第十八話、アリゾム山、ソロン
アリゾム山
フエネ平原から南西、アリゾム山、およそ五十年ほど前、アリゾム山周辺は山賊の住処であった。当時のバリイ領主が兵を出し征伐した。その後アリゾム山山岳部隊が作られた。降伏した山賊が、部隊に編入されたため、山岳部隊の立ち振る舞いは軍隊のそれとは少し違い、緩い部分があった。
「ドワーフの連中どうする気なんですかね」
ズッケルはスープをすすりながら言った。
デノタス率いる山岳部隊は川でたき火をしていた。捕った川魚を木の実とともにすりつぶし、団子を作り、スープが入った鍋に入れた。中には干し野菜が入っている。
「さぁ、知らないな」
先輩隊員のマッチョムが答えた。どこから取り出したのか酒を飲んでいる。
「エールを求めて攻めてきたってのも本当の話なんですか」
「エールを求めてってのはがせだ。やつらエール祭りに出てこなかったそうだ」
隊長のデノタスが言った。
「じゃあ、何のために攻めてきたんです」
「なんか事情があるんだろうな」
「こっちにも来ますかね」
「こんな山奥に来るわけないだろ。行くとしたら領主様がいるバリイムの館を目指すんじゃないか。ここは、南に外れているからな。そのまま西に、進んでオラム砦を落として、サロベルの町を燃やし、領主様がいる館を攻めるんじゃないか。そうすれば、ギリム山、オラム砦と連携して守ることができる。その後、領地を増やしていけばいい」
「ドワーフがそこまでしますかねぇ。奴ら強いが、職人と戦士の集まりだ。人間を支配しようなんて発想がありますかね。国だって黙っちゃいないでしょう」
マッチョムがちびちびと酒を飲みながら言った。
「そうだな、そりゃあ、難しいなぁ。攻めるだけ攻めて、どっかで和平交渉でもして、なんかぶんどる気なんじゃないか」
「ドワーフの欲しがるものってのは何ですかね」
「そりゃあ、あれじゃないか。女は好みがあるだろうし、酒、じゃないかな」
デノタスはマッチョムが持っている酒瓶を見つめた。マッチョムは酒瓶を守るように背を向けた。
「ドワーフって、そんなに強いんですか」
「強いよ。前衛をはれるドワーフが弱いわけ無いだろ。それが百人単位でおそってくるんだぜ。まともにぶつかれば人間側に勝ち目は無いな。悪夢だよ」
「まじっすか。じゃあ、もし、こっちにドワーフが攻めてきたらどうするんです」
「戦うさ」
「でも、勝ち目がないんじゃないんですか」
「正面から戦えば勝ち目は無いさ。山ん中なら俺たちは負けねぇよ。まぁ、こんなところには絶対来ないだろうがな」
デノタスは笑った。
バリイ、領主の館
「その、エルフのソロン様でいいのですか」
バリイの領主、イグリットは執務室で、ヘセントが連れてきたソロンを見ながら、言葉に詰まった。緑色の髪にとがった耳、分厚い唇に頬がたるみ、あごは肉に埋まっている。知的な雰囲気があり、清潔感もある。エルフであるとは思うのだが、自信が無かった。
「はい、この方は、エルフのソロン様です」
ヘセントは答えた。
「そうか、いや、わざわざどうも、ご足労いただきありがとうございます」
イングリットはソロンとヘセントに席を勧めた。
「ドワーフとの戦の件を聞き、思い当たる節があり確かめにきたのです」
ソロンはいった。
「おお、では、ドワーフが攻めてきた理由を知っていると言うことなのですか」
「知っているとまではいえません。ただ思い当たる節が一つあります」
「して、それは何なのですか」
「ギリム山の噴火です。およそ三千年ほど前に一度噴火をしています」
「噴火か、なるほど、噴火か」
そのような話をイグリットは聞いたことはなかったが、長い寿命をもつエルフならば三千年前の話も知っていてもおかしくはない。
「そのことはギリム山のドワーフの王であるドルフに何度か伝えていたのですが、対応をしていなかったようなのです」
「では、噴火する山から避難するため、攻めてきたということですか」
「そういう可能性があります」
「エルリムを燃やしたのもそういうことか」
あそこはギリム山に近すぎる。いつ噴火するかわからない場所に拠点を作ることはできない。かといって下手に残しておけば、人間が拠点にしたり住む可能性もある。
「ええ、残しておけば人が戻ってきますからな」
「施しを受けるぐらいなら奪ってやれ。盗人の発想だな」
もし噴火が起これば、バリイ領自体無事では済まない。人間も避難しなければならないだろうし、農作物への影響も出るだろう。貧しい土地ではないが豊かな土地でもない。住処を失った二万のドワーフに十分な支援をする余裕など、バリイ領にはない。国と各領主が分担して支援に当たることになる。おそらく、ろくな支援は受けられない。人が治める土地なのだ。ドワーフの支援は人の下になる。ドワーフは、ぼろを着た乞食よりも、血にまみれた盗賊を選んだのだ。
「かも、しれませんな」
ソロンは悲しげな顔をした。
「しかし原因か噴火ならば、この無益な争いを終わらせることができるのではないでしょうか」
「そうかもしれません」
そう簡単にいく話なのだろうか。ソロンは領主の言葉に疑問を感じた。
噴火という特殊な事情があったとしても、ドワーフは人間の兵を何人も殺している。町も焼いている。人は、人という生き物は、そのことをあっさり忘れることができるのだろうか。エルフなら、その恨みを簡単には忘れない。同族同士であれば時間をかけ和解することもあるだろうが恨みの対象が寿命の短い種族ならば、相手が生きている間に和解するとは限らない。和解できず、その恨みが時と共に毒のように蓄積していき、個人ではなく種族に対する嫌悪感になる。だから、エルフは孤立するのだ。
「ソロン様はドワーフの王とはどういった関係なのでしょうか」
「友人です。昔、一緒に旅をしたことがあります」
「ほう、そのようなことが、それは非常に、その、お願いがあるのですが」
領主のイグリットは少し前のめりになった。
「なんでしょう」
「ドワーフとの間に立って、和平の使者になってもらえないでしょうか」
「私がですか」
「ええ、争いが始まってから、何度か使者を送っているのですが、すべて門前払い、あってもらえないのです。あなたなら、エルフでありドワーフの王の友人であるあなたなら、ドルフ王と会うことができるのではないでしょうか」
「しかし、私はただの学者です。そのような重要な任務を行う力はないのです。ただ、噴火の件が事実なのかどうか確かめに来ただけです」
「それも確かめていただければありがたい。ですが、それだけでいいのでしょうか。このまま何もせず、争い続けていたら、一体どれだけの人間が、ドワーフが死ぬことになるでしょう。それを防ぐことができるのは、だれでしょうか。我々ではドルフ王とあうこともできないのです。あなたなら、エルフであり、ドルフ王と友人であるあなたなら、人間とドワーフの間に入り互いの仲を取り持つこともできるのではないでしょうか。どうか、人とドワーフのためにも一肌脱いでいただけないでしょうか」
領主のイグリットはソロンの手を握りしめながら言った。いささか芝居がかってはいたが、説得力はそれなりにあった。人とドワーフ、ともに死者が出ると言われ、知ったことかといえるほど、ソロンは冷たくはなかった。
「ええ、わかりましたよ。ですが、和平の使者というのは勘弁していただきたい。あなたからの親書を渡すという形でどうでしょう。それ以上の協力はできません」
「ありがたい。早速親書をしたためますので、しばし別室でお休みください」
執事が現れソロン一行を別室に案内した。




