ライスか、パンか【AI作品】
ライスか、パンか。
俺は店に入る前から悩んでいた。洋食店のドアの前。足が動かない。
彼女が先に入り、振り返る。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
嘘だ。ライスかパンか。それが問題だ。人生の分岐点のような気さえする。
「早く来てよ、お腹空いたよ」
彼女は笑う。明るい笑顔。俺も笑う。だが、心は笑っていない。
俺も入る。店内は混んでいる。家族連れ、カップル、学生。みんな、悩まずに食べている。
店員が近づいてくる。
「いらっしゃいませ。お席はこちらになります」
窓際の奥の席。
彼女が座る。俺も座る。テーブルに置かれたメニューを手に取る。
開く。
ハンバーグ定食。そして……。
ライスまたはパン。
お選びください。
「何にする?」
彼女が言う。彼女はもう決めている。早い。いつも早い。
「まだ、決めてない」
「え、いつもハンバーグでしょ?」
「うん、ハンバーグは決まってる」
問題はそこではない。ライスか、パンか。
言えない。言ったら笑われる。大学生にもなって、ライスかパンかで悩んでいる。
視線をメニューに戻す。ライスまたはパン。選べない。
なぜ?
ライス。米、水、炊く、蒸気、ふっくら。粒が立つ、つやつや、もっちり、噛むと甘い、和風。
パン。小麦粉、水、練る、発酵、焼く。ふわふわ、軽い、小麦の香ばしさ、バターの香り、洋風。
どっちがいい?
ライスは夕食のイメージ。炊きたてのご飯、湯気、茶碗、味噌汁、焼き魚、漬物。家族で囲む食卓、温かい、団欒。
パンは朝食のイメージ。トーストとコーヒー、バターとジャム、目玉焼きとベーコン。明るい朝、窓から光、新聞、クラシック音楽、平和な朝。
だが、今は昼だ。ハンバーグ定食。洋風のハンバーグ。デミグラスソース。洋食。ならばパンか。
いや、待て。ハンバーグは肉だ。挽肉。肉には米が合う。日本人の俺には、ライスが合う。白米とハンバーグ。それに、デミグラスソースもご飯に合う。
ライスか、パンか。
哲学科の俺は、選択について学んだ。サルトル。「実存は本質に先立つ」。人間には、あらかじめ決められた本質などない。選択することで、自分を作る。
そして、サルトルは言った。「人間は自由の刑に処されている」。
選ばなければならない。逃げられない。
ライスを選べば、パンは消える。 パンを選べば、ライスは消える。
可能性の消滅。
店員がグラスを二つ置く。俺は手を伸ばす。無意識に。だが、頭の中はまだライスかパンかで迷っている最中だ。
「あ」
俺はグラスを倒してしまった。
「「あ」」
彼女も店員も声を上げる。店員が慌ててナプキンを持ってくる。俺も拭く。だが、もう遅い。股間が濡れている。
最悪だ。
「大丈夫?」
「トイレ、行ってくる」
「うん、じゃあ先に注文しとくね」
彼女が言う。
「あ、ちょっと待って…」
だが、もう言えない。股間が濡れている。恥ずかしい。早くトイレに行かないと。
「すぐ戻る」
俺は立ち上がる。股間を隠すように前かがみになり、トイレに向かう。
* * *
一番奥の個室に入り、鍵をかける。
便座に座る。
ズボンが乾くまで、時間がかかるだろう。
ライスか、パンか。
まだ、決まらない。
個室は静かだ。外の音が遠い。
頭の中は騒がしい。
ライスか、パンか。
俺は便座に座ったまま、ズボンの染みを見る。まだ乾いていない。
なぜ、こぼした?
集中できなかったから。ライスかパンか。それを考えていたから。
選べない。
選ぶことが怖い。
選ぶことは、片方を捨てることだ。ライスを選べば、パンは消える。パンを選べば、ライスは消える。可能性が失われる。もう、戻れない。
もっと深く考えよう。ライスとは何か。パンとは何か。
ライス。
ライスは、日本だ。米。白米。和食。
明治維新。古いものを残しながら、新しくする。天皇を残した。武士は廃止した。だが、武士道は残った。精神は残った。
西洋の技術を導入した。鉄道。電信。工場。
だが、日本は日本のまま。天皇がいる。神道がある。和食がある。米がある。
ライスは、維新だ。
再生。秩序。
いや、待て。
パン。
パンは、西洋だ。フランスだ。
マリー・アントワネット。「パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない」
ルソーの『告白』に出てくる別人の言葉が、いつの間にか彼女のものにされた。歴史的捏造。だが、革命のシンボルとしては機能した。真実ではなく、物語が歴史を作る。
民衆の怒り。飢餓。貧困。格差。
フランス革命。バスティーユ襲撃。民衆が立ち上がる。王政を倒す。
ギロチン。断頭台。
革命。古い秩序を壊す。破壊。新しい秩序を作る。共和制。自由、平等、友愛。だが、血が流れる。
パンは、革命だ。
破壊。自由。
キルケゴール。『死に至る病』。絶望。
「自分自身であることを欲しないこと」。あるいは、「自分自身であることを欲すること」。どちらも絶望。
俺は、どちらだ?
ライスを選びたいのか? パンを選びたいのか? それとも、選びたくないのか?
