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第二話 翌日の再会

 視線視線視線視線視線――。

前後左右、もしかしたら上下からも、と思ってしまう程の視線の量である。

その視線の一身に受けているのは何を隠そう――御子柴彩香である。

 現在、彩香は大学で心理学の講義を受けていた。

大学の教室の中でも広い部類に入るこの教室にはおよそ三百と言う学生が席に着き、教授の話を熱心に聞いている。

いや、いるはずだった。

 全ての原因は昨日の銀行強盗事件である。


『あの人昨日の――』


『銀行強盗の――』


『一本背負い――』


『男らしい――』


 そんな囁き声までされる始末。

彩香はある種の有名人と化していた。


(あああああぁもう嫌っ耐えられない!)


 彩香の我慢は臨界点を突破した。

 勢い良く席を立つと手早く荷物を纏めて教室を飛び出す。

もちろんそんな彩香の一挙手一投足にも視線は集まるが、そんなものに構っていられる余裕は既になかった。


「彩香!?ちょ、待ってよ!」


 隣に座って講義を受けていた彩香の高校時代からの親友――三上麻里は、慌てて彩香の背中を追いかける。

彩香の足は異様に速く、麻里が追いついた時は既に建物の外だった。

辺りは講義中の時間帯と言うこともあり閑散としていた。


「はあ……はあ……ん、ふう……はあ……」


「麻里、なんでそんなにエロい声出してるのよ」


「彩香の足が馬鹿みたいに早いからでしょうがっ――ごほっごほっ」


 息も絶え絶え、呼吸が整う前にツッコミを入れたせいで麻里は咽た。


「誰の足が筋骨隆々だって!?」


「曲解だ!」


 麻里は大きく息を吐いた。

息を整える意味と、嘆息の意味で。


「もう彩香。いきなり出て行くことはないでしょ?」


 そう言って麻里は腰に手を置き、若干眉間に皺を寄せ、『私は少し怒っています』と言う雰囲気を出した。

いや、出そうと頑張った。

しかし彩香から見ると麻里の容姿も相まって寧ろ可愛らしいものに見えた。

 麻里は身長が一五〇センチ程で小さく、髪は明るいブラウンでふわふわとしたミディアムボブ。

顔も幼く見える童顔。

 彩香と二人で歩いていれば、姉妹と間違われることもあった。

 そんな麻里を見て何となく微笑ましい気持ちを抱きながら彩香が言い訳する。


「仕方ないでしょ?あれだけじろじろ見られれば……」


「まあ、ね。けど彩香は前から注目を集めてたでしょ?」


「はあ?どういうことよ、それは」


 麻里の言葉は、彩香にとって一切身に覚えがない事だった。


(この大学に入ってから注目……された?)


