第三十三話、アリゾム山で酒宴
ドワーフ
ドルフは軍を二つに分け、牧場跡に残るものと、アリゾム山攻略の部隊に分けた。
「頼むぞ」
ドルフはオラノフの肩を叩いた。
「必ず」
オラノフは兵を六百ほど連れアリゾム山に向かった。千三百ほどのドワーフが牧場跡近くに残った。残った千三百のドワーフは少し見通しのいい高台で野営し防御柵を張り巡らせた。水は近くの池から取った。食糧は少し切り詰め、何人か近くの森に鹿をとりにいかせた。
牧場跡
「目的はアリゾム山か」
リボルは牧場跡に作った物見櫓からドワーフの兵の動きを見ながら言った。
「そのようですね」
「正直少しほっとした気分だ」
「しかしそれは」
スタミンは眉をしかめた。
「わかっている。アリゾム山の兵のことを思えばそんなことは言っていられない。その通りなのだが、それでもな、許せ、そう思ってしまったのだ」
レマルクが生きてここにいれば、戯れ言として話を合わせてくれただろう。
「さて、どうしたものか。まだ千三百のドワーフがいる」
「守りを固めて、国軍を待つというのはどうでしょうか」
「国軍は動かん」
「なぜでしょうか」
「やつらはドワーフの援軍を断つためにいる。放火に忙しいそうだ。使者が来てそのようなことを言っていた」
リボルはスタミンに国軍からの書簡を渡した。
「では我らだけで対処するしかないということですね」
「いや、実はいい知らせがある。早馬が来た。サロベル湖のリザードマンと共闘することが決まったそうだ」
「リザードマンですか。それは心強い。フエネ平原北に籠もるドワーフを叩くと言うことですね」
「そうだ。フエネ平原北に残してきた兵とリザードマンが協力してフエネ平原北のドワーフを倒せば、喉に刺さった骨が取れる。その後、ドワーフの王が率いる千三百の兵を倒せばいい」
「ではそれまで、守りを固めればいいと言うことですね」
「問題はアリゾム山だ。フエネ平原北側の兵が増えたのなら、こちらにも余力が出てくる。背後から、アリゾム山に向かったドワーフをたたくこともできる」
「しかし、アリゾム山に向かったドワーフが反転してくる可能性もあります。野戦となると、例のミスリル鎧をきた傭兵の騎馬隊も出てくるでしょうし、中途半端な数では追いかけた兵は全滅しかねません」
「きびしいか」
「背後を突くのは無理でも、援軍をアリゾム山の砦に送ってはどうでしょうか」
「そうだな、何人か送るか。レマルクの下にいた歩兵の隊長がいただろう。少し頼りないが、あいつに任せよう。我々はフエネ平原北の戦の決着が付くまで守りを固めればいい」
「スプデイルですね。わかりましたそのように手配します」
スプデイルは歩兵を五百ほど引き連れ、ドワーフの兵を迂回しながらアリゾム山に向かった。その中には、ゴプリとプレドの二人もいた。
アリゾム山
夜、アリゾム山では酒宴が行われていた。
「えー、ドワーフの兵六百が攻めてくることが、どうやら確定したようです」
アリゾム山山岳部隊の隊長デノタスがいうと、ブーイングが起こった。砦の広場で、酒樽と料理を広げアリゾム山山岳部隊およそ百五十人、全員が集まっていた。
「二日後ぐらいには山の麓近くに来るようです。というわけで、誠に申し訳ないのですが、しばらくの間、お酒を控えることになります」
再びブーイングが起こる。泣き真似をする者もいる。
「来るのは二日後、飲むなら今のうち、あるだけの酒で、酒盛りをしたいと思います」
喚声が上がった。
「乾杯!」
デノタスは木で作った椀の酒を飲み干した。
他の者も酒樽に集まりお椀に酒をくみ飲んだ。
「いいんですかね。飲んでて」
新人のズッケルは不安そうな顔をした。
敵が迫っている。しかも、六百のドワーフだ。山岳部隊は百五十人ほどしかいない。
「いいんだよ。飲め」
先輩隊員のマッチョムがいった。
「はい」
ズッケルは飲み干した。少し花の香りがする繊細な味だった。
翌日。
「おーい、全員いるかー」
デノタスが点呼を行った。昼の手前である。朝方近くまで飲んだことをズッケルはかろうじて覚えていた。ズッケルはもうろうとしながら返事をした。デノタスがたいまつに火をつけ立っていた。
「よし」
デノタスは火の付いた、たいまつを砦の建物の窓に投げいれた。油をまいていたのか火は砦に燃え広がった。
「なんで、燃やすんですか!」
ズッケルはあごが外れそうなぐらい驚いた。周りを見ると、ほとんどのものが驚いた顔をした。
「ここのことが知られているからだよ」
デノタスが言った。
山菜採りのドワーフであるゴキシンの小屋に行くと、もぬけのからだった。ギリム山のドワーフの、間者である疑いが濃厚だった。
「しかし、だからといって燃やさなくても」
山の頂上、北は切り立った崖、道は一本しかなかった。守りやすい場所である。
「普通なら、ここに籠もれば、千人だろうが二千人がこようが、一ヶ月や二ヶ月、耐えることができる」
「じゃあ、どうして」
「知られているからさ、どこに弱点があるのか、どうすれば壊せるのか。全部知られている。あのじいさん、五十年はこの山に住んでいた。ここにも出入りしていた。何か仕掛けが施されている可能性だってある。だから、攻められて、とられるぐらいなら燃やした方がいい。ここに籠もってたら逃げ場はないしな」
デノタスは目を細めた。砦には、それなりに思い出があった。
「それは、わからなくはありませんが、どうやって戦う気なんです」
百五十人しかいない。相手はあのドワーフだ。
「山だよ。山ん中で戦うしかない。山ん中だってあのじいさんに知られているだろうが、まだましだ。山全体を使って戦うしかない」
炎が砦を包んでいく。
「煙か」
オラノフは空を見上げた。行軍の最中、アリゾム山の山頂から一筋の煙が見えた。
「あれは、アリゾム山の砦の辺りですな」
ゴキシンが言った。ゴキシンはグルミヌの手のもので、五十年にわたって、山菜採りの爺さんとしてアリゾム山に潜入していた男である。案内役をかってでた。
「何を燃やしているのでしょう」
「わかりませんが、あの火勢、ひょっとしたら、砦そのものを燃やしているのかもしれません」
煙の量は増えていった。
「なぜそんなことを」
「私が調べたからでしょう。何年にもわたって、扉の位置から柱の数まで調べ尽くしましたからね。籠もるには危ないと燃やしたのでしょう。何カ所か壁や扉に仕掛けを施していたのですが、すべて無駄になりました」
少しうれしそうな顔をした。
「ほう、大胆な。砦の主は、そのような判断ができるのですか」
仕掛けがあると考えたのなら、普通はそれを探して無効化しようとする。
「ええ、そういう思い切ったことをする男なのです」
「それは恐ろしいですな」
「恐ろしいですか」
「ええ、いつもそうです。敵の話を聞くと恐ろしいと思ってしまう」
「それは、以外ですな」
ゴキシンはオラノフの顔を見た。青みがかったひげに、強い眼光をしている。
「臆病だから強くなろうとしました。強くなろうとしたら、警戒されたのです」
オラノフは元は人間の国に仕えていた軍人である。
「難儀な話ですな。ですが、山の中では臆病な方いいですよ」
「それは、うれしい話だ」
オラノフは少し笑った。




