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第三十一話、火と空

 ドワーフ


「やられましたな」

 ムコソルは日の落ちた東の空を見ながら行った。暗闇の中、空が赤く燃えていた。

「まさか、森に火を放つとは」

 ドルフは怒りに顔をゆがめた。山に住むドワーフにとって木は大切なものだ。信仰の対象にもなっている。

「しばらくは、援軍も食糧も送られてこぬでしょう」

 ギリム山からここまで、兵も食料も、森の道を使っている。それは、フエネ平原北でも同じことだった。

「そこまでするか。人間はそこまでするのか」

「我々だって、街に火を放ちましたよ」

「それは、そうじゃが」

 ドルフは口ごもった。

「戦争なのです。勝たねばならないのです。どのような手を使っても、言い訳など後からいくらでもできます」

「わかっておる。わかっているとも、わしらが始めたということもな」

「ええ、その通りです。悪いのは我々なのです。だから勝たねばならないのです」




 牧場跡


「燃やしたか」

 リボルも東の空を見ていた。

「国軍でしょうか」

 スタミンは困惑した表情を浮かべた。

「おそらくそうだろう。千二百ほどが、東に向かっていると聞いている。ドワーフの援軍と糧道を断つため、森に火を放ったのだろう」

「よい、のでしょうか」

「今、この場においては、よい、といっていい。ドワーフの援軍も糧道も断ったのだ。どれだけ火が燃えているかわからぬが、正直救われた気分も、ある」

 民は困るだろうがな。リボルは付け加えた。

「奴ら、どう出るでしょうか」

「食糧も援軍も期待できないとなれば、犠牲を気にせず、ここを、一挙に攻め潰そうとするかもしれん。もしくは、兵を一部のこし、我々を無視して、アリゾム山に向かう。あるいは全軍アリゾム山に向かうという選択肢もある」

「一挙に攻めてくれば、ここを守ればいいとして、ドワーフが兵力を、ここと、アリゾム山に分けた場合どういたしますか」

「ここにとどまるしかあるまい。数で勝っているとはいえ、ドワーフ相手に兵を分けるような余裕はない。中途半端にアリゾム山に向かうドワーフに追っ手を出しても、返り討ちに遭うだけだ。ドワーフが北上する可能性もある。アリゾム山にさく兵力は残念ながら無い。我々は弱いのだ」

 リボルは顔を歪めた。

「国軍は当てにできませんか」

「わからん。だが、勝手に人の領地を燃やすような連中と、ともに戦いたいとは思わんな。助けは、欲しいがな」

 リボルは吐き捨てるように言った。




 領主


「森が燃えているだと」

 物見の兵の報告を受けたイグリットは立ち上がり驚いた。

「はい、かなり広範囲にわたって、国軍がやったみたいです」

 国軍には、人をつけ、行動を監視している。

「国軍が、なぜそんなことを」

「おそらく、ギリム山から援軍が来るのを阻止するためでしょう」

 側近の一人が言った。

「なるほど、なるほど、火で道を塞さごうと考えたわけだな。勝手なことを! なぜ私の許可を得んのだ!」

「事前に言えば、断られると考えたのでしょう」

「それは断るだろ。自分の領地を燃やすと言われて、断らん領主がいるか。だから言わなかったと、それは、わからんでもないが、いや、やはりおかしいだろ。いくらなんでも、私が治めている領地だぞ。勝手に火を放つのはおかしいだろう」

 百年以上、管理してきた森である。計り知れないほどの恵みをこの地にもたらしてきた。

「確かにおかしなことです。抗議なさいますか」

「抗議か。今、抗議か。なるほど、抗議したくても、今の状況では、援軍が欲しい状況ではろくに抗議もできんと、思われていると言うことだな、確かに、くそ! その通りだ。じゃあ、もう援軍はいらないんだな、余計なお世話だったな、などと言われたら、困るのは我々の方だ」

