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第五話、エルリムの壁

 徐々にドワーフたちは石壁に近づいていた。人間の兵は矢をつがえ、石を放った。

 石壁近くに来ると、ドワーフの兵は、石壁にはしごをかけようとした。人間の兵はそれをさせじと、槍で、はしごをはねのけた。はしごには壁に食いつくようなフックがつけられている。ドワーフは、はしごを押さえつけるように、しがみつき固定する。はしごを固定しているドワーフの背中を別のドワーフが乗り越え駆け上る。早くはない。のぼってきたドワーフを人間の兵は槍で突く。動きが遅く、鎧も重いため、簡単に転げ落ちる。

 あご下にある鎧の隙間を槍で突かれることもあった。たいていのドワーフは胸元までたれる立派なあごひげをはやしている。あごひげを血などの汚れから守るため、ひげ隠し、またはひげ袋と呼ばれる布で覆い、あご当てと首当ての間から布で覆ったあごひげを通している。そのため、あごから首筋にかけ、鎧に隙間ができる。はしごを登り切った瞬間、首元が無防備になり、そこを突かれる。あごひげを剃ってしまえばいいだけの話なのだが、ドワーフという生き物は、ひげに強いこだわりと愛着を持っている。ひげをそり落とすという刑罰がある部族もいる。

「短足どもめ! いけるぞ! はしごを壊せ!」

 エルリムの守りを任されている指揮官フロスが言った。

 人間の兵は、長斧をはしごに叩きつけた。何度か繰り返すとへし折れドワーフごと落ちた。はしごの数が徐々に減っていく。はしごで壁を乗り越えたドワーフもいたが、それほど多くはなく、すぐに人間に囲まれ槍で突き刺され死んだ。

 東の門から、大きな音がした。

「うんんごーい」

 他のドワーフと比べ頭一つ分高い赤毛のドワーフが、奇妙なうなり声を上げ、門をハンマーで叩いていた。

「なんだ」

 エルリムの石壁には東西南北に四つの門があり、東側の木製の扉を赤毛のドワーフがハンマーで叩いていた。赤毛のドワーフがハンマーを叩きつけるたびに木製の扉が内側にたわみ、みし、みし、と音を出した。

「ド、ドロワーフだ」

 人間の兵の一人が言った。

「あの赤毛のドワーフのことか」

 フロスは、ドロワーフとつぶやいた兵に問うた。

「ええ、ドロワーフちゅう、傭兵ですよ。一度、戦場で見たことがあります。そんときゃあ、味方でしたが、とんでもねぇ暴れっぷりで、馬に乗った騎士を馬ごとハンマーでぶち飛ばしてやした」

「そんなにすごい奴なのか」

「ええ、ドロワーフちゅう名前もあだ名で、トロールみたいな馬鹿力のドワーフって意味らしいです」

 ドロワーフは丸太のように太い腕でハンマーを振るった。扉の内側に亀裂が走った。

「補強しろ! 扉を守れ!」

 フロスは指示を出した。

 兵達は扉に板を打ち付け補強し、たわむ扉を棒で押さえた。

「矢はどうした。射殺せ」

 矢は放っている。ただ、ぱんぱんに張った筋肉の所為か矢が肉にはじかれ刺さらず、顔を狙っても、兜やハンマーで巧みに避け、ハンマーを打ち込んでくる。石の塊を思いっきりぶつけても、片手で受け止め、うんがーと投げ返し来る。

「油だ! 油をかけろ!」

 門の上にいる兵が、煮えたぎった油を持ってきた。それをくみ上げまく。ドロワーフに当たる。あちあちと、しばらく地面を転がり回り、起き上がり扉の前に立ちハンマーを振り上げる。

「ぬんがーらぁー」

 振り下ろす。揺れる。

「誰かあいつを止めろー!」

 フロスは叫んだ。




 エルリムの東の扉をドロワーフがハンマーで叩いている頃、もう一つ別の部隊が、南の壁に近づいていた。その数はおよそ五十。先頭にいるドワーフは軽装備で黄色いヘルメットをかぶっていた。名はミノフ、鉱夫である。

 ミノフは、物心ついた時からおよそ百七十年、岩を掘っていた。長い、と思う時もあれば、それほどでも、と思うこともあった。瞬きをしていただけ。ドワーフの職人がよく使う言葉だ。

 町を囲むエルリムの壁はさすがドワーフの職人といえるほどよくできていた。いい石を使っている。今の山ではこれだけの石はほとんど取れない。重い石と軽い石、固い石と柔らかい石、巧みに組み合わせ壁を作り上げていた。関わった職人に聞いても、手抜き一つしとらんと、胸を張った後、あっしまったと、ばつの悪い顔をした。

 だが二百年の歳月が石の壁にほころびを生じさせていた。南の壁の一部にひびが少し入っていた。壁の内側に一本の木が生えている。その根が、二百年の歳月が、石の壁を持ち上げ、壁のバランスを崩していた。ミノフは戦いが始まる前に何度かこの壁の周辺を歩き、そこを見つけた。人のいない夜間に何度もそこに通い続け、壁を見つめ指で触った。


 南の壁にミノフ達が近づくと、エルリムの兵達が矢を放ってきた。

 大盾を持ったドワーフの兵が前に出て防ぐ。ミノフは盾の下、壁を目指し走った。

 壁にたどり着くと、岩が落下してきた。上にいる人間の兵が岩を下に投げ落としている。それを盾で防ぐ。ミノフは壁を見つめ、チョークで石壁にいくつか印をつけた。その印にドワーフたちは杭を打ち込む。ミスリル合金でできた石を割るための杭だ。それをミノフがつけた印に金槌で打ち込んでいく。石の破片が飛ぶ。杭が徐々に石の中に沈んでいく。叫び声がした。エルリムの兵が煮えたぎった油を上から流した。煮えたぎった油が盾をすり抜け、杭を打つドワーフに落ちる。皮膚が焼かれる。顔を首筋を油が焼く。泥を塗っているので少しはマシだがそれでも熱い。転がる。油を手で払い。冷えた土を顔に押し当てる。すぐに立ち上がり、作業を続ける。盾を持つ者も焼かれる。それでも盾を持ち続ける。動かず守り続ける。

 杭を打ち込み続ける。

 ミノフがつけた印すべてに杭が打ち込まれた。打ち込んだ杭と杭の間に繋がるように亀裂が生まれた。さらに深く打ち込む。石の表面が欠ける。ひびに、かなてこを差し込み、割れを広げていく。割れた石を掻き出す。石の壁に少しずつ穴ができていく。空いた穴に木材を差し込み、上下に揺らす。油でまぶたを焼かれミノフの目はよく見えなくなっていた。手の感触を頼りに、石を掻き出す。手はぬめっていた。油なのか、破れた水ぶくれか血なのかよくわからなかった。

「もう少しだ」

 ミノフは声をかけた。

 うめき声のような返事が返ってきた。よく聞こえない。耳も油で焼かれている。

 石を掻き出しては割る。あいた穴に木材を差し込み揺らす。繰り返した。

 石の壁が揺れたような気がした。大きな音、石に押しつぶされた。地面を引きずられた。冷たい水をかけられた。よくやったと、何度か耳元で言われたような気がした。ミノフは意識を失った。


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