夜闇
世間の人々が寝静まった深夜。
私は、目が覚める。
ベットから抜け、クローゼットに掛けてあるジャンパーに袖を通し、迷いなく外へ出る。
錆びついた蝶番が甲高い音をたて、ゆっくりと木製のドアが閉まった。
街灯の光や夜空の光を時折見つめながら歩き、これという意味を持たず、夜闇の中へ進んでいく。
たまに私を横切る車は意外にも、昼間より遅かった。
横断歩道の赤信号で立ち止まる私を横切った青年は、歩きスマホをしていた。
タイル張りの急な坂道を下る合間に私は月を探した。
東の方から順に南の方へ、南の方から西の方へと顔を向け、西南西といったとこで見つけた。
今宵の月は更待月。
今日は7日らしい。
坂道を下り終えると、静まり帰った目抜き通りが広がる。
小さな町だ。
こんな時間になれば、いくら大通りとはいえ、明かりがあるのは街灯とコンビニ、あとは自販機ぐらいなものだ。
私は青信号を渡り、少し路地の方へと足を運んだ。
街灯もこれと言った明かりもなく、己の目のみが頼りの中、入り組んだ路地の中を迷いなく進んで行く。
進んでいくと少しだけ、開けた場所に出た。
通りに出た訳ではなく、いろいろな方向から伸びてきた路地たちの終着点なようだ。
そして、真ん中にポツンと、誰も使わないであろう自販機とベンチが設置してある。
私はおもむろにポケットに手を突っ込み、小銭の枚数を数えた。
自販機の前まで行き、小銭を入れようとした矢先、声をかけられた。
「お嬢さん、間違えて買いすぎてしまってねぇ、一本いかがかな?」
少し小さめのキャスケットキャップを被った落ち着いた表情のご老人がベンチに腰かけていた。
「何をくれるの?」
「130円の缶コーヒーじゃよ」
「頂くわ」
「お代の代わりと言っては何じゃが、この生い先短い爺さんの130円分の話し相手になってはくれんかのぉ」
「よろこんでなりましょう」
私はベンチに座った。
「お嬢さんはこんな時間にこんな場所で何をしていたのかな」
「それは私が知りたいぐらいだよ」
「なら、もうやめることじゃな」
「なぜ」
「危ないからじゃよ。もし事件に巻き込まれたらまだ若いお嬢さんではもったいない」
「もったいないかぁ…、妙な言い方をするね。普通の人なら良くないみたいな言い方をするのに」
「儂は、もし過去に戻れるといわれたら、迷わず戻るというじゃろう。なぜなら、儂は過去において大きな過ちを繰り返しすぎた」
「どんな過ちを?」
「過ちに順位を付けるわけではないが、初めに出てくるのは友人を殺めたことじゃなぁ」
「お爺さん、殺人犯なんだ」
「元じゃよ。刑期も終えて、再犯せず、このとうり社会に順応した身じゃ」
「順応させられたの間違いじゃなく」
「ああ…間違いなく、儂の意思で、社会に順応したわい。…ところで、お嬢さんは儂が元殺人犯と知って怖くないのかね?」
「夜闇には誰でもいる。私みたいな一般人、お爺さんのような殺人犯、有名人だって存在する。夜闇に触れるのは、それらと対峙する覚悟がないといけない。だから、私は驚かないし、怖がらない」
「そおかい。儂にとっては嬉しいことじゃ。話相手がおらんくならないからのぉ」
「お爺さん。刑務所はどうだったの」
「どうしてそのようなことを聞くのかね?」
「人生が行き詰まった終着点として、行くのもアリかなぁ~と、前々から考えていたから」
「あんなとこよしなさい。あそこはお嬢さんのような常人が行くような所じゃない。あそこに行くのは人生を悲観する人じゃなく、人生を楽しんでいる人じゃよ」
「人生を楽しんでいる人ねぇ…、私は人生を楽しんでいるよ」
「いいや、お嬢さんのいう楽しむは常人のソレじゃ。儂の言った楽しむはお嬢さんでは一生かかっても理解出来んものじゃし、理解せんほうが良いものじゃ」
「私は、そういう考えも理解したいけどね」
「別に止めろと忠告したわけじゃないぞ。ただ、理解できんから時間の無駄と言いたいだけじゃ」
「お爺さんは理解できたの」
「儂には到底及ばんものじゃった。じゃが、片鱗は意図せず掴んだように昔から感じるんじゃ」
「お爺さんは常人とそうでないは人の見分けがつくんだ」
「そうじゃな」
「じゃあ私はどう見えるの」
「お嬢さんは、まだ常人じゃよ」
「…気付くんだ。私が常人ではない人になりたいことに」
「儂は常人とそうではない人の狭間で長くを生きた。お嬢さんのような人は多くはないがよく見てきたのでな」
私はおもむろにに席を立った。
「もうおしまいの時間かね」
お爺さんが寂しそうに声を漏らした。
「ええ」
「お嬢さんはこれからどうするんじゃ」
「私は夜闇を生きる常人。その常人の願いが叶ういつかまで、私はそれらと対峙する」
「気を付けることじゃな。お嬢さんの知らない人がいるように、お嬢さんの知らない世界がまだあるとこを努々忘れんようにな」
「ええ、もちろん。忘れたことなんて、一度たりともないわ」
私は手を後ろに組んで自身がやって来た路地へと足を運んだ。




