第四十五話、平原と山
牧場跡、ドワーフ
「やられたな」
ムコソルはつぶやいた。
マヨネゲル率いる傭兵の騎馬隊は、ほぼ全滅した。生き残ったものは捕虜になった。
逃げる人間の兵に追いつき、多少の打撃を与えたが、失ったものは大きかった。
「逃げるついでに、まさかあのような策を考えるとは」
ボリジは悔しそうにつぶやいた。
「よい、勝つには勝ったのだ。皆もよくやってくれた」
「それは、確かにその通りですな」
「そうでしたな、やっかいな人間の拠点を奪ったのです。それでよしとしますか」
「とはいえ、ここは思ったより、守りにくい」
ムコソルは顔をしかめた。
牧場跡の守りは、当然ながらすべて人間に合わせて作られている。ドワーフにとっては使い勝手が悪かった。食糧のたぐいもほとんど無かった。あらかじめ、逃げることを想定して運び出していたということになる。
「改造すれば何とかなるのでは」
「土の壁は何とかなりますが、石壁は難しいでしょう。いっそ無い方がいいぐらいだ」
オオカミ避けに作られた石壁はドワーフにとっては、高く、人間にとっては低い高さであった。守る側に変わってもそれは変わらなかった。
「広さも問題だな、石壁全部に張り付く兵はいない」
さほど広い牧場跡というわけではないが、ドワーフの兵は現在千三百人程度しかいない。
「しかし、捨てるわけにもいかないでしょう。せっかく奪い取ったのです。そんなことになれば兵の士気に関わります」
この拠点をとるために大勢のドワーフが血を流した。
「そうだな、それに、ここを捨てれば、また人間がここに立てこもる。そうなれば、同じことを繰り返すことになる」
「守りの方は何とかするとして、この後はどうするんです。ここの守りを固めながら、北に援軍を送りますか。それとも西のアリゾム山へ送りますか」
「難しいところだな、リボルの兵がまだずいぶん残っている。西はオラノフに任せておけばいいだろう。北上し、ダレムに援軍を送りたいところだが、中途半端な兵力では騎馬隊に潰される。マヨネゲルの騎馬隊が消えたのは痛い」
人間の歩兵は何人いようがドワーフにとってはさほどの脅威ではない。問題は騎馬隊だ。歩兵で足止めされ騎馬隊に切り刻まれる。前に進むのは難しくなる。マヨネゲルの騎馬隊がいれば、少数の歩兵でも、敵の騎馬隊に対応することができた。
「残念ながら、兵を分ける余裕はありますまい」
北東に国軍もいる。
「ダレムには、もう少しがんばって貰うしかないな」
ドルフは空を見た。日差しは薄く、雲が少し出ていた。
フエネ平原北、ドワーフ
「危ないところだった」
ダレムがつぶやいた。
「扉が壊れた時のことを言っているのか」
メロシカムが答えた。
「ああ、ドロワーフがいなければ、一気になだれ込まれ危ないところだった」
歩兵隊が破壊鎚で扉を破った、なだれ込んできた歩兵隊をドロワーフが一人で押さえた。ちょうど兵を交代させようとしていたため、手薄になっていた。
「そうだな、あいつの馬鹿力が無ければ、終わっていたかもしれん」
連日の攻撃にさすがのドワーフも皆疲れていた。
「あの働きで、人間の指揮官の判断が鈍った。まだ余力があると思ったのだろう。攻撃の手を止めた」
あいつのおかげで命拾いした。ダレムは付け加えた。
「ドロワーフにそのことを言うんじゃないぞ。あいつすぐ調子にのるからな」
「わかっている。だからおまえに話ているんだ」
「そうかい」
「次は、そうはいかんだろうな」
「だろうな、敵の指揮官は、好機を逃したと思っているだろう。次は必ず深く攻め込んでくる」
そこを狙うのも悪くはないかもしれん。メロシカムは付け加えた。
「親父が牧場跡を落とした」
ダレムはドルフ王の次男である。連絡は伝書鳩と鏡の反射を使った信号をつかって取り合っている。
「そいつはよかった。久しぶりにいい知らせを聞いた」
「だが、騎馬隊を失ったそうだ」
「そいつは、困ったな」
眉をひそめた。
「援軍は遅れないから、もう、しばらくがんばれとさ」
「ずいぶん悪い知らせじゃないか」
「わかっている。だからおまえに話しているんだ」
少し笑った。
アリゾム山、ドワーフ
アリゾム山、山中、オラノフ達は周囲を警戒しながらも、狭い山道を行軍していた。今だアリゾム山山岳部隊との交戦はない。
山の斜面から音がした。山の斜面を何かが滑り落ちてきた。丸太である。ドワーフの兵が飛ばされた。山の木の隙間から数本の丸太が滑るように落ちてきた。木と木の隙間を抜け滑り落ちてきた。
