第五十六話、言葉の争い
アリゾム山
ダナトリルはデノタスとの会談の要請を無視して、兵を進めた。ダナトリルにとって、アリゾム山山岳部隊は、味方とは言いがたい存在だった。
「山岳部隊にあわなくて、いいのですか、情報だけもらって、利用するというやり方もありますが」
「いいのだ。会えば逆に動きにくくなる」
会って、こちらのもくろみを悟られる恐れがあった。それならば、最初から、勝手に動いた方がいいと判断した。
「では、いかがいたしますか」
「まずは拠点作りだ。アリゾム山山岳部隊が燃やした建物があっただろう。そこを目指そう」
「頂上の砦ですね。そこは、ドワーフが五十人ほど集まっているようです」
「そうか、五十人か。どうするか。山の中だと戦いにくいしな。無理に戦う必要性もないし、別のところに拠点でも作ろうかな」
「しかし、我々は土地勘がありません。別のところと言っても、どこに作ればいいのかわかりません」
「それも、そうだな、ドワーフとはいえ、五十人程度なら、何とかなるだろう。こっちは千人いるんだし、あと領軍の二百もいるしな、ああ、彼らにやらせるか」
「では、そのように」
領軍二百を先頭に、山頂の廃棄された砦を目指した。
ドワーフ
森に流された水が引いた後、ガロムは自ら先発隊を率い、ドルフの下へ援軍を送る道を探していた。元々あった道は泥と押し流された樹木に埋もれ、どこかにあるのかわからない状態だった。場所によっては膝まで泥に埋まり、身動きが取れなくなる。火はまだ消えておらず、くすぶっているようなところもあった。
「こいつは大変だぞ」
ガロムは顔についた泥をぬぐった。
バリイ領
領主の館では、イグリットとケフナとソロンが会っていた。
「それで、私に何のようですか」
エルフのソロンがいった。
「実は、ドルフ王に和平案を出したのですが、蹴られてしまいましてね。貴方様が、ドルフ王と知り合いと、お聞きしアドバイスをいただきたいのです」
ケフナが言った。
「和平案ですか。どのようなものを出したのです」
「ドワーフには、賠償金の代わりにアリゾム山での労働を提示しました」
「それはのまないでしょう。ドワーフは強制されることを嫌います。存外プライドの高い種族です。強制するぐらいなら泣き落としした方がまだましです」
「なるほど」
「戦況はどうなっているのですか」
「あまりよくありません」
領主のイグリットがいった。
「国軍が参加して、人間側が有利になったと聞いていますが」
「今のところ有利は有利なのですが、ギリム山の森の火が、一部消えてしまいまして、ドワーフの援軍が通れるようになってしまいそうなのです」
「ほう、それは、厳しい状況ですな」
ソロンは冷ややかな目をした。森を焼いたことを良くは思ってはいない。
「状況が悪くなったので、こちらの要求を下げざるを得なくなったというところですよ」
イグリットは投げやりな雰囲気を出していた。
「援軍が来てしまえば、戦況は厳しくなり、争いは長引くことになるでしょう。人とドワーフ、お互いにとって何のメリットもありません。その前に落としどころを見つけなければなりません」
ケフナが言った。
「見つけられますかね」
「見つけなければ、我々はかなりまずいことになります」
「いっそ、アリゾム山をドワーフにくれてやったらどうです」
イグリットは言った。
「ドワーフにですか」
ケフナは眉を少し動かした。
「ええ、その上で、バリイ領とドワーフで鉱山の共同開発を行えばいい」
「ほう、バリイ領とドワーフで、ですか」
国はそこには入っていない。
「もちろん、ドワーフに対する恨みはありますよ。奴らが来なければこんなことにはならなかった。ですが、今の状況、ドワーフ相手に戦ができる状況ですか? いずれ二万のドワーフが押し寄せてきます。勝てますか? 勝てんでしょう。なら、戦で攻め滅ばされる前に、鉱山の利権に食い込んだ方がいい」
「まだ負けたわけではない」
「そうやって、戦をずるずる長引かせ、何のメリットがあるというのです。兵が死に国が疲弊し、あげくの果てに鉱山をドワーフに取られる。ハッ、勝手にしてください」
「なるほど、では、バリイ領だけで、和平交渉をなさるのですな。二万のドワーフに囲まれながらドワーフと共同で鉱山開発など虫のいい話を彼らが聞いていくれるのか楽しみです」
「それは」
難しい。バリイ領の兵は三千程度しかいない。兵力の差は交渉力の差に繋がる。国軍にはまだ兵を出す余力があるが、バリイ領にはあまりない。二万のドワーフがいれば、バリイ領を攻め滅ぼせるのだ。
「我々は協力し合い、戦いながら和平交渉を行わねばなりません。でなければ和平交渉はまとまりませんよ」
