第五十八話、アリゾム山山頂の戦い
アリゾム山
少し焦げた匂いがする。
アリゾム山、山頂付近にダナトリル率いる国軍千と領軍二百はたどりついた。
山頂の砦は、背後に崖があり、正面は斜面になっている。その斜面に山の地形を生かした空堀がいくつもあり、斜面の右側には、崖に沿った蛇行した細い道があった。かつてはその道の先に砦の入口があった。
「これは、攻めにくそうだね」
ダナトリルは太陽の光に手をかざしながら言った。
「ええ、ですが、燃やし尽くされていますから、守りは薄そうです」
砦を去る際に、アリゾム山山岳部隊は建物から防御柵まで燃やし破壊した。
「そうだな、相手の人数も少ないようだし、何とかなりそうだね」
兵を少し休ませてから、兵を進ませた。
領軍二百が先行した。させられたと言ってもいい。
領軍の指揮官であるスプデイルは、釈然としない気持ちを抱えながらも、そもそも我が領の問題であるわけだからと、指揮を取った。
左手の段々畑のようになっている空堀に歩兵を百五十人ほど送り込み、右手の細い道には、五十人程送りこんだ。
本来なら空堀をのぼったところに木の柵があったが、それらは、すべてアリゾム山山岳部隊が念入りに焼き壊している。ドワーフが少し再建しているが、一部分だけである。
領軍の兵が空堀を乗り越え、斜面を登っている。
兵の質は悪い。装備も足並みもそろっておらず、士気も低かった。最低限兜をかぶっていが、鎧をつけているものは少なく、鎖帷子を着ているものもそれなりにいたが、厚手の上着を着ているだけのものも多かった。それでも数を頼りに、兵は空堀を乗り越え、斜面を登る。頂上付近になると斜面の幅は狭くなっていく。弓矢での攻撃は、ドワーフ相手ではあまり意味がないと、スプデイルは学んでいた。
三十ほどのドワーフが斜面の上で待ち構えている。
斜面を登り切った人間を、ドワーフは十分に引きつけ、横一列に迎えうつ。
ぶつかる。
人間の兵の槍を、兜で受け、そのまま前へ、懐深く潜り込み、斧を振る。柔らかい腹の中に入り込む。鎧や鎖帷子をつけている兵がいても、それごと掻っ捌いた。人間の兵は臓物をこぼしながら横に倒れ込む。絡みついた鎖帷子と臓物を引きちぎり、次の獲物を迎え撃つ。人の悲鳴が響く。
人間の兵の足が止まる。
ドワーフは、横一列のまま、ゆっくりと前へ進む。
恐怖に、斜面を登った兵が後ろにさがる。
ドワーフは前へ。
逃げようと、人間の兵が背を向ける。斜面を登ってきている兵とぶつかる。
ドワーフは前へ。
人間の兵の背中に斧をたたき込む。血しぶきと肉片が斜面を落ちていく。
崩れる。
人間の兵は、武器を捨て、逃げようと飛び上がり斜面を転がり落ちる。兵が重なりあう、もつれあう。それに斧をたたき込む。命乞いをする人間の兵を兜ごとたたき切る。斜面の棚に人間の死体が転がる。
ドワーフは止まる。
逃げる人間の兵を追い、斜面を駆け下りようとするドワーフがいたが、ドワーフの指揮官が止めた。一度下りてしまうとドワーフの足では戻るのに時間がかかる。
人間の兵は後ろに下がった。
「くっ、弓矢隊前へ」
あまり意味がないと思いつつも、スプデイルは弓矢隊を出した。兵が怯えて前に進まなかったからだ。
ドワーフは下がり、矢盾の後ろに隠れた。
矢が放たれる。
ドワーフもクロスボウを手に応戦する。斜面の上からは見通しもよく、人間の兵は次々と倒れた。
右側の斜面に掘られた細い道にも、人間の兵五十が進軍していた。
狭い道で一度に五人ほどしか通れない。上から丸見えなため、人間の兵は、盾を頭に抱え移動したが、特に何も飛んでこなかった。
その道の先に、一人のドワーフが鉄棒片手に立っていた。
肩まで伸ばした灰色の髪、憂鬱そうな顔をしている。カプタルである。
「あれはやべぇなぁ」
ゴプリはカプタルを見ながら呟いた。
「あのドワーフですか」
プレドはいった。プレドは元はサロベル湖の漁師で、兵士になった男だ。ゴプリはプレドが戦場であった老人で、槍の師と仰いでいる。二人は領軍のスプデイルの元にいる。
「ああ、やべぇ、手を出しちゃあいけねぇやつだ」
細い上り坂の道を、鎧兜も着ていない一人のドワーフが鉄棒を持って立っているのが見えた。
「でも、一人ですよ。道幅も狭いですし、避けようもないですよ」
五人程度の横幅しかない。左は急な斜面で、右の方は崖で落ちれば、まぁ死ぬだろうという高さである。前に進めば、いずれは当たる。
「そうなんだよな、覚悟決めてやるしかないか」
ゴプリは槍を持った手に唾を付けた。
「期待できそうにねぇなぁ」
カプタルは子供の頃から戦場にいた。孤児だったのだろう。親の顔も、氏素性もわからなかった。傭兵団の中で養われ、矢を拾い武器を拾い、戦場で働いていた。
