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第二話、宣戦布告

 およそ二ヶ月ほど前のことである。

 エルバ村の近くのギリム山に住む、ドワーフのために、毎年祭りが開催されていた。毎年多くのドワーフがエールを求め集まり、村を潤わせた。ところがである。いつもは祭りの一週間前にもなれば、そわそわとした様子で麓に降りてくる山のドワーフが一人も降りてこなかった。

 エールの蒸留も終わり、祭りが開催されても、ドワーフたちは村に降りてこなかった。山に何かあったのかと、エルバ村のもの達は心配した。


 それから一ヶ月と半分ほど過ぎ、農作物の収穫も一通り終えた頃、鎧に身を固めたギリム山に住むドワーフの一団が、先触れもなくバリイの領主に面会を求めた。何事かと、領主が迎えるとドワーフの使者はその場で宣戦布告を行った。領主は事情を聞いたが、ドワーフたちは王命であるとそれ以上のことは何も答えなかった。


 翌週、鎧に身を固め戦斧や長柄武器を持ったドワーフの軍勢が現れ、麓のエルバ村を焼いた。

「なぜだ。なぜこんなことをする」

 村人は逃げながら、火を放つドワーフをなじった。ドワーフは何も答えなかった。


 村から避難した人々の多くは、その近くのエルリムへ逃げた。

 バリイの領主は、五百の兵を出した。指揮官はエルリム近くの丘の上に陣取った。五十人ほどのドワーフが丘の斜面を登ってきたため、人間側は、二百人の兵を出した。ドワーフの兵、五十とぶつかったがあえなく敗退した。何度か小競り合いを繰り返し、人間側は戦線を少し下げ、開けた川沿いまで下がった。


 そこで柵を作り、守りを固めた。ドワーフの兵は三百ほどに増えていた。川をまたいだ場所に現れたドワーフに対して、指揮官は矢で応戦した。ドワーフは両刃の斧を顔の前にかざし、矢が飛び交う中、川をゆっくりと渡ってきた。矢は斧にはじかれるか、ドワーフのミスリル合金の鎧にはじかれた。

 しばらく川を進んでいたドワーフは足を止めた。川が存外深いことに気づいた。水量も多い、このまま前に進めば背の低いドワーフは川の水に流されかねない。ドワーフはゆっくりと後退した。

 人間の兵は歓声を上げた。

 ドワーフたちはしばらく、川沿いを歩き、渡れそうな浅瀬を探した。いくつか橋はあったが、すでに人間側は先回りし焼き落としていた。かなり迂回しなければ川を渡るのは難しそうだった。ドワーフの兵は姿を消した。しばらくすると森の中から音が聞こえた。斧で木を切る音がした。

 人間の兵は顔を見合わせた。

 一日たつと森の中から、木と蔓で作った筏を運ぶドワーフの兵達が現れた。

 対岸にいた人間の兵はすでにいなかった。


 バリイの領主イグリットは頭を抱えていた。ドワーフからの突然の宣戦布告をどう対処していいか悩んでいるうちに、ギリム山の近くの村が焼き払われた。慌てて兵を出すと、その兵も蹴散らされた。

 バリイ領、東に位置するギリム山のドワーフは、長年よき隣人であった。そのドワーフがかくも凶暴で手強い敵になるとは思ってもいなかった。そもそもなぜ襲われなければならないのか意味がわからなかった。

「エールを求めてでしょうか」

 重臣の一人が言った。民の間では、そんなうわさ話をする者もいる。

「そんなふざけた理由で攻めてくると本気で思っているのか」

「いえ、しかし、ドワーフが人間を攻める理由がありません。そもそも彼らは日の光をあまり好まないのでは」

「積極的に好むわけではないですが、別段嫌っているわけでもないですよ。普通に地上で生活している者もいます」

 別の重臣が言った。

「では、なぜなのだ」

 宣戦布告をしに来たドワーフたちから、なんの説明も無かった。

「彼らの住む山に何かあったのかもしれません」

「なにがあったのだ」

「わかりません。鉱物が出なくなったのか。あるいは、山自体に住めなくなったのか」

「まずそこから調べる必要性がありそうだな」

 領主のイグリットはため息をついた。数百年にわたって山のドワーフと人間は、近すぎず遠すぎず、互いにあまり干渉し合わなかった。そのつけがここに来て現れたといってもよかった。

