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第五十二話、雨


 フエネ平原南、牧場跡


 牧場跡を占拠したドワーフは、北側と西側の石垣を崩し、その崩した石で守りを固めていた。

「使者はなんと言っていた」

 国からの使者が来ていたが、ドルフは会わなかった。代わりに側近のムコソルが会った。

「アリゾム山の利権に食いついたようです。和平の条件を提示してきました」

 ムコソルは使者が持ってきた書簡を渡した。

「ずいぶん厳しいな、まるで降伏勧告のようでは無いか」

 ドルフは眉をしかめた。

「交渉の余地はあるでしょうが、現状ではあまり高望みはできますまい」

「奴らは何もわかっていない。ドワーフの寿命は長い。多少のことは我慢するが、隷属は無理だ。ドワーフの反乱など起こったら、わしとて手は付けられん」

「でしょうね」

「人に対して多少の後ろめたさはある、賠償金を払えと言われれば、納得はする。だが人間の監視の下で働くのは無理だ」

 ドワーフは仕事を好むが、命令は好まない。人間の奴隷になるぐらいなら戦って死ぬと実行するだろう。

「ただ、今の状況では、あまりいい条件で和解はできませんよ」

「わかっておる。やはり、森を焼かれたのは痛い。二万のドワーフという脅しが使えん」

「逆に人間側は援軍を送り込んできました。強気になるというものです」

「頼りは、北から遠回りしているハイゼイツか。足止めをくらっているようだが、あいつがダレムと合流してくれれば戦況をひっくり返せるのだが」

「難しいでしょう。オラム砦の兵が国軍と合流して、迎え撃とうとしています。その上、国軍が、フエネ平原北のダレム殿の陣に向かっています」

「持たぬか」

「それは、なんとも」

 言葉を濁した。ダレムはドルフの息子である。

「なにかないのか」

 ドルフはこめかみを揉んだ。




「やっと抜けた」

 ハイゼイツ率いる援軍のドワーフは疲労困憊していた。狭い山道に罠を仕掛けられ、数々の妨害を仕掛けられた。いくつかの荷車は焼け焦げ、荷車を引いていた馬も何頭かやられた。油をまかれ火矢を射かけられた。馬が足りなくなった荷車はドワーフが引いた。罠を仕掛けてきた人間の兵の姿は最後まで見ることはできなかった。

