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第三十二話、リザードマンとの会談


 リザードマン


 石と石の間にドロと苔を挟んで壁を作り、屋根は木とストロー状の植物を積み重ね作っていた。石で囲った暖炉があり、部屋の中はずいぶん暖かった。ジダトレと領主の長男であるアズノルは、領主の親書を携え、リザードマンの長老に会いに来ていた。

「お初にお目にかかります。アズノルと申します。領主の父、イグリットの代理としてきました」

 アズノルとジダトレの前にはリザードマンの長老が横に長い石で作った椅子に座っていた。アズノルとジダトレも同じような椅子に座っていた。

「よくきた。私はリザードマンの長老、ロゴロゴスだ。あなたたちを歓迎する」

 ロゴロゴスと名乗る大きなリザードマンが言った。リザードマンは年と共に大きくなる。

「こちらはジダトレ、オラム砦の副指揮官です」

「ジダトレです」

 横にいるジダトレは会釈した。

「何度か、あったことがある。ずいぶん昔の話だが、盗賊が出たとか。その時は、別の、職であったな」

 長く、人の近くで過ごすうちに、ロゴロゴスは人の顔を識別できるようになっていた。ただ、人間の細かい地位の上下までは理解できなかった。その細かい地位の上下が人にとっては大切なことであると言うことは理解していた。

「はい、十五年ほど前でしょうか。私が警備隊長の頃です。あの時はお世話になりました」

 何件か貴族の屋敷を襲った盗賊団があらわれ、当時サロベルの警備隊長であったジダトレが捜査していた。夜間に湖を移動した不審な集団を見たと目撃証言があり、その縁でリザードマンの長老とは何度か話をした。リザードマンの協力を得、捜査したところ、盗賊団は、湖底に陶器や宝石類など盗んだ品の一部を、沈め保管していることがわかった。そこで、リザードマンに湖の監視を頼み、再び訪れた盗賊団をとらえることに成功した。

「今日は、盗賊の話ではないのであろう。領主の息子、アゾノル殿」

 ジダトレより、若いアズノルという領主の息子の方が地位が高いであろうと言うことは、なんとなく理解していた。

「ええ、もちろんです。ドワーフが我らの領地に攻め入っていることをご存じですよね」

「ああ、知っている」

「リザードマンの皆さんに、ご助力をお願いしたいのです」

「我らにドワーフと戦えというのか」

「端的に言うとそういうことです」

「しかし、我々とドワーフは、敵対関係にない」

「ええ、存じております」

「ならば、無理な話ではないかな」

 ロゴロゴスは緑色の鱗に、下顎には白いヒゲが生えていた。目は細く黄色かった。その顔から、人間であるアズノルは何も読み取れなかった。

「サロベル湖の漁師から、魚の取る量が少なくなったという話を聞きました」

「それは人間の漁師が、いや、一体何の話だ。ドワーフと、どう関係がある」

 ロゴロゴスは首をかしげた。

「私は漁師ではありませんので、その辺りのことはさっぱりわからないのですが、お互いの言い分もあるでしょうし、この手の議論はいくら話し合ったところでお互いなじり合うだけで、平行線のまま終わり、徒労に終わるだけです。そこでですね。これを機会に、いっそ、分けてしまった方がよろしいのではないかと、我々は考えたわけです」

「分ける。どういうことだ」

「漁場を分ければいいのではないでしょうか。南と北、人とリザードマン、漁業権を分けてしまえばよろしいのではないでしょうか」

 サロベル湖は南北に長い形をしている。リザードマンは北側に多く生息している。

「我らリザードマンは遙か昔から、この地で漁をしていた。それをなぜ分けねばならん」

「では、人に漁はさせないというお考えなのでしょうか」

「いや、そうはいっていない」

 湖がリザードマンのものだとも思っていなかった。

「では、どうなさるおつもりで」

「人が、魚を捕る量を減らせばいいではないか」

「どうやって」

「それは人が考えることだ」

「ですから、人とリザードマン、魚が捕れる場所をお互い決めてしまえばその問題は解決できるのではないですか」

「なるほど、それが、条件か」

 ドワーフと戦えば漁場を分けてやる。そう言いたいのだとロゴロゴスは理解した。

「いかがでしょう。お互いにとって悪い話では無いと思うのですが」

「さっきも言ったが、湖は元々我々が漁をしていた場所だ。分けて貰う必要性はない」

 必ずしも悪い話ではない。もとより、リザードマンは自分たちが食べていける量の魚があればいい、そう思っている。湖を分けるという提案は、ドワーフの提案のように、サロベルの人間を追い出して、湖を我が物にするより穏当で確実性が高い話のように感じた。結論は別として、相手がどれだけ譲歩するか、ロゴロゴスは確認しなければならなかった。