「火は、いかがいたしましょうか」

「いかがだと、消せというのか。ああ、わかっている。火を消したらギリム山のドワーフが攻めてくるんだな。くそ、どうしようもないじゃないか。腹立たしい」

「付近の領民が不安がっています。何か説明をした方がよろしいのではないでしょうか」

「今、そんなことを気にしている状況か」

「この先のことを考えれば、戦況によっては、さらなる徴兵と接収の可能性を考えておかねばなりません。領民の不安を解消しておかねば、難しくなるかと」

 もはや、バリイ領には使える兵も金もない。とすれば、領民の人と財産を使わなければならない。各地にいる小領主が言うことを素直に聞いてくれるとは限らない。

「確かにな、いや、よく言ってくれた。何かしらの説明をしておかねばなるまい。ドワーフが燃やしたとでも言うか、それはいくら何でも無理か。やはり、そのまま、国軍がドワーフの援軍を防ぐため、勝手に燃やしたと説明するしかないだろう」

「では、そのように」

「国軍め」

 イグリットは、しばし国に対する愚痴を言った。


「燃えてる」

 ソロンが東の方角を見ながら呟いた。ソロンとヘセントは領主館に留め置かれていた。

「一体何が、噴火でしょうか」

 ヘセントはソロンを見た。広範囲に渡って火が出ていた。

「いや、噴火なら音が出て石が飛んでくる。誰かが火をつけたのだろう」

 ソロンが言った。

「誰がこんなことを、ドワーフ、でしょうか」

 ヘセントはドワーフがエルリムの町を燃やしたことを思い出した。

「どうだろうな、森を燃やしても、ドワーフの利益にはならない。むしろ困るのはドワーフだろう。フエネ平原とギリム山との道を断たれることになる」

「とすると、人間が、イグリット様の命令でしょうか」

「それは、わからないな。軍人が勝手にやったことかもしれない。国軍が来たという話も耳にしている。ドワーフの糧道と援軍を断つために、国軍か領軍が、どちらかが森を焼いたと、考えられるのではないか」

「イグリット様は、森林の保護に気を使っておられました。はるか昔は、フエネ平原も森だったとか。人間がフエネ平原にあった森を切り尽くしてしまったとか、貴重な資源である森の樹を燃やすなど、イグリット様がそのような命令を出すとは考えられません」

「ふむ、確かにかつてフエネ平原は木に覆われていた。町ができ人が増え、家を建てたり、鍛冶場や暖房に使う薪や炭で木を使い。やがて森は消えた」

 ソロンはエルフである。その時代を見てきた。

「身勝手、なのでしょうか。人もドワーフも」

「生物というものは皆そう言うものだ。食べやすいものを食べ、増えるだけ増える。うまくなんてできていない。秩序もルールもなく、ただできることをするだけだ」

 火は燃え広がり、一晩経っても消える気配がなかった。



 ドワーフ、ギリム山麓


 焼けた臭いに、動物の鳴き声、獣が逃げ惑い、鳥は木々をうつりながら様子を見ていた。森が燃えていた。

「まいったねぇー。忙しいってのに」

 ギリム山のドワーフのガロムは頭をかいた。火事には慣れている。山の中に住み、四方を森に囲まれているのだ。火事なんてものは珍しいものではない。だが今は、忙しいのである。

「親方ー。荷物の移動終わりました」

「おおー、ごくろうさん」

 ガロムは普段、土木関係の仕事をしていたが、移転の準備に忙しかった。ギリム山の噴火に伴い、ギリム山の中から荷を外に出していた。せっかく出していたのに、この火事だ。荷を広場に移動させていた。

