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第十三話、悪口

「バカー、あほー、かすー」

 バリイ領軍、歩兵部隊長のザレクスは叫んだ。フエネ平原、一キロほど先にドワーフの堅牢な陣がある。

「隊長、もうちょっとなんか、いい悪口が言えないもんですかね」

 副隊長のベネドが言った。目のくりっとした童顔の男だ。

「急に悪口を言えといわれても、思いつかん」

 ザレクスは困ったような顔をした。

 ドワーフを誘い出すため、ドワーフの悪口を叫ぶよう、指示を受けていた。そのため、ザレクスは、頭を振り渋って考えた悪口を言っているのだが、育ちが良いせいか、語彙が足りない。ザレクスの言葉にあわせ、歩兵隊全員が同じようなことを叫んでいたが、あまり効果はなかった。

「それじゃあ、短気なドワーフだって怒らないでしょう。いいですか。私がとびきりの悪口を教えて差し上げますよ」

「頼む」

「いいですか。ようく、聞いてくださいね。おーい、くそドワーフの、へちゃむくれ野郎! 短足! 短小! ちんこっぱなの、はなたれうんこ! 陰毛ひげの臆病者! ゴブリンの○○に××に▽▽して、※※※してろ! てめえのケツの穴に、◎◎を●●して、ごりごりの□□□してやろうか! お山に帰って、穴掘って、○○かいて、ふて寝してろ! てな感じでお願いします」

 ベネドの言葉に敵も味方も静まり返った。

「おまえひどい奴だな。俺、そんな下品なこと、とてもじゃないがいえないぞ」

 ザレクスは心底嫌そうな顔をした。





(まずいな)

 ドワーフのダレムは回りを見渡した。兵の顔色が変わっている。怒りに満ちていた。

 人間は、こちらを丘の上から誘い出すため、煽っていた。最初の頃は、馬鹿だのあほだの、稚拙な悪口であったが、徐々に悪質になり、ひどく神経に障るようになっていた。

「なんだこらー、て、てめぇら、この、くそ、ぬううう、あああー、この野郎! うううん、馬鹿野郎!」

 ドロワーフは人間の悪口に対して、赤髪を振り回してなんとか言い返そうとしているが、うまく言葉が思い浮かばないようであった。

「わかっていると思うが、人間の挑発に乗ってしまってはだめだぞ」

「わかっとるわい! ぬぐぐ」

(暴発せねばいいが)

 ダレムは不安な気持ちになった。




「さすがに、出てこないか」

 領軍の指揮官であるリボルは言った。

 馬上にて、ドワーフの陣の様子をうかがっていた。

「ええ、やはり、歩兵を出して、じっくり攻めるしかなさそうです」

「馬で柵を引きはがすことはできないか」

「かなり作りが頑丈です。縄を柵に絡めて馬で引きはがすことができるかどうか」

 太い木材を組み合わせて作られている。地面に深く杭が打たれているように見える。

「近づいてたたき壊すしかないのか。油はどうだ」

「難しいでしょう。近くに川があります。水をくんで水がめにためているという報告もありますから、何度か繰り返せばそれなりの効果は出るかもしれませんが、どのみち犠牲は出るでしょう」

「歩兵を少し近づかせてみるか。もう少し近づいて、罵声を浴びさせろ」

「はっ」

 副指揮官のレマルクは指示を出した。




「あいつ、なにをやっているんだ」

 いつの間にか、ドロワーフがハンマーを担いで、柵の外に出ていた。

 ダレムはあっけにとられた。

「かかってきやがれ馬鹿野郎!」

 ドロワーフは人間の軍に対して叫んだ。静まりかえる。

「連れ戻せ!」

 ダレムは命じた。 




「ドワーフが一人出てきたな」

 リボルはいった。

 一人のドワーフが斜面を駆け下り叫んでいた。五、六人のドワーフが連れ戻そうとしている。

「馬鹿なドワーフが一人、こちらの挑発に乗って出てきたようですな。いかがいたしますか」

 副指揮官のレマルクはリボルを見ながらいった。

「一人二人出てきてもたいした意味は無いな。もう少し出てきてもらわないと、下手に攻撃して警戒されたら挑発した意味が無くなる」

「そうですね。では、このまま、挑発を続けますか」

「ああ、一人つれたんだ。意外と効果があるかもしれんな。しかし、歩兵部隊の隊長、ザレクスだったか、実直そうな顔をしていたが、あんなひどい悪口を言うとはな、人は見かけによらんものだな」