 彩香がそう思いながら首をかしげると、麻里は嘆息しながら、


「だって、彩香は美人だからね」


「美人?」


「うん」


「誰が?」


「彩香が」


 麻里はそう言うが、当の彩香にそんな自覚は一切なかった。

が、麻里から見れば彩香は自分にはない、自分の欲しいものを全て持っている羨ましい存在だった。

 彩香の身長は一六〇センチ半ばでスラリとした体躯。

背中まである長く艶のある黒髪に整った目鼻立ち。

麻里とは逆に、非常に大人らしい容姿である。


「そ、そうかなぁ……」


 彩香は少し困惑しながらも、まんざらでもない様子で頬をほんのり赤らめていた。


「それにほら」


「ん?」


「暴力強いし」


「せめて武術とかって言ってくれない?」


 果たしてそれは女としてのプラスポイントなのか。

彩香は疑問に思ったが、麻里的には褒めているつもりらしいので強くは言わなかった。


「ところで、実際どうだったの?」


「何がよ」


「銀行強盗に人質に取られた話に決まってるじゃん!」


「……それ聞く?」


 目を爛々と輝かせた麻里が彩香に迫る。

どうやらこの友人もなんだかんだ言って気にはなっていたらしい。


「まあ……ナイフ突きつけられてたけど明らかに素人だったから怖くはなかったわ」


「何その男勝りな答え」


 彩香の回答に女子力の欠片もなかった。


「でも一つ気になることが……」


「え、なに!?」


 再び目を輝かせる麻里。


「あーいや……何でもない。気にしないで」


「えーなによーそこまで言ったら気になるじゃん」


 麻里にあの不思議な出来事を話すのは、何となく憚られた。

彩香自身、シャッターが突然閉まったり、男が氷漬けになるというファンタジックな現象が、あのひょろっとした若い男によるものだと断定できなかった。

そもそも、もしかしたら見間違いや白昼夢だったという可能性も否定しきることは出来ない。

そして、最大の理由は――麻里に事のことを話すと、何となくではあるが非常に面倒臭い状況になる気がしたからに他ならなかった。


(でも、ねえ……)


 ただ一つ。

間違いを訂正するならば、彩香は武力で強盗を屈服させるようなことは一切していないという事である。

何故か巷の新聞やテレビ番組では、彩香が武術で強盗を撃退したように報じられている。

しかし実際、彩香は何もしていない。

これだけは絶対的な事実である。


「とにかく、何でもないから」


「ふうん。彩香がそこまで言いたくないなら仕方ないけど。……あ、じゃあ彩香のお父さんとお姉さんは何か言ってなかったの?確かお二人とも警察の人だったよね?」


 麻里は諦めて、そう言った。


「あー……」


 彩香の家族は四人家族であり、両親と姉一人。

父親は警察の刑事局長で、姉は警視庁で警部補をしている。

どちらもキャリア組という人種らしいが、彩香はよく分からなかった。

 そして彩香の母親は地元でも有名な大地主の一人娘であり、結婚する際に父親が婿養子となったらしい。

そのため父親は母親に頭が上がらず、喧嘩した際、最終的に父親が土下座する姿は見慣れたものであった。

当初は哀れに思ったものだが、今の彩香にそんな気持ちは欠片もなくなっていた。


「まあ、言われた」


「え、なんて?」


 彩香は昨日の夜のことを思い出す。


「お父さんは『大丈夫か?怪我してないか?安心しろ、俺がありとあらゆる権力を使ってあいつを死刑にしてやるからな!死刑廃止世論なんてクソ喰らえっ!!』って。お姉ちゃんはお姉ちゃんで『妹が有名になって私も鼻が高いわ』って……」


 彩香は瞳の光を失った胡乱な目でそう言った。


「……大変だったってことはなんとなく理解できたから、もういいよ」


 麻里は憐みの表情を彩香に向けた。

高校時代からの付き合いがある麻里は彩香の自宅にも何度かお邪魔したこともあり、彩香の家族の人となりも一応知っていた。

だからこそ、彩香の目が昨日の疲れを思い出して死んでいる理由がよく分かった。


「そうだ!」


 彩香は気持ちを切り替え、腕時計に視線を遣る。

時刻は十一時半を少し過ぎたあたりだった。


「ちょっと早いけど昼食にしない?」


「あ、無理。今日の授業二限までで、この後私デートなの」


「うわー……引くわー……友情よりも男を取るなんて……引くわー」


「引かないでよ戻ってきてよ!」


「……あっそ。ならさっさと行きなさいよ。その代り帰ったら私に面白い話を提供しなさい」


「うー……分かったわよ。じゃあね!」


 そう行って麻里は、キャンパスを走り彩香の元を離れた。

一人になった彩香は、


「……昼食。食べるか」


 学食へ向かうことにした。

と、彩香の目にある人物が目に入ってきた。

それは――


「あれは……銀行に居た昨日の男!?」


(なんでこんなところに?っていうか、うちの学生だったの?)