「ドワーフの軍は今どこにいる」

「エルリムの街の外に、陣を張っているようです。数はおよそ六百」

 領軍の最高指揮官であるリボルが言った。

「勝てない数ではないが」

 領内の兵をかき集めればあと二千は用意できる。なるべくなら避けたいが国軍に頼ることもできる。

「ただ奴らはかなり精強で、ミスリル合金の鎧で身を固めておりまして、弓矢も通じず、槍も通しません。いささか苦戦している状態であります」

 リボルは釈明した。

「勝てぬのか」

「いや、勝てないわけでは、ご命令があればすぐにでも、しかし、かなりの犠牲が出るかと」

「それほど強いか」

「ドワーフですから」

 リボルは顔を伏せた。

「そもそも、山のドワーフはどれぐらいるのだ」

「正確な数はわかりませんが、四十年ほど前の記録では、二万近くいるとか」

 重臣の一人が答えた。

「二万か、ギリム山の坑道にはそんなに住めるのか。女が半数として、戦えるのは多くても四千から五千と言ったところか」

 眉をしかめた。

「彼らは人と比べ長命です。戦える者は多くなるのでは」

「そうか、人とは寿命が違っていたな。確か三百年近く生きると聞く。百歳生きてても、彼らの基準では壮年なのだな。そうなると実戦経験を持つ者が多数いると言うことになるのか」

「ドワーフは女性の数が男と比べ少なく、三分の一程度と言われています。おそらく、寿命が長い分、増えすぎないよう、女性が生まれてくる確率を下げているのでしょう。ですから、男の数が、もうちょっと増えます」

「もっと数が増えるということか。では、エルリムの街の外に陣どっている兵以外のドワーフはどこにいるのだ」

「わかりません。領内に斥候を放っていますが、いまのところ六百以外は確認できていません」

 リボルが答えた。

「他の場所も狙っている可能性もあると言うことだな」

「はい、各地に伝令を出して、守りを固めさせています」

「エルリムの守護兵は何人いる」

「元々いた兵が百、援軍をさらに出しましたから、今八百程度です」

「大丈夫なのか。エルリムを抜かれると、ここバリイの街まで、オラム砦とサロベルぐらいしか残っていないぞ」

「エルリムの壁は、古いですがかなり頑丈にできております。ドワーフの斧も城壁には無力でしょう。それに攻めるより守る方が容易です。市民からも兵を募ることも可能です。食料も十分ありますし、壁を盾に相手の出方を見てはどうでしょう」

「なるほど」

「あの、その、エルリムの壁ですが」

 重臣の一人が手を挙げた。長年領内の普請を行ってきた人物である。

「なんだ」

「確か、エルリムの壁は、二百年ほど前にドワーフがエルリムの民との友好の証に作ったはずです。あまり、信用できないのではないでしょうか」

 おずおずといった。

「援軍をさらに増やせ、二百、いや五百、送れ」

 領主のイグリットはいった。

「しかし、それでは、他の守りが手薄になります」

「いいからやれ、今すぐだ」

「はっ」

 リボルは顔を少し赤らめ席を立った。

「ドワーフの軍はリボルに任せるとして、ドワーフが攻めてきた理由だ。誰か心当たりはないか」

 重臣を見渡したが、誰も答えなかった。

「では、誰か、ギリム山のドワーフに詳しい人物はいないのか」

 イグリットは重ねて尋ねた。

「確か、グリオム山にいるソロンというエルフがドワーフと交流があると聞いたことがあります」

「エルフか。エルフとドワーフは仲が悪いと聞いたことがあるが」

「ええ、私もそれを聞いて記憶に残っていたのです。昔、そのエルフと、ギリム山の王ドラムはともに旅をした仲だとか」

「ほう、そのような間柄か。ならば何かを知っているのかもしれんな。そのエルフは、グリオム山で何をしているのだ」

「生物学者だそうで、あちこちを旅しながら、いろんな生物の研究をしているそうです」

「ずいぶん変わったエルフのようだ。グリオム山ならそう遠くはない。人をやって、そのエルフを連れてきてくれ」

「承知しました」


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