わからない。
俺は便座に座ったまま、天井を見上げる。白い天井。蛍光灯。何も答えはない。神はいない。
ライスか、パンか。
自分で決めるしかない。
ライスか、パンか。
維新か、革命か。
維新は、再生だ。古いものを残す。天皇を残した。形式を残した。だが、変えた。近代化した。
革命は、破壊だ。すべてを壊す。ゼロから作り直す。フランスは、王を殺した。貴族を殺した。血で血を洗った。だが、自由を手に入れた。
ライスは、秩序だ。
パンは、自由だ。
秩序か、自由か。
秩序を選べば、安定する。ルールがある。従えばいい。楽だ、だが窮屈だ。我慢がある。
自由を選べば、何でもできる。制約がない。だが孤独だ。自分で決めなければならない。責任がある。重い。
ライスか、パンか。
俺は、どちらを選ぶ?
ライス。維新。再生。秩序。安定。我慢。
パン。革命。破壊。自由。孤独。責任。
どちらが、俺だ?
俺は、哲学科の学生だ。考え、疑う。既存の価値観を問い直す批判的思考。それは革命に近い。思想の革命。ならば、パンか。
いや, 待て。
俺は、日本人だ。米を食べて育った。祖父母の田んぼ。夏休み。稲刈りの手伝い。新米。母が炊いたご飯。朝食。夕食。毎日。
それが、俺の根っこだ。俺の土台だ。アイデンティティ。変えられない。ならば、ライスか。
ライスか、パンか。
維新か、革命か。
再生か、破壊か。
秩序か、自由か。
俺は、どちらを選ぶ?
ライスを選べば、俺は維新家だ。既存の秩序を活かす。少しずつ変える。調和を保つ。だが、窮屈だ。我慢が多い。
パンを選べば、俺は革命家だ。既存の秩序を壊す。新しい価値を作る。自由に生きる。だが、孤独だ。責任が重い。
どちらが、俺だ?
どちらが、俺の本質だ?
いや、待て。実存は本質に先立つ。本質などない。選択が本質を作る。
ならば、今、選べ。
……ライスだ。
俺は、ライスを選ぶ。
なぜか。
わからない。だが決めた。ライス。維新。再生。秩序。
理由はない。いやある。俺は日本人だ。米を食べて育った。それが理由だ。
俺は、革命家ではない。すべてを壊す勇気はない。既存のものを活かしながら、少しずつ変えていく。それが俺に合っている。
ライスだ。
決めた。もう迷わない。
俺は立ち上がる。ズボンは、まだ少し湿っている。だが、もういい。彼女が待っている。
手を洗う。石鹸。泡。水。鏡を見る。顔色が悪い。
水で顔を洗う。冷たい。目が覚める。
ライスだ。
もう、迷わない。
* * *
店内に戻る。音が大きくなる。人の声。笑い声。食器の音。
彼女が待っている。
席が見える。窓際。彼女の背中。スマホを見ている。
もう決めたのか。彼女の性格なら、もう注文しているかもしれない。まさか俺の分も。
不安になる。
もし、彼女がパンを頼んでいたら?
だが、俺はもう決めた。ライスだ。店員に言って変更してもらおう。
席に向かう。一歩。
時間が遅くなる。
二歩。
さらに遅くなる。
三歩。
この一歩が、永遠に続く。
ライスか、パンか。維新か、革命か。再生か、破壊か。秩序か、自由か。
すべてが、この一歩に詰まっている。
すべてが、この選択にかかっている。
いや、違う。何もかかっていない。ただの昼食だ。
だが、それだけではない。俺にとっては。
四歩。五歩。六歩。
彼女の横を通る。テーブルの角を曲がる。
席に着く。
彼女が笑顔で微笑んでいる。
「遅かったね」
「ごめん」
「大丈夫?ズボン」
「うん、まあ」
テーブルを見る。
料理が来ている。
もう来ていたのか。
彼女の前に、皿がある。
ハンバーグ定食。デミグラスソース。目玉焼き。サラダ。
そして、パン。
丸い小さなパンが、二つ。
俺の前にも、皿がある。
同じハンバーグ定食。
そして、パン。
二つとも、パン。
「あなたの分も頼んでおいたよ」
彼女が笑顔で言う。
「パン。あなた、いつもパンだから」
いつも?
いや、そんなことはない。俺はライスも食べる。いや、むしろライスが多い。日本人だから。家では毎日ご飯だ。
だが、彼女は、俺がパン派だと思っている。
なぜ?
過去を思い出す。デート。洋食店。カフェ。レストラン。
俺は何を食べたきた?
パン。
サンドイッチ。トースト。パスタ。ピザ。
そういえば、彼女といるときは洋食が多い。
彼女が洋食が好きだから。イタリアン、フレンチ、カフェ、おしゃれな店。
俺が合わせていた。気づかないうちに、無意識に。「何食べたい?」「何でもいいよ」。彼女の好みに合わせる、いつも。
彼女は、俺をパン派だと思っている。だが間違っている。俺のせいだ。俺が合わせたから。俺が自分の意思を示さなかったから。
俺はライスを選んだ。
トイレで、個室で、悩んで考えて。フランス革命と明治維新。ライスとパン。維新と革命。秩序と自由。
そして決断した。
ライス。維新。再生。秩序。日本。
だが、パンが目の前にある。
革命。破壊。自由。フランス。
パンを選べばされた。
いや違う。
彼女が選んだ。俺の代わりに。善意で。俺の意思を無視して。いや、無視ではない。彼女は知らなかった。俺がライスを選んだことを。俺が悩んでいたことを。
彼女は、善意で選んだ。俺のために。「あなた、いつもパンだから」
だが、俺の意思ではない。
革命だ。
俺の秩序が壊された。俺の選択が奪われた。俺の決断が無効になった。
革命。
外部からの力。予期しない変化。不可逆。戻れない。
革命。
俺の維新は、失敗した。
「革命か」
俺は呟いた。
彼女が目を丸くした。
「はぁ?」
パンが目の前にある。
食べられるだけマシか…。
(完)




