第二十二話、妥協
軍事顧問ペックス
王都トレビム、軍事顧問ペックスの部屋、古い書物が部屋の隅に積み上げられている。二人の男がいた。
「ドワーフですか」
浅黒い肌をした制服を着た短髪の男が言った。
「そうだ。モディオル、君に行ってもらいたい」
トレビプト国の軍事顧問であるペックスが言った。
モディオルは軍人である。
ペックスは二十年ほど前、トレビプトに傭兵団の団長として流れ着き、十年ほど前から軍事顧問として、この国の軍の強化と指揮を任せられている。
「行けと言われれば行きますが、どのぐらいの兵をつけてくれるんですか」
「千二百、内訳は騎馬隊二百に歩兵四百、後は傭兵と数合わせの新兵だ」
ペックスは申し訳なさそうに言った。
「ドワーフ相手にですか」
モディオルは困ったような顔をした。ギリム山のドワーフは二万いると聞いている。
「無理なのはわかっている。国としては体面を保たなければならない。領主から援軍を請われ、出しませんというわけにはいかない。だからといって、十分な兵を雇えるほどの金はない。だからこの数だ」
ペックスは兵の数を増やすよう要請はしたが受け入れられなかった。
「どうしてドワーフはバリイ領に攻め入ったんです」
「確実な情報ではないが、やつらの住処であるギリム山がもうすぐ噴火するそうだ。新たな住処を求めてお引っ越しというわけだ」
「同情しますが、人にとっては迷惑な話ですね」
「そうだな、国が本腰を入れられないのも、その辺りに原因がある。避難場所を求めてのことであれば、話し合いの余地があるのではと思っている」
「確かにそれはその通りですね。しかしペックス様は、そうは思っていないのですね」
「話し合いで解決してくれればありがたいが、国や領主がドワーフのために長期間金を出すとは思えない。そのことをドワーフたちも理解している可能性がある」
「飢えた難民にならぐらいなら、余力があるうちに戦争して奪い取ろう。そんなところですか」
「そうだ。領地を切り取った後で交渉、そのように考えているのかもしれない」
「割と理にかなってますね」
「ドワーフは戦略的に正しいのだよ。生き残るために必死になって考えている」
「人間側の対応はどうなんですかね」
「後手に回っている。判断も遅いし、危機感も薄い、国と領主との間の溝も深い。近隣諸国の動きもある。もし内乱が広がれば、それに乗じて攻めてくる可能性がある。そのため兵の数を温存しておいた方がいい。と考えているものが多い。最大数で、すみやかに潰してしまった方がいいのだが、保険を求めたがる政治家は、その辺りのことを理解してくれないのだ」
「その辺の事情は、わからなくはありませんが、ドワーフの強さはご存じでしょう。いくら何でもその兵力ではどうしようもありませんよ。噴火の情報が正しければ、奴らには後がない。数で劣っている上、ドワーフは強い」
「わかっている。ドワーフの傭兵を雇い人間の兵と戦わせてみた。一対一では話にならない。二対一でも厳しい。三対一でようやく互角、実戦でミスリル合金の鎧に身を固めたドワーフとなると、五対一でも難しいだろう」
力が強い、技が巧みというだけではなく、人とドワーフ、戦士としての覚悟の差のようなものを感じた。戦場となるとその覚悟の差はさらに開く。
「それがわかっていて、戦いに行けと、バリイ領でも五、六千の兵を集めていますよ。千二百はちと少なすぎませんか、しかも、半数は使い物になるか怪しい」
「兵を出した、という実績が欲しいだけなのだ。負けても勝っても言い訳ができるからな」
政治家は、と付け足した。
「言い訳のために兵を出すなんて、軍人にはわからない考え方ですね」
「私は、そのあたりのことが、少しわかるのだよ。残念な話だがね」
ペックスは皮肉めいた笑みを浮かべた。長年、王の下、政治家と軍人の間に立って働いてきた。
「この兵力では、バリイの軍に合流するしかないですね」
「いや、合流せず、ギリム山からの援軍と兵糧を断って欲しい」
「ギリム山に残っているドワーフが合流するのを防げと言うことですか」
「そうだ。お互い兵力を小出しにしているような状況だ。ドワーフの兵がさらに増えれば、勝つことがむつかしくなる」
