第三十話、燃える森
牧場跡
「よくやった。見事な戦いっぷりだったぞ」
スタミンは帰ってきたバナックを褒めた。
「へぇ、どうも」
バナックは笑いながら頭をかいた。
「まさかあのような戦い方があるとはな、我々も見習わなければならないな」
リボルは言った。
「へへっ、そんな俺の戦いなんて、へへっ、泥臭いだけですよ」
褒められ、うれしそうに笑った。
とはいえ戦況は厳しかった。レマルクの騎馬隊は、ほぼ全滅した。レマルクの後を継いだ歩兵の指揮官は凡庸だと聞く。けが人も多く、半数ほどの数に減ってしまった。騎馬隊がいないのであれば北に残しておく必要性もないため、リボルはこちらに合流させるつもりだった。
兵の数は合わせて四千人程度、まだドワーフの倍以上いる。だが、ギリム山には二万近くのドワーフがおり、フエネ平原にも四百人程度いる。守りに入っているだけでは勝ちはまず無い。かといって、ドワーフにも騎馬隊がいるため騎馬隊を使ってドワーフを崩すという作戦が使えない以上、勝ちは薄い。
(どうしたものか)
レマルクに相談できればと、リボルは思った。
ドワーフ
「騎馬隊というものは強いものなのだな」
ドルフとムコソルは幕舎で話していた。
「ええ、どちらにとっても」
「今回は、我々に利したようだ」
「そうですね」
「レマルクといったか。騎馬隊と騎馬隊の指揮官を葬れたのは大きい」
「ええ、これでずいぶんやりやすくなります」
牧場跡にまだ騎馬隊は残っているが、当面は背後を騎馬隊に襲われる心配は無くなった。
「あの、マヨネゲルとか言う傭兵、存外働き者だ」
「ミスリルの武具を与えたのがよかったのでしょう。あれは人の欲を刺激しますから」
「なるほど、手柄を立てればもっとくれてやると伝えておけ」
「喜ぶでしょう」
「しかし皮肉なことだな。人とドワーフ、協力してこそ、大きな力が出せる」
「ええ、昔からそうです」
ムコソルは目を伏せた。
領主
バリイの領主の館に、ザレクスの父、オラム砦の副指揮官であるジダトレが訪れていた。
「サロベル湖のリザードマンか」
領主のイグリットは思案下につぶやいた。
「ええ、彼らなら十分な戦力になります」
ジダトレはサロベル湖のリザードマンに援軍を頼むという案を領主であるイグリットにした。
「それはわかるが、ただでは味方にはならないだろう」
金は、無かった。戦は金がかかる。元から裕福な領地ではない。ドワーフとの戦で資金を使い果たし商人に借金までしている。
「そりゃあ、まぁそうでしょう」
そこが問題だった。
「どうしたものか」
「その、とりあえず頼んでみるというのはどうでしょう」
ジダトレは言った。他に何も思いつかなかった。
「頼む? 頭を下げ、人間のために戦ってくれと、そんなもので戦ってくれるなら、いくらでも下げるが、まぁ無理だろうな」
リザードマンはあまり感情的な生き物ではないと聞いている。しかも他種族の問題だ。情に訴えてどうかなるものではないだろう。脅すのは最悪な手だ。逆にドワーフに味方しかねない。
「何か取引できる材料でもあればいいのですが」
「取引か、確か、サロベル湖は、何かもめていたな。リザードマンが魚を捕りすぎているとか何とか」
実際は逆である。サロベル湖の人間の漁師が網に使って乱獲したことにより魚の数が減っている。それを、サロベル湖の漁師がリザードマンの所為にしていた。
「ええ、魚のことで、漁師から、取れる量が減ったから何とかしてくれと陳情がありました」
領主の側近が言った。
「魚の数が減ったか。そういうことなら、リザードマンも困っているだろうなぁ」
「それは、まぁそうでしょう。リザードマンは魚が主食のようですから」
ジダトレが言った。
「漁業権を餌に味方につけられないか」
「リザードマンにですか」
「おそらく人間の漁師との間で魚の奪い合いが起きているのだろう。ならそれを解消してやればいい。サロベル湖の漁業権を一定数認めるから、人間の味方をして欲しい。それならどうだ」
「よい考えかと、それなら、交渉の余地が生まれます。それで、いかほど、与えるおつもりですか」
側近が言った。
「時間が無い、落としどころとしては、半分。最悪、サロベル湖を全部くれてやってもいい」
「しかし、それではサロベル湖の漁師が干上がってしまいます」
「仕方ないだろ。ドワーフが攻めてくれば、どのみち何もかも失う。奴らを何とかしないと、湖の一つや二つですむなら安いものだ」
申し訳ないとは思うよ。イグリットは付け加えた。
「それで、誰が行くのですか」
ジダトレは不安そうな顔をした。漁業権を巡るアレコレなど自分には全くわからない。ましてや、交渉相手はリザードマンだ。
「ふむ、私の息子をいかせよう。あれは法律を学んでいる。それなりの事務経験も積ましている。君も一緒に行ってくれ」
イグリットはジダトレに命じた。
国軍、ギリム山南の森
「いいんですか、こんなことして」
カルデは言った。
「よくはないが、命令だ」
国軍の指揮官であるモディオルは目を細めた。煙が辺りに充満している。
森が燃えていた。モディオル達が燃やしたのだ。カルデはモディオルの部下である。
「どうせ、噴火したら燃えちまうんだろ」
モディオルの部下であるスルガムヌは油壺をくくりつけた火矢を放ちながら言った。
「ここまで燃えるかどうかわからんだろう」
ギリム山から二十キロほど離れた南の森である。
「糧道だからな。この辺りも燃やしておかないと、意味が無い」
ここ、だけではない。モディオルは部下に命じて、ギリム山につながる道の森周辺に火を放っていた。ギリム山の南と西は森に囲まれている。そこを通れなくすれば、ギリム山からフエネ平原に行くためには大きく迂回しなければならない。
「しかし、森が燃えたら、回りの住人が困るのでは、もうすぐ冬ですよ」
冬になると、暖房用の薪が必要になる。
「困るだろうな」
「なら」
「ギリム山のドワーフが来たら、困るだろ」
「しかし」
「千二百の兵で、二万のドワーフは押さえられない。残念ながら、この策しか無い」
ギリム山周辺に火を放ち援軍を止める。最初、モディオルが軍事顧問のペックスに、この策をつげられたとき、カルデと同じような反応だった。他に方法がないと言われれば、確かに方法はなかった。
「そうだぜカルデよ。ドワーフ相手にまともに戦えば命がいくつあっても足りねぇ。ましてや二万だ。結果は、火を見るより明らかだぜ」
スルガムヌはゲラゲラと笑った。