「そうはいっても、現実的に人間の漁師はいます。今までは何となく漁場を棲み分けていましたが、魚の数が少なくなれば、そうも言ってられませんよ。どこかで押し合いへし合いの争いになってしまうのではないでしょうか。そうなればお互い困ったことになります」

 アズノルは眉をしかめ、わざとらしく両手を挙げた。もし押し合いへし合いになれば、戦力の少ないリザードマンに勝ち目など無い。しかも、リザードマンは冬場はほとんど動けない。

「我々とて、別段人と争いたいとは思ってはいない。だが、争わなくてはいけないのなら、様々な手段で、争うしかない」

「それは恐ろしい。しかし人と争い血を流すより、いっそドワーフと戦ってみませんか」

「ドワーフと戦う理由など我々にはない。人と、ドワーフの争いに何の関係もない我々が人間にのみ、荷担するのはいいこととは思わない」

「しかしこのままいけば、湖を巡る争いは激化していきますよ。それはお互いにとってメリットではないでしょう」

 人間にのみ、という表現に、アズノルは少し引っかかった。少し前の話に、様々な手段で、という言葉もあった。ドワーフに荷担する可能性をにおわせた。あるいはすでに接触があったのか。

「だからといって、ドワーフと戦うのは望ましくはない。湖を巡る争いは問題だが、命をかけるほどのメリットはない」

「食糧の問題はこの地に住むもの、全員に関わる問題ですよ。特にこれからは」

「どういうことだ」

「ドワーフがなぜ攻めてきたのか、その理由をご存じですか」

「いや、わからない」

 ドワーフの使者もそれは言わなかった。

「ギリム山が近々噴火するためです。住んでいるところが使えなくなるため、新天地を求め攻めてきたのです」

「噴火、するのか」

 ロゴロゴスは鼻腔を少し広げた。おそらく驚いているのだろう。

「ええ、そうなると、この戦いの結果がどうであれ、食糧問題はかなり深刻化します。その影響は当然サロベル湖にもかかわってきます」

「なるほど、確かに」

 リザードマンは雑食性ではあるが、主食は魚である。食糧がなくなれば人間は湖の魚を捕り尽くす。そうなれば、リザードマンにとっては死活問題になる。

「どうでしょう。湖の真ん中辺りに小さな島があるでしょう、あの辺りで南と北に分けてしまうと言うのはどうでしょう」

「あそこは真ん中などではない。なにをいっているんだ」

 岩でできた小さな島があった。ただその位置は、真ん中からはほど遠く、湖全体の三分の一の位置にあった。しかも湖は南側の方が膨らんでいる。北側に住んでいるリザードマンにとって、この条件ではかなり不利だった。

「ではこちらあたりでどうでしょう。ラベル川の手前辺りで」

 アズノルは湖の地図を懐から出し指でさした。

「アズノル殿、我らの生活圏を奪う気なのか。ラベル川周辺には、多くのリザードマンが住んでいるではないか。人が現れ徐々に場所を譲ってきたが、百年も昔は、もっと南のスルベル川の河口付近に暮らしていた者もいた」

「百年も昔のことを言われても困りますよ。今の現状を元に考えるべきです。スルベル川で南北に分けてしまうと、サロベルの人間の漁師は池で釣りするようなものです。ちょうど、ラベル側の下辺りに桟橋があります。あの辺りを中間地点にしてはどうでしょう」