「しかし、ギリム山には二万近くのドワーフが残っているんでしょう」
「その通りだ」
「とてもじゃないが太刀打ちできませんよ」
「奴らの動きを止めるだけでいい」
「千二百でですか」
「策がある。後で多少文句を言われるかもしれんがな」
ソロン
ソロンは、ドルフの陣に二日ほど滞在した。
帰り際、親書の返信を渡された。
「これは、私が領主に渡さなきゃならないと言うことなのだな」
ソロンは顔をしかめた。
「ああ、頼んだぞ」
ドルフはいった。
「いい加減元の生活に戻りたいものだ」
「あきらめろ。おまえは肩までどっぷりつかっている」
「どちらかの味方をする気は無いぞ。私はエルフだからな」
「ああ、それでいい。それだからこそ、おまえさんに見届けて欲しいんだ」
ドルフは笑った。
ソロンとヘセントの二人は馬に乗り、領主の元へ進んだ。
「ドルフ王の目的は何なんでしょうか」
ヘセントが言った。滞在中、ヘセントは何度かドルフと話をしていた。ドルフはいやそうな顔をしながらも、応対していた。
「さあな」
ソロンはそう言いながらも、およその見当はついていた。おそらく、アリゾム山をねらっているのだろう。昔、ドワーフの鉱夫に、アリゾム山にミスリルの鉱脈があると聞いたことがある。ギリム山のドワーフが戦をしてまで手に入れたいものと言えば、鉱山しかない。ソロンはそう考えていたが言わなかった。人の味方でもないのだ。
フエネ平原
「なぜ、奴らを攻めないのですか」
プロフェンは幕舎でザレクスに言った。
「この人数ではどうしようもない」
ザレクスは言った。歩兵隊の隊長であるザレクスは、フエネ平原に残るドワーフ討伐の指揮を任されていた。
「しかし、奴ら、こうしている間にも、陣地の強化を行っています」
ドワーフの兵は、地面を掘り土嚢を木の柵の内側に積み上げ、囲いの守りを強固にしていた。
「わかっている。だが、あの柵を壊し、ドワーフを倒せるだけの兵力は無い」
「いなければ集めればいい。民兵でも傭兵でも集めればいいのです」
「ただの民兵に手に負える相手ではない。数に頼って攻撃すれば犠牲が増えるだけだ」
「このままでは、奴らの思うつぼでは、ギリム山には、まだまだドワーフがいます。奴らと合流すれば手がつけられません」
「その場合は、我々はオラム砦に引き、そこで対応するしかない」
「そんなことになれば、リボル様が挟み撃ちになるではないですか」
リボルの軍は、南にいるドワーフの軍へ向かって南下している。
「そうなるな」
「では、そうなる前になんとしても奴らを倒さなければ」
「わかってはいるが、どうしようもない。リボル様からも無理に攻めるなと命令を受けている」
「しかし、このままでは」
「もし、ギリム山の援軍が来るなら、もっと早く来ているでしょう。二千のドワーフの兵が南に移動しています。フエネ平原のドワーフは陽動の可能性が高い。リボル様はそう考えたのではないですか」
副隊長のベネトが言った。
「しかし」
プロフェンはしばらくごね幕舎から出て行った。
「やれやれ、元気なのはいいことだがね「」
ザレクスは頭を掻いた。何度か同じようなやり取りがあった。
「我々にぶつけられても困りますね」
副隊長のベネトはいった。
「だが、プロフェン殿の言っていることは正しい。このまま攻めなければ、先はないぞ」
「ええ、わかってますよ。ですが、無理なもんは無理なんですよ」
「援軍はどうだ」
「領主様にお願いしましたが、これ以上は難しいようです。リボル様がかなり厳しく兵を集めたようで、まともな兵力は残っていません」
「数をそろえたところで、あのドワーフに通用するとは思えん。ある程度の練度と装備がなければ民の数が減るだけだ」
「戦争ですからね、ある程度の犠牲は仕方ないとしても、この戦争には、人間側にメリットがなさ過ぎます」
「勝ったところで、得るものは無いからな。今いるドワーフの兵を一掃したとしても、ギリム山のドワーフは丸々残っている」
「どこで妥協するか、そういう戦争になっているのかもしれませんね」
ベネトはため息をついた。