少し大きくなり、武器を使えるようになると、前線にかり出された。大人用の兜をかぶり、槍を握りしめた。ドワーフの少年であるカプタルには周りを、傭兵に囲まれ何も見えなかった。血と汗と金属、ぎゅうぎゅうに詰められながら進んだ。無数の金属音が、近づいてきた。前が見えるようになった。敵がいた。たぶん敵だったと思う。カプタルは、槍を握りしめ目をつむった。「いてぇ」という声が聞こえた。カプタルが握りしめていた槍の穂先が、たまたま、目の前にいた敵の腹に刺さっていた。
「押し込め!」
誰かの声が聞こえたので、槍を押し込んだ。腹を刺された兵士は、くの字に曲がり、叫び声を上げた。カプタルの兜に何かが当たった。腹を刺された兵士が、苦し紛れに剣を振るっていた。それが、カプタルの兜に当たっていた。恐怖と怒りを感じた。
早く、くたばりやがれと、槍を突き振り回した。
少年とは言えドワーフの力である。槍がしなり、腹を刺された兵は腹をかき回されどこかへ転がっていった。
それからずっと戦場にいた。
歳は二百をいくつかこえている。戦が好きというわけではない。ただそれしか知らないだけだ。いずれどこかの戦場でくたばるだろうと生きてきたが、その時はなかなか訪れなかった。あまりに死なないので、五十年ほど前から、鎧兜を着けるのをやめたが、それでも一向に死は訪れなかった。
人間の兵が槍をこちらに向けて、じりじりと近づいてきた。
「ちょうどいい道幅だ」
人が五人ほど並べば、いっぱいになるような道幅である。カプタルは鉄の棒を手に歩いた。
武器はいろいろ使っているが、最近は中を空洞にした鉄の棒を使っていた。これで思いっきり殴りつけるか突く。頑丈で、切れ味も刃筋も気にする必要性が無いところが気に入っている。
数人の人間の兵が槍で突いてきた。それを鉄の棒で何度か払う。
前に踏み込み、目の前の兵の喉を鉄の棒で突く。柔らかくめり込む。引き抜き、左にいる別の兵に向けて鉄の棒を振る。頭に当たる。心地よい音がする。兜ごと頭蓋骨がへこんだ。
敵兵の隊列の中に潜り込む。鉄の棒を突き上げる。あごに刺さり、歯がこぼれ落ちてくる。膝に打ち込み腹を突く。手当たり次第殴りつける。倒れた相手を踏み抜く。混乱が広がるが狭い一本道、対処もできず、人間の兵は、鎧兜すら着けていない一人のドワーフに翻弄されていた。
「ああ、兵が死んでいく」
ダナトリルは悲しげな顔をした。
「戦争です。致し方ありません」
モーバブは厳しい顔で答えた。
「わかっている。だが、この戦争はもう終わっているのだ。今やっていることは、戦争の終わり方を決めるための戦争なのだ」
「先程来た伝令によると、森の火が消えたそうで、まだどうなるかわかりませんよ」
「それもそうだな」
ダナトリルは少し困った顔をした。
「山の中でうろうろしていたら、ドワーフに襲撃を受ける恐れがあります。それなら、ここを奪い、守りを固め立てこもった方が、安全なのではないでしょうか」
「それもそうだな。よし、どんどんいけ!」
ダナトリルは檄を飛ばした。
ドワーフのカプタルの前には、人間の死体が複数転がっていた。ただでさえ狭い道がさらに狭くなり、人間の兵は前に進めなくなっていた。
鎧を着ていないなら弓矢で、と矢を射かけるが、鉄の棒で簡単に弾き落とされた。矢の量が多い場合は、後ろに下がって、蛇行した道の陰に隠れ、領軍の兵が近づいてきたら、現れて、鉄の棒を振るった。
近づくと殺され、離れて矢を放っても隠れられる。一人のドワーフに領軍の兵は前に進めなくなっていた。ゴプリとプレドも極力前に出ないよう気をつけていた。
カプタルは、端においてあった徳利の栓を抜き水を飲んだ。それから竹の皮に包んだ干し芋を取り出し食った。歯につくのか時々口の中で舌を動かしていた。
休憩、いや、バカにされている。と思いつつも、人間の兵は前に進めなかった。
「なんだか動きが止まっているようだねぇ」
ダナトリルが目を細めながら言った。
「ええ、どうにも、守りが堅くて、左手は空堀に斜面、右手は細い道となっておりまして、前に進めなくなってしまっているようです」
「左はわかるけど、右はなぜだめなんだい。細いけど、道なんでしょ。いけるんじゃないの」
「それが、右の道には強いドワーフが一人いるらしく、それにやられてしまって前に進めないようです」
「ふうん、しかしねぇ、いくら強いからって一人ぐらいだったらなんとかなりそうなものじゃない」
「全くそのとおりです。しかし必死に抵抗するドワーフ相手に、前へ進む勢いは衰えてしまうものです。いずれはドワーフの体力がつき、終りを迎えるでしょう」
「そうだね。それだったら、そんなに、無理をする必要性はないかな。暗くなってきたし、今日のところは、お開きにしようか。皆疲れたでしょう」
「かしこまりました」
兵を下げた。




