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第五十話、ドワーフの背中


 ドワーフの兵八十が、斜面を転がるようにプレド達がいる河原に向かって降りてくる。

「うわっ、どうしよう、盾兵、盾兵前に、勢いを殺せ」

 スプデイルは指示した。盾兵が前に出る。隊列はそろっていない。ぶつかる。

「ふん!」

 ヘレクスは盾と盾の隙間に先端が尖った片刃の斧を差し込み、跳ね上げる。鮮血が飛ぶ。盾兵の腕を切り上げた。

 ドワーフが斧を振り回す。人間の兵は必死に盾で身を守る。槍で突く余裕はない。勢いはそいだものの、押されている。

「い、いいい、今のうちだ! 今のうちに槍隊隊列を整えろ!」

 スプデイルは指示を出した。


 エンペド率いる山岳部隊は河原に降りたドワーフの左後ろの高台にいた。短弓を構えている。

「放て」

 矢を放った。

 矢はドワーフの背に刺さる。山での戦いを想定して、軽装備のものも多い。さすがに兜は頑丈なものをかぶってはいる。ノードマンの腕にも矢が刺さった。

「左後ろから来てるぞ! どうする」

 ヘレクスは飛んでくる矢を斧で打ち落としながら言った。

 ノードマンは腕に刺さった矢を見た。

「ほっとけ」

「いいのかよ」

「短弓だ。たいした威力ではない。皆のもの! しょっぱい矢など気にするな! 我らドワーフの背を貫けるか! 目の前の敵を討て! 討て!」

 檄を飛ばした。

 前に進む。

「勘弁してくれよ」

 斥候部隊のヘレクスは鋼ではなく革鎧を着ている。あたりどころによってはさすがに危ない。ヘレクスは首をすくめながら前に出た。


「まじか」

 ズッケルは矢を放ちながらつぶやいた。

「あいつら頭おかしい」

 ズッケルと同じ新人のブータルトが言った。山での戦いを想定しているため、威力が低いが連射ができる短弓を使っている。だからといって、無視できるものではない。矢でドワーフをひるませ、河原の兵を逃がす予定だった。

「かまわん。いいからうち続けろ」

 エンペドは少し困った顔をしながら指示を出した。




「援軍が来ているぞ。槍隊側面を突け」

 スプデイルは盾兵で足止めしたドワーフの左右に槍隊を進めた。


「右はお前に任せた。左は俺がやる。真ん中は適当に押しておけ」

 ノードマンは指示を出した。

「了解」 

 ヘレクスは兵を何人か連れ、右の槍兵に対応した。

 ノードマンは左の槍兵に向かい、残った兵は正面の盾兵に対応した。矢がドワーフの背を射っている。ヘレクスは背後を気にしながらも、左の槍兵に向かった。

 正面、左右後ろと、ドワーフは全面を囲まれいる。

「おらー!」

 ノードマンは槍隊に近づき斧を振るう。槍が跳ね上げられ折れるものもある。そのまま体を丸めて前に出る。横殴りに斧を振る。人間の兵の腕が飛ぶ。他のドワーフも兜を前に近づいていく。

 急ぐことはない。つつき殴られゆっくりと、ドワーフは近づいてくる。人間は後ずさる。圧倒的に優位なはずなのだ。完璧に囲んでいる。ドワーフは気にしない。囲まれているなら、斧を振り回しやすいじゃないか。そう、考える生き物なのである。


 乱戦になると、矢は使えない。

「弓を下ろせ。少し様子を見るぞ」

 エンペドは命じた。 


「ぼうず、落ち着いていけ」

 まずは様子見だ。とゴプリはプレドに言った。

「はい」

 ゴプリとプレドはドワーフから見て左の槍隊にいた。

「あれには手を出すな」

 ゴプリは何人かのドワーフを指さした。その中にはノードマンも入っている。

「はい」

「生き残りたきゃ強えー奴と戦わんことだ」

「はい」

「あそこの真ん中ら辺の奴をやろうぜ。よし、前に行け」

「はい」

 プレドは槍を構え、少し右に移動する。血しぶきが飛んでいる。人の叫び声、ドワーフの雄叫び、恐怖が膨らむ。足が止まる。後ろを見る。背後に師がいる。槍を握りしめる。前に出る。味方がまばらに、視界が徐々に広がっていく。

 ドワーフが見える。

 血のついた斧を振り回している。

「右肘をついてやれ」

 師の言葉。

「わああ!」

 突く。

 防具の隙間、引っかかるように、少しだけ刺さった。

「押し込め」

 押す。頭を下げ押し込む。足は進まない。

 槍の刃先が、するりとドワーフの骨を削り肉の中へ入り込み抜ける。ドワーフの太い腕を槍の刃先が抜けた。

 プレドは槍を引こうとする。

 動かない。ドワーフが槍を握っていた。

 前に引っ張られる。

 プレドは前に倒れ込む。

「ひぃ」

 目の前にいるドワーフが斧を振りかぶっている。

「上出来」

 ゴプリが横にいた。

 ゴプリの槍がドワーフの喉を深く突き刺していた。

 ドワーフの斧が力なく落ちた。




 オラノフ達は東に進んでいた。かすかにだが戦闘の音が聞こえる。

「戦っているのでしょうか」

 ゴキシンは不安げな表情をした。

「ええ、おそらくそうでしょう」

 オラノフは言った。

「その、もう少し急いだ方がよろしいのでは」

 人間の兵二百五十を見つけたと聞いている。

「ここは岩場です。急げば転げます」

 罠を避けるため、足場の悪い道を選んでいた。

「そうですが」

「なに、簡単に死ぬような奴らじゃありませんよ」

 オラノフは、額の汗をぬぐいながら、なぎなたを杖代わりにゆっくり下った。

「そうですよね」

 ゴキシンの顔色は浮かない。

「後悔していますか」

 オラノフは問うた。

「行ったり来たりと言ったところでしょうか」

 ゴキシンは長年アリゾム山で間者として働いてきた。五十年という歳月、ここアリゾム山で人と共に過ごしてきた。人間を敵と割り切れていないことを自覚していた。

「戦も、行ったり来たり、後悔がなくなることはありません」

「戦が起こらなければよかったのに、そう考えてしまいます。何とかできなかったのだろうかと、そう考えてしまいます」

「それは」

 やろうと、思えばできたかもしれない。ゴキシンがドワーフを裏切り、アリゾム山にミスリル鉱山があると、ドワーフが攻めてくるかもしれないと、人間側に伝えていたら、戦は起こらなかったかもしれない。

「身勝手ながら考えてしまうのです」

「だが、あなたは、ドワーフを選んだ」

「はい」

「こうして、安全な道を選んで歩いていられるのも、あなたのおかげだ。我らはあなたに感謝しています」

「……」

「あなたの迷いが晴れることはありますまい。ただあなたの働きは正当に評価されるべきものだ。私はそう思っている」

「だといいのですが」

「さぁ、足場もよくなってきた急ぎましょう」

 前を向き歩みを早めた。



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