「いやいやいや、すっかりアズノル殿に乗せられてしまった。そもそも、我々は人間と共にドワーフと戦う気など無いのだ」

「では、桟橋は差し上げます。これ以上の譲歩はできません」

 面積で言えば半分に満たないが、魚が多く捕れる漁場がいくつかあった。噴火の件を考えると悪くない話だと思った。

「うむ、検討には値するな」

「では」

「待て。私が勝手に決めていいものではない。皆の意見を聞いてから決めることになる」

「いいでしょう。しかし、あまり時間はありませんよ。ドワーフもいつまでいるかわかりませんから」

 二日後に会う約束をして、アズノルとジダトレはサロベルの町の宿に帰った。




 リザードマンの会議


 ロゴロゴスはリザードマンを集め、人間側から持ちかけられた話を説明した。反応は悪くなかった。リザードマンの中には、湖で人間の漁師ともめたものが何人かいたため、人と棲み分けができるのなら悪い話ではないと、考えるものが多かった。また、桟橋から北の漁場には水草が多く、魚の産卵場所も多いため、魚の保護という観点からも悪くはなかった。

「領主の息子はどのような権限を持っているのだ」

 領主というものは、この地域の人間の支配者であると言うことをリザードマンは理解していたが、年齢や能力を重視するリザードマンにとって、領主の息子という血縁関係を元にした支配制度を理解することは難しかった。

「領主の代理だ。人間は、高い地位を、その息子が受け継ぐ場合がある。領主の息子というのは、今の領主が亡くなった場合、次の領主になる可能性がある人物ということだ。つまり、領主の息子と約束をすると言うことは、次の代の領主も約束を守る可能性があると言うことだ」

「信用性があると言うことだな」

「ある程度、あると言ってもいいだろう」

「サロベル湖の漁師はどう考えているのだ」

「サロベル湖の漁師はおそらく反対するだろう」

「では、だめなのではないのか」

「問題にはなるが、領主の権限は大きい。領主は軍事力と法を使い、その地域を支配している。サロベル湖の漁師が納得しなくても、領主の権限の方が大きい。おそらくサロベル湖の漁師は従うだろう」

「それでも従わなかった場合はどうするのだ」

「なるほど、それは問題だ。その点に関しては、領主側に取り締まるよう義務づけようと思う」

「領主の息子はサロベル湖の漁師の話を聞かず勝手に、この話を決めたと言うことか」

「そうなる」

「そんなことで大丈夫なのか。湖を半分取られたとサロベル湖の漁師に恨まれないだろうか」

「恨まれるだろう。だが、サロベル湖の漁師と話し合ったところでこのような合意はできない。その上の権限を持つ領主としか合意は難しい。今、人間はドワーフに攻められ困っている。この機会を逃せば、条件がよくなる可能性は低い」

「人間は約束を守るのか」

「わからない。だが、今人間は戦争中だ。戦争中にした約束を守らないようであれば、領主の信用は落ちる。領主の信用が落ちれば、次の戦争では、誰も領主の味方をしないようになる。だがら、約束を守る可能性が高いのではと考えている。また、サロベル湖という湖自体、領主にとっては、それほど価値の高いものではないと推測している。信用を落としてまで湖を手放さないとは考えにくい」

「だが、次の戦争では、我々を戦力として見てくるのではないか」

「そうなる可能性がある」

「その場合はどうするのだ」

「断るよう努力はするが、一度先例を作ってしまえば、状況によっては、受けざるを得なくなる」

「ドワーフと戦えば命を落とすものがでる。その価値はあるのか」

「ある。ギリム山が噴火すれば、食糧問題に発展する。魚が捕れなくなった時点で我々は終わる。我々にとっては魚は必要だが、人にとってはそれほどではない。それでも人は魚をとり続ける。漁業権があれば魚を確保することができる。無ければ魚を巡り人と争うことになる。湖を巡ってドワーフのように人と戦うことになるのだ」

 静まりかえった。人間と戦えば、リザードマンに勝ち目はなかった。武器も防具も兵の数も金も戦略も、何もかも負けていた。リザードマンが人間に勝っている点と言えば、泳ぎがうまいことと、体が大きいことぐらいである。

「人の法の下、生きていくしかないのだな」

 リザードマンはしっぽを揺らした。

 しばし話し合い、湖の漁業権と引き替えに、人間と協力しドワーフを討ち取ることに決まった。


 二日後、ロゴロゴスはアズノルとジダトレと会い、細部を詰めドワーフと戦う合意を文書にて交わした。



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