 リボルは眉をひそめた。




 五人のドワーフがドロワーフを連れ戻そうしたが、振り投げ飛ばされた。ドロワーフは人間の兵がいる方向に向かって歩きだした。

「あいつ、一人で戦う気か」

 ダレムはいった。

 人間側の動きはない。

「どうするよ。あれ」

 顔に傷のある、隻腕のドワーフが言った。メロシカムというドワーフの傭兵で、幅広の剣を持ち、肘から先のない左腕の代わりに盾をくくりつけていた。

「放っておけ」

 ダレムは吐き捨てた。




「剛毅な」

 ザレクスは一人陣を出て叫ぶドロワーフを見ながら言った。

「やばいすね」

 副隊長のベネドが言った。

「なにがだ」

「いや、これじゃあ、逆になっちまいます。挑発しておびき出そうとしたら、ドワーフ一匹、堂々と出てきた。どちらの方が男らしいかっていうと、あっちでしょ」

「確かに、遠くで悪口を言っている我々より、あのドワーフの方が遙かに立派だ」

「どっちの味方ですか。まぁ、客観的に見てもあのドワーフの方が立派ですよ。だから問題なんです。放っておくと士気に関わりかねない」

 人間側の兵の悪態が徐々に減り始めた。比例して、ドロワーフの声が平原に響く。

「人間ども! 臆病風に吹かれたか! かかってこい!」

 ドロワーフの声が平原に響く。

「あっぱれだ。勝負!」

 そう叫び、一騎、騎兵が飛び出した。

 それにつられ、他の騎兵が数騎続く。ドロワーフ目がけ騎兵が駆ける。


「くそ! 出るぞ! メロシカム、本陣の守りを任せた」

 やはり放ってはおけない。ダレムは、ドロワーフを止めようとしていた五人の兵を下げ、自身は兵を二百ほど連れて柵の外に出た。

「おう、任せておけ」

 隻腕のドワーフは言った。


「勝手に出おって」

 副指揮官のレマルクは渋い顔をした。

「まぁ、よいではないか。結果的に、敵のドワーフを引きずり出すことに成功したぞ。歩兵を前進させろ! 騎馬隊、敵ドワーフを蹴散らせ!」

 指揮官のリボルが命じた。

 歩兵隊二百が前に進んだ。百騎の騎兵も出た。

 先行し飛び出た騎兵七騎が、ドロワーフの元にたどり着く。

 ドロワーフはハンマーを構える。ダレム率いる斧槍隊は、まだたどり着いていない。

 先頭の騎兵が槍を脇に締め付け、体を右に傾け、ドロワーフにぶつかる。

 ドロワーフは、頭を前に兜で槍を受ける。槍はドロワーフの兜に当たり兜を飛ばす。同時にハンマーを振るう。ハンマーは馬の足に当たる。折る。馬は前方につんのめり回転する。騎兵は投げ出される。後続の騎兵がドロワーフの頭めがけ槍を突く。ハンマーを盾に頭部を守る。他の後続の騎兵がすれ違いざまに槍を繰る。ハンマーで防ぐ。いくつか鎧に当たり、浅い傷を負った。騎兵がすれ違う際、ドロワーフは騎手の足をつかんだ。そのまま片手で引っぱり、地面にたたきつけ、ハンマーで潰した。

 騎兵がドロワーフの背後に回り槍で突く。太ももの裏を突かれる。振り返り、ハンマーを振るう。

「えんがー!」

 馬の首の、付け根に当たる。馬が倒れる。騎手が落ちる。落ちた騎手をハンマーで叩きつぶす。

 ドロワーフは四騎の騎兵に囲まれた。馬上から槍でつかれる。四本の槍に突かれ、防戦一方になる。

 騎兵が一人が、くの字に曲がった。

 横っ腹に斧槍が突き刺さっていた。ダレムがたどり着き、斧槍で騎兵をついた。他の斧槍部隊もドロワーフの元へたどり着き、残りの騎兵をかたづけた。

「馬鹿野郎が」

「がっはっはっ、すまんすまん」

 ダレムが怒鳴りつけると、ドロワーフは笑った。

「戦えるよな」

 ダレムはドロワーフを見た。太ももの傷は布で縛ってある。あちこちから出血しているが、たいした傷ではなさそうに見えた。

「もちろん」

 ハンマーを地面にたたきつけた。


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