 ぽつりと、兜が濡れた。

「雨か」

 分厚い雲が見えた。雨粒がドワーフの兵の鎧兜の煤や汚れを落とす。

「森の火事が、少しは収まってくれればいいが」

 ハイゼイツは雨でさらに重くなった体を前に進めた。

 夕暮れ、雨に視界を奪われながら、しばらく進むと、柵といくつか旗が見えた。

 国軍の旗とバリイ領軍の旗が雨に濡れて垂れ下がっていた。




 夕方から降り始めた雨は、夜になっても降り続いていた。

「この程度の雨では、火は消えないよな」

 東の燃える森を見ながら、モディオルは不安げにつぶやいた。

 雨に火勢が少し落ち着いたが、暗闇の中、オレンジ色の光と煙が森一帯で吹き出ていた。




 フエネ平原北


「雨か」

 ダレムは雨の音で目が覚めた。営舎で倒れ込むように眠っていた。

 外側の防壁はすでに無いようなもので、土を掘り積み上げた防壁があるだけだった。

 兵の数はさらに減り、まともに動ける兵は五十程度だった。

「国軍と領主軍がハイゼイツの援軍を止めたようだ」

 メロシカムが言った。

「そうか」

「どうする」

「敵は」

「動きは無い。暗闇と雨、動けないだろう」

「そうだな」

「チャンスでもある」

「そうだな」

 ダレムはドロワーフとトンペコを呼んだ。




「ここから逃げてもらう」

 小屋の中に、穴があった。ドワーフが一人出入りできる程度の小さな穴だ。一年ほど前から、資材と食糧を備蓄しながら、少数のドワーフで、丘に穴を掘り続けていた。

「どこに出ているんですか」

「陣の外の北東の斜面に出る」

 出入り口周辺は少し窪地になっている。

「全員ですか」

 トンペコは聞いた。この場には、メロシカムとドロワーフもいる。夜、外は雨が降っている。

「いや、私と動かせない重傷者は残る」

 ダレムはいった。

「どうするんですか」

 トンペコはダレムを見つめた。

「降伏する」

「降伏、本当ですか」

 降伏という言葉に、トンペコは動揺した。

「ああ」

「兵を逃がして降伏する。人間が認めてくれますか」

「わからないが、他に道はない。それとも、残っているドワーフ全員で降伏するか」

「それは」

 意味がない。逃げられるなら、逃げた方がいい。人間に降伏すれば、ただ捕まるか、ただ殺されるか、どちらかなのだ。ドワーフにとって得することは何もない。

「夜の内に、けが人を連れて、北へ逃げろ。北にハイゼイツが来ている。そちらと合流しろ」

「わかりました」

「メロシカム、ドロワーフ、二人とも頼んだぞ」

「ああ、わかった」

 メロシカムは答えたが、ドロワーフは返事をしなかった。



「うん?」

 血の臭いがしたような気がした。

 夜、雨の中、リザードマンのピラノイは見回りをしていた。直接戦闘に参加しない若手のリザードマンの仕事である。

 水中の魚を主食にしているリザードマンは、水の中の匂いをかぎ分ける能力を持っている。

 地面に四つん這いになり、鼻を地面の水たまりに近づけた。

 やはり、血の臭いがした。おかしなことではない。ここは戦場だ。雨に流れて、血の臭いがするのはおかしなことではない。だが、少し。

「薬草の匂いがする」

 傷口の消毒などに使われる薬草の匂いがした。

 薬草の匂いがしてもおかしくはないのだが、ピラノイは少し気になり、他の見張りのものに声を掛け、調べに行くことにした。




「確かか」

 ザレクスは営舎で報告を受けていた。

「はい、リザードマンの見張りが血の臭いに気づき、調べてみると、斜面の穴から出てくるドワーフを見たそうです」

 副官のベネドがいった。

「いつの間に穴なんて掘っていたんだ」

「戦いが始まる前から掘っていたんでしょう」

「逃げる気か」

「おそらく、けが人を連れていたようです。北のドワーフの援軍と合流する気でしょう」

「兵をたたき起こせ」

「はい」

 副官のベネドは営舎から飛び出した。




 トンペコは泣いていた。

 夜、雨の中、北へ向かって移動していた。足を怪我して動けないものは、担いで移動した。

 負けた。とは言えない。これだけの兵力差があって、よく戦ったと言ってもいいだろう。だが、逃げているのだ。雨の中、夜陰に紛れ逃げているのだ。砦にはダレムや、怪我をして動けない仲間がいる。逃げているのだ。

「油断してんじゃねぇ」

 メロシカムがトンペコに近づき小声で言った。

「し、してませんよ」

 慌てて涙をぬぐった。

「終わったなんて思うんじゃねぇ。逃げてるなんて思うんじゃねぇ。戦の最中だ。そんなご託は、死んでからにしろ」

「はい」

 トンペコは顔を上げた。

 一人のドワーフが駆け寄ってきた。

「敵の騎兵です。こっちに来ます」

「ちっ、トンペコ、余分な荷物を置いて、兵を連れ、北へ行け。少し行けば林がある。あそこまで行けば何とかなるだろう」

「メロシカムさんはどうするんです」

「足止めする」

「俺も残ります」

「いらん、弓矢で牽制する。俺の場合は石だがな。さっさといけ」

「あれ、ドロワーフさんは?」

 姿を見なかった。

「あいつは、陣に残った」

「なぜ」

「しらん。あいつは最後まで勝手な奴なんだよ。さっさと行け!」

「わかりました。奴らを蹴散らして、すぐ追いついてください」

「おう、まかせておけ。行け!」

「はい」

 トンペコは北へ向かった。


 メロシカムは弓矢をもった兵を十人ほど残し、置いていった荷物で即席のバリケードを作った。

 雨の中、馬蹄が聞こえた。



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