 様々な憶測や疑問が彩香の脳裏を過る。

それと同時にその男に対する興味が湧いて出てくる。


(……話しかけて……みよう)


 彩香はそう思い、男の背後に回りそっと近づく。

そして男の方にそっと手を置いた。


「あの、」


 『すみません』と声をかけようとした。

その瞬間、


「――っ」


 男は急に振り向き、そのまま左手で彩香の顔面めがけて裏拳を放ってきた。


「え、ちょっ」


 彩香は体勢を後ろに反らし、あわてて回避行動をとる。

頬を掠め、何とかかわすことに成功する。


(何て速さ……)


 彩香は背中に冷や汗をかいた。

そして彩香はいきなり攻撃を仕掛けてきたその男の顔に視線を向けた。


「……誰だ、お前は」


 その男は面倒臭そうにそう言った。

その瞬間、彩香は敬語を使う気が完璧に失せた。


(まあ同じ大学生なんだろうし)


「私は御子柴綾香。この大学の文学部、一年よ。……確かに。確かにね、急に肩に手を置いた私も悪かったと思う。けどね!?いきなり殴ってくることはないと思うんだけど!女の子に向かって!」


「正当防衛だろう。可能性の話をするなら、そっと背後から近寄って黒魔術の類を掛けられる恐れもあった訳だ」


「んな訳あるか!どこの原住民族だ、私は!」


「まあそう怒るな。俺はな、お前を信じていたんだ。きっと避けてくれるだろうと」


「初対面の奴に信じられてるなんて私は何者よ」


「まあ気にするな」


「私が『気にしないで』言う分には問題ないんだろうけどねっ!」


 嫌味を込めて彩香は語尾を強める。


「じゃあそう言うことで」


 しかし男は気にする素振りも見せずにそう言ってその場を立ち去ろうとした。


「ま、待ちなさいよ!」


「……まだ何か用か」


「ええ。その前に名前を教えてくれない?」


「……まあ良いだろう」


(何故上から目線なのよ……)


 そう彩香は思いながらも、男の言葉を待った。


「神永智希だ」


 その男――神永智希はそう名乗った。


「学部は?」


「俺はこの大学の人間じゃないぞ」


「は?え、じゃあなんでここに?」


「今日はちょっとした仕事でここにいるだけだ」


「……ふうん」


 彩香は智希が一体何の仕事をしているのか興味をそそられた。


「で、要件はなんだ?」


「あ、そうだ。神永さん、昨日、強盗事件があった銀行に居たわよね?」


「居な、」


「居たでしょ」


「……ああ」


 有無を言わせないような彩香の言葉の強さに智希は渋々認めた。


「その時、何か呟いていたのを私、聞いたんだけど」


「知らないな」


「『シャッター』『凍結』『原状回復』この三つ。シャッターって言ったらシャッターが閉まった。凍結って言ったら犯人が凍り始めた。原状回復って言ったら――何事も無かったかのように全てが元に戻った。これ、あなたが原因よね?」


 彩香は断定的に言った。

そうでなければ智希に反論の余地を与えることになるからだ。


「神永さん……あなた、一体何者?」


 彩香は最後にずっと心の中にあった疑問を提起した。

しかし智希は、


「そんな不思議なこと、俺は見てないな」


 そう言って口の端を吊り上げ、厭らしい笑みを浮かべた。

そう、智希には勝算があった。


(こいつの言っていることは確かに事実だ。だが、あれは幻象。証拠は何もない)


「そんな、」


「俺をその不思議な現象を起こした犯人にしたければ証拠を持ってくるんだな。話はそれだけか?」


「くっ」


 彩香は唇を噛む。

反論することが出来なかった。


「じゃあな。学生は学生らしく勉強してろ」


 智希は身を翻し、彩香から離れようとする。

と、


「あ、やっと見つけた!智希!」


 彩香の背後からそんな声が聞こえてきた。


(ん?)