「受けろ」
と、オラノフは言った。避けろではなく、受けろと言った。滑り落ちる丸太をドワーフの兵は鎧の胸当てで受け止めた。何人かは受け止め、何人かのドワーフは、はじき飛ばされた。
「来るぞ」
山の斜面、木と木の間から二十人ほどの人間が現れた。
ドワーフの兵が身構えた。
人間の兵は矢をつがえていた。
「オラノフ様!」
矢はオラノフの方へ集中して向いていた。小型のクロスボウである。
放たれた。
矢は木々の間をすり抜け、オラノフに向かった。
「器用なことを」
オラノフは、なぎなたを短めに持ちはじいた。
人間の兵は武器を短めの直刀に持ち替えた。
「止まれ」
人間の指揮官が兵を止めた。
「退くぞ」
静かに、木々の間をすり抜けるように人間の兵は退いた。
「追いかけますか」
オラノフの部下ノードマンが言った。
「いや、待ち伏せをしている可能性がある」
「不利と考え、引いたようですね」
「そうだな、あれが、山岳部隊か」
手ごわいな。オラノフは付け加えた。
リボル
敗走したリボルたちは、牧場跡より北西の丘の上に、陣を張った。ドワーフに囲まれるという重圧から解放されたおかげか、敗走したにもかかわらず、どの兵もほっとした表情をしていた。
「よくやったバナック」
リボルはバナックの肩を掴みながら言った。
「ええ、まぁ」
「いや、見事な策だ。逃げるついでに騎馬隊を潰すとは、思いもつかなんだ」
頭を押さえてくる騎馬隊を囲んで殲滅するという作戦を提案したのはバナックであった。
「いやいや、皆さんのおかげですよ」
などと言いながらも、まんざらでもない表情を見せた。
「それに、ミスリルの騎馬隊相手に馬をぶつけ白兵戦に持ち込む。これもなかなかできることではない」
「そうですか。えへへ」
「相手の慢心、ミスリルの武具という慢心を利用した見事な策であった。何か褒美はいらないか。あまり、やれるようなものはないが、できる限り善処しよう」
「褒美ですか」
「あまり、無茶を言うでないぞ」
スタミンが軽く圧力をかけた。
「なら、ミスリルの武具が欲しいですね。仲間の分も」
顔色をうかがうように言った。
「ミスリルか」
リボルは少し考えた。敗走中ということもあり、マヨネゲルの騎馬隊が身につけていたミスリルの武具をそれほど多く拾えたわけでは無い。防具に関しては捕虜にした騎兵の装備も含めて、三十領程度、武器に関してはもう少しあった。己の部下に使わせようと考えていた。
「いいだろう。お前の仲間の分も合わせ、ミスリルの武具を褒美として渡そう」
バナックの仲間は二十人程度に減っている。全員に渡しても少し余る。
「えっ、いいんですか!」
驚いた顔をした。貴重なものだ、いくら何でも無理だろうと思っていた。
「ああ、その代わりこれからも存分に手柄を立ててくれ」
「はい!」
バナックは勢いよく返事を返した。
「よろしいのですか。ミスリルの武具ですよ」
しかも、ドワーフ製、売れば一財産作れるぐらいの価値がある。バナックが小躍りするような足取りで去った後、スタミンはリボルに話しかけた。
「よい、あれを見れば、兵の士気が上がる。今はそちらの方が大切だ」
「なるほど」
手柄を立て、ミスリルの武具を身につけた傭兵、負けて逃げてきたバリイ領の兵士達にとってはわかりやすいメッセージになる。
「まだ終わってはおらん」
拠点は奪われたとはいえ、兵の数も少なくない。なにより、ドワーフはミスリルの騎馬隊を失った。野戦に持ち込めばドワーフを騎馬隊で分断することもできる。まだ終わっていないのだ。
アリゾム山、人間
「で、どうだった」
デノタスは聞いた。
「ありゃ、どうしようもなくかたいですね。落とした丸太を鎧で受けて跳ね返してましたよ」
マッチョムが言った。山中である。ドワーフの力量を測りに行ったマッチョムの話を聞いていた。新兵は別だが、ベテランの山岳兵は山の斜面に溶け込むようにたたずんでいた。
「敵の大将はどうだった」
「全員で矢を射ましたが、ことごとく打ち落とされましたよ。あれは、めちゃくちゃ強いですね」
「かたい上に強いか」
「我々が勝っているのは逃げ足ぐらいですかね」
「山では一番大切なことだ」
人より強い獣などいくらでもいる。
「負けなければいいのなら、それいいんですけどね」
「不服か」
「ええ、まぁ、どうせなら、勝ちたいですね」
俺らの山ですしね。マッチョムは付け加えた。
「そうだな、そりゃまぁ、そうだよなぁ」
デノタスは思案下につぶやいた。




