしたぁ」


 そう言って彩香がそそくさと学食を出ようとした瞬間、再び異変が起こった。

今度は、学食で談笑していた学生――全員が苦しみ出した。


「え、えええええ!?」


 突然の出来事に慌てふためく彩香。

よく見れば学生だけでなく、学食のおばさんなども同様に苦しんでいた。

性別、年齢、それら要因は全てバラバラ。


「なになになになに!?新手のドッキリか!?」


 彩香は背筋が寒くなるのを感じた。

昨日の銀行強盗など比ではない。

 彩香は一目散に学食を出て行った。


「な――っ」


 ここまで驚きに反応し続けてきた彩香だったが、学食を出てキャンパスを目に移すと、その反応すら出来ず、絶句した。

キャンパスにいる全ての人間が一様に、学食に居る人間と同じく苦しんでいた。

膝間づいている学生、倒れている学生、必死にもがき苦しむ学生――。

 彩香以外の人間が、苦しんでいる。


「……どう言うこと?」


 彩香はここでようやく落ち着きを取り戻してきた。

そしてある一点に気が付いた。


(みんな胸を押さえている――?)


 年齢や性別、体格など共通点は一つもないように見受けられていたが、一つ言うと全員が全員胸を押させて苦しんでいるのだ。

その様子を見て、彩香はある人物が脳裏をよぎった。


「神永智希――」


 この大学に居る唯一のイレギュラー。

彩香の中で、智希に容疑がかかるまでそう長い時間はかからなかった。


「あいつが原因かああああああっ!」


 咆哮を上げて辺りを見渡し智希の姿を探す様は、まるで野を駆ける野獣のようであった。

あまり人に見せられるような姿ではない。

しかし今は周りの学生たちがそれどころではないため、ノーカウントと言う認識である。

 彩香には智希が犯人であると言う確証は銀行強盗の時の怪奇現象同様になかったが、直感だけで言いきった。

 と、


 シン――……


 辺りが突如、静寂に包まれる。

今の今まで苦しみもがいていた学生たちが動きを止め、皆一様にゆっくりと緩慢な動作で立ち上がる。

誰一人として、口を開かずに――。


「もーなによ、次から次へとぉ……」


 彩香は弱々しく、呟く。

昨日から怪奇現象のオンパレード。

全ては智希のせいだ、とでも思っていなければやっていられなかった。

 そんな様子の彩香に関わらず、事態は進んでいく。

 辺りに居る数百人と言う数の学生が、ゆっくりと動き始めた。

どこへいくのだろう――そう他人事に思っていた彩香の背筋は、次の瞬間凍りついた。


「――ええぇ!?」


 皆が全て、彩香に向かって歩を進めていたのだ。

その足取りは遅々として、まるでゾンビ映画でも見ているかのようであった。

 その手の映画を見た彩香は、以前に『さっさと逃げれば良いのに。ゾンビの足は遅いんだし』と思っていたのだが、いざ自分がとなってみると、足が――まるで他人の足かと思うくらいに動かなかった。

 その原因は――恐怖。

圧倒的な異常と人間の数を前にして、動けないのだ。

普段の勇ましく、猪突猛進な彩香の姿はそこにはない。

ただの可憐な少女が、襲われるのを震えながらに待っている――映画であれば映える光景だっただろうが。

 彩香がふと後ろを振り向くと、学食からも同じように人が流れ出ていた。

辺り一面、正常さを失った学生で溢れている。

 彩香を中心に円計上に囲まれ、いつの間にか逃げ場を失っていた。


「う、嘘でしょ……?」


 距離は約二十メートル。

幾ら相手の足が遅いとはいえ、一分もしないうちに辿りついてしまうだろう。

逃げることはできない。

だからと言って、神風特攻隊のごとく突っ込んで言っても、この数百人と言う人数を前にしては無謀だろう。

 自慢と言う程のものではないが、得意の武道でどうにか出来るレベルではない。

じりじりと、緩慢な動きで迫られる。

 その時、彩香の脳裏をよぎったのは――またしても、智希だった。

どーも、よねたにです。

とりあえずまだ、書き溜め分を投稿できてます。

……いつ書き溜めが底を尽きるかはらはらです(笑)

あとジャンルについてなのですが、コメディーとしたもののよくよく読んでみると、これはもうファンタジーの成分の方が多くないか?と思うようになったので、ファンタジーに切り替えたいと思います。

ファンタジー6:コメディー4くらいで書いていきたいなぁ……。

ふわふわした小説ですみません……。


では、また。

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