「鉱山の方はどうだ」

「あと、一週間て、とこですかねぇー」

 噴火の被害ができうる限り減るよう、連日連夜、ドワーフの鉱夫を使い、鉱山に溶岩の通り道を作っていた。皆疲れていた。

「どぐされどもが、余計なことをしやがって」

 人為的に起こされた火事なら、付近の木が燃え尽きるまで火事は収まらないだろう。この火事では、たとえ鉱山の作業が終わっても、援軍は送れそうになかった。

 ガロンは、煙に埋まる空を見つめた。




 フエネ平原南、ドワーフ


 ドワーフの陣営では軍議が行われていた。

「やはり、援軍と物資の補給は、しばらくは、あきらめた方が良さそうですね」

 ムコソルはいくつかの報告書を手に言った。

「いつまでも燃えているわけではないだろう」

 ドルフがいった。

「どうでしょう。ただの火事なら収まるでしょうが、人がやっていることです。なかなか消えないかもしれません」

「消えそうになったら、人間が燃料をぶち込むということか」

 千二百人の国軍は火をつけた後も、その場所でとどまっている。

「我々の背後を突いてこないと言うことは、そういうことでしょうね」

「だが、火が安定したと判断したら、こちらに来るかもしれない。そうなると、また挟み撃ちだ」

 ドルフは嫌そうな顔をした。

「そうなりますね」

「国軍とは、どのような軍なのだ」

「騎馬隊二百に歩兵四百、あとは傭兵と民兵といったところですか。半分は寄せ集めみたいなものです」

 元は、人間の軍で指揮をしていたオラノフが言った。

「さほど強いわけではないのだな」

「はい、今ある食糧なら、二週間、切り詰めれば三週間は戦えます」

「それだけあれば十分だろう。食糧が尽きる前に、一気に人間の軍を倒し、食糧を奪えばいい」

 白髪白ひげのボリジが言った。

「簡単には落とせんだろう。その間に国軍に挟み込まれる恐れがある。やつらの援軍だって来るかもしれん。そうこうしているうちに、アリゾム山の守りも固められてしまうかもしれん」

 ドルフはいった。敵に目標を絞り込ませないために、北と南、軍を二つに分けた。

「先に国軍を討つという手もあるのではないか。その後火を消すのはどうでしょう」

 ボリジはいった。

「国軍は立てこもっているわけではない。こちらが向かえばおそらく逃げるだろう。それを追う足は我々にはない」

 傭兵の騎馬隊がいるが、そこまでの数はいない。

「奴らを無視して全軍でアリゾム山を落としてしまえばよろしいのでは」

 伸ばした白髪に、特徴的な上向いた口ひげの男が言った。商人のグルミヌである。

「その場合は、背後から追いつかれて、散々な目に会いますよ。いかんせん我々は足が遅いですからな」

 ムコソルは短い足を叩きながらいった。

「なるほど、ままならぬものだな」

 グルミヌは感心したように頷いた。

「やはり二手に分けるしか手はなさそうだな」

 ドルフが言った。

「この場に残る兵とアリゾム山と分けると言うことですか」

「そうだ。ぐずぐずしておれば状況は悪くなる。アリゾム山の防備も固められてしまう。食糧とて不安だ。兵を二手に分け、一方は牧場跡を攻め、一方はアリゾム山をとる」

「して、どう軍を分けるのですかな」

「アリゾム山にはオラノフに行ってもらう。あとは、牧場跡だ」

 ドルフは言った。

「時間との闘いですな。私たちが領軍と国軍に挟まれ全滅する前にオラノフ殿がアリゾム山をとって貰わねばなりません」

「かなり難しい戦になりそうですな」

 オラノフは顔をしかめた。

「なーに、わしらがさっさと牧場跡にこもっている人間どもをやっつければいい、そうすれば、皆でアリゾム山に行ける」

 ボリジが言った。

「私もオラノフ殿と一緒にアリゾム山に行きたいのですが」

 商人のグルミヌがいった。

「だめだ」

 ドルフはいった。

「そんな、なぜですか」

「信用できん」

 ドルフは、はっきり言った。

 グルミヌは陰から表から、主戦派をたきつけていた男である。戦をせざるを得なかった原因の一つであった。

 信用できないと、思うのなら、戦場に連れてこなければいいのだが、グルミヌは装備品や食糧、その他諸々を出している。金を出しているのだから戦場に連れて行けと言われれば断りにくい。また放っておくと裏で何を画策するかわからないという面もあり、連れてきた方がいいと判断した。

「それは残念です。では、私が長年にわたって、集めたアリゾム山の情報はすべて渡しましょう」

「よいのか」

「ええ、もちろん。勝って貰わなければなりませんから」

「そうか。感謝する」

 ドルフは言葉と裏腹に苦々しい顔をした。

 長年集めた情報をあっさりと手放す。こういうことができるからやっかいなのだ。情報を握りつぶし味方の足を引っ張るような小物なら、こうはやっかいな存在にはならない。

 資料を受け取った。



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