ケフナはいった。
「あなた方は、ドワーフを使って、うまい汁を吸おうとしているだけではないですか。我々を素通りしてね」
「だが、実際のところあなた方は国の支援抜きに何ができるというのです。ドワーフを相手にバリイ領だけで対応できるのですか」
「あなた方だって、対応し切れていないではないですが、勝手に人の領地の森を燃やしたくせに、援軍を防げてないじゃないですか。二万のドワーフが来たらどうするのです。国はさらに援軍を出してくれるんですか。出せるんですか」
「ですから、その前に、和平交渉をまとめなければならないんでしょう」
「蹴られたじゃないですか」
「それは、少し内容が厳しかったからですよ」
「そもそも、ドワーフが、和平に応じる気があるのかどうかわからないでしょう」
「交渉には応じている。奴らの目的は戦争ではない。アリゾム山ですよ。自らの生活圏の確保が目的です。ただ鉱山を手に入れればすむ話ではない。それを流通させ金を稼がねばならない。そのためには、ドワーフだけではだめなのですよ。戦争を続けて損をするのはドワーフも同じです」
「ならば、その流通の部分をバリイ領が行えばいい。ドワーフが掘った鉱物をバリイ領が流通させればいい」
「バリイ領を通さなくてもいいのですよ」
「なんだと」
イグリットは顔を赤らめた。
「それで、和平案の内容を見せてもらえませんかな」
ソロンは口を挟んだ。
ケフナは少し躊躇したが、ドワーフの王の知り合いであるエルフを引きずり込んだ方がいいと考え、和平案の内容を見せた。
「拝見します」
しばし読んだ。
「この和解案では、ドワーフを奴隷にするようなものです。これではうまくいきませんよ。ドワーフは見下されるのを好みません。エルフとドワーフの仲が悪いと言われているのはその辺が原因です。エルフは他種族を見下す傾向がありますから」
「ではどのようにすれば」
「平等に扱うべきです。人より長く生きるドワーフにとって、金はそれほど重要な意味を持ちません。人の監視の下、働かせるより、共に働き、その中から、金銭的補償を求めた方がいいでしょう」
「しかしそれでは」
ケフナの顔が曇った。国の目的は、ドワーフに鉱物を掘らせ、その鉱物を売りさばくことだ。それは様々な物を産む。権限に権力に人脈、それからカネ。それを国が握りたいのだ。
「ドワーフは人の命令など聞きません。人の管理下ではドワーフは生きていけません。死んだ方がましと、すぐに反乱を起こすでしょう。ドルフ王でさえ、ドワーフ全体をコントロールできているとは言いがたい。己の尊厳のためなら、彼らは死ぬまで戦い続けますよ」
つくづく頑固なんです。ソロンは付け加えた。
「それでは、ドワーフにアリゾム山を渡せと、戦争を仕掛けてきたのは奴らなのですよ。奴らの望むままに与えよと、我らのメンツは丸つぶれですよ」
ケフナが言った。
「メンツがどうのこうの言えるほど、あなた方は戦ってはいないではないですか。せいぜい森を燃やしたぐらいでしょ」
「またそれを、援軍を止めるためですよ」
「すぐに破られてしまったでしょうに」
イグリットはあざ笑った。
「他にどのような方法があったというのだ」
「ありませんでしたよ。ありませんでしたよ」
「なら、仕方がないではないか」
「わかっていますよ。でも、それもすべておじゃんでしょ。水に流され、おじゃんでしょ」
「まだわからん。援軍が来る前に、六千の兵でドルフ王を討てば、よいではないか」
「そんな簡単に討てるのなら誰も苦労しませんよ。そもそもドワーフの王を討てば余計に怒りを買うだけですよ。それこそ泥沼の戦争だ。和平交渉などできないでしょう」
「幽閉された王の長男がいるではないか。そいつとすればいい」
「幽閉されているような奴にドワーフがついていくと思いますか。ドルフ王を討てば、かたきを討てという声が大きくなります。戦えと言っている奴に皆ついていくのです。戦うな、などと言っている奴には誰もついていきませんよ」
「ならどうすればいいのだ」
「わかりませんね」
イグリットは投げやりに答えた。
「考えがないなら、国に従えばいい」
ケフナは吐き捨てるように言った。
ソロンは冷めた目で、二人の罵り合いを見ていたが、馬鹿にはしていなかった。こうやって罵り合いながらも、彼らはお互いの腹の中を探り、自己の利益を増やそうとしている。人間は争いながら物事を前に進めていこうとする。それに比べ、エルフは無関心だ。無関心なまま何もしない。何もしなければ今の状況を維持できると考えている者もいる。それと比べれば人間は、馬鹿にはできない。
「国に従って何の得になる。火事場泥棒そのものではないか」
争いは続いた。