 彩香は少し首をかしげる。

その声は女性のもので、何故かとても慣れ親しい声に聞こえる。

そしてそれは、今日もどこかで聞いたことがあったような気さえした。

 振り向いてはいけない。

そう思ったが、人間は好奇心に抗うことが非常に難しい生き物である。

彩香は、首を回して背後を見た。

そこには、


「お、お姉ちゃん!?」


 彩香の実の姉――御子柴優香の姿があった。


「何でこんな所にいるの!?」


「あら、彩香じゃない。何してるのよこんな所で――って、そう言えばここ、彩香の大学だったわね。全然気が付かなかったわ」


 御子柴優香。

彩香の実の姉であり、警視庁の警部補である。

その証拠に、彩香にも劣らない美貌を持っている。

いや、現時点のスペックで比較するならば、優香の勝利と言っても過言ではない。

 確かに彩香もかなりの美人ではあるが、それは未だ発展途上のもの。

しかし優香のそれは既に完成されたものであった。

栗色の長い髪に綺麗な顔立ち、抜群のプロポーション。

今が昼休みならば、男子学生の視線が釘付けになっていただろう。

 そんな優香はきっちりとスーツを着込み髪を上向きに後頭部で止めて、仕事が出来る女と言った様相だった。

彩香が家にいる時とは全く異なる格好である。


「そっちはどうだ?」


 智希がやってきた優香に尋ねる。


「いえ、何も。智希の方は?」


「こいつに捕まって全部確認したわけじゃないが、今のところ何もないな」


 智希は無表情に彩香を見つめ、そう言った。


「何よその目は……っていうかお姉ちゃん、この人と知り合い?」


「ええ」


「ああ」


 優香と智希がそろって肯定する。


「ただまあ仕事上の関係だが」


「仕事って……じゃあこの人も警察官なの!?」


 彩香が驚愕しながら優香に問う。


「いえ、智希は警察官じゃないわ。何て言ったらいいのかしら……警察に協力してもらっているから、外部顧問とでも言えばいいのかしらね」


「外部顧問?」


「今私が関わっている事件が、警察だけだと手におえない事件なのよ。で、それで智希に手伝ってもらって言る訳なの」


「警察にも手におえないのに、この人が……?」


 訝しむ様に彩香は智希を見つめる。


「なんだその目は。失敬な」


「智希はね、その道では超一流なのよ」


「へえ……」


 彩香は改めてじっくりと智希を観察してみる。

年齢は恐らく二十代前半。

身長は一七〇センチ後半。

体重は身長の割に軽そうで、体格はひょろっとしている。

目はなんとなく濁っているようにも見え、表情にもやる気がが感じられない。

顔は悪くないが、その辺りでポイントがマイナスされていた。

しかし、


(さっきの裏拳……一般人じゃないわよね。こう見えても鍛えてるのかも)


 先程の攻撃はとても速く、恐らくとても重い一撃だった。

武術の経験があり、全て好成績を収めている彩香ですらギリギリで回避するのが精いっぱいだった。

優香の言うとおり、何かしらの道で一流なのは間違い無いのかも知れないと彩香は思った。


「おい優香。そろそろ行くぞ」


「ん、そうね。じゃあ彩香、私たち仕事だから」


「あ、うん」


 そう言って智希と優香はどこかへと向かって歩いて行った。

彩香はその後ろ姿を見送る。

しばらくすると、優香が智希の腕に自分の腕をからませた。

智希もなすがまま、されるがまま。

その様子はまるで恋人のようでもあった。


「何やってんのよお姉ちゃんは」


 彩香はそう言って嘆息した。


「あいつもあいつで少しは嫌がりなさいよ」


 彩香の中で、智希に対する遠慮などは既に失われていた。

『神永さん』などと呼ぶ気はもう、なかった。

二人が建物の影を曲がり、見えなくなると、チャイムが鳴った。


「……昼、食べよ」


 彩香は一人、学食へと足を進めた。

この時間ならば、まだ人は少ないはずだ。

どーも、よねたにです。

文字数としては一話五千以上を目安にしてます。

ある程度は読みごたえがあるでしょうかね。

では、また。

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