第十二話、エルフのソロン
領主であるイングリットに命じられ、山に住むソロンとかいうエルフの学者に会うため、僅かなともを連れて騎士のヘセントはグリオム山を登っていた。
「こんなところに、本当にエルフがいるんですかね」
ヘセントの従者が汗を拭きながらいった。
「村の人間の話が確かなら、三十年はここにいるらしい」
ヘセントは、二十代の細身の男だ。
麓の村の人間に、エルフのソロンのことを聞いたところ、山の中腹にある小屋に住んでいると聞いた。
「こんな辺鄙な山奥で何をしているんですかね」
「生物の研究をしているらしい」
「生き物ですか。何が楽しんですかね。こんな山の中で、学者さんの考えることはわからないですね。しかもエルフだ。とんとわかりません」
「そうだな、変わり者なんだろう」
ドワーフとの戦の最中だというのに、こんな山奥で怪しげなエルフに会うため、山登りをしている。主君の命令とはいえ、ヘセントは不満があった。
しばらく歩くと、少し開けた場所に来た。山小屋らしき屋根が見えた。
「客人とは珍しい」
ヘセントの背後から声が聞こえた。見知らぬ男の声、いつの間にか、背後に杖をもった太めの男がいた。
「いっ!」
ヘセントは、とっさに剣の柄に手をかけたが、男の杖が、ヘセントの手に軽く打ち込まれた。
「何やら私に用があるようだな。とりあえず話を聞こう」
男は背を向けた。
「あなたは」
「ソロンだ。山で三十年も生物の研究をしている変わり者のエルフだ。辺鄙なところだが、茶ぐらいは出すよ」
ソロンは、緑色の髪に尖った耳、顔は、かなりふっくらとしていた。顔だけではなく、全体的に肥えていたが、エルフであった。
話を聞かれていた。へセントの耳が赤くなった。
「失礼しました」
そう言いながらヘセントは前を歩くソロンの後を追った。
小屋の中は、雑多としていた。寝床は端に追いやられ、書物や紙束が乱雑に置かれていた。かまどのあたりには燻製された肉がぶら下がっており、香ばしい匂いがしている。瓶詰めされた生き物の標本だけが、不自然なぐらい、きれいに棚に並べられていた。
「さて、一体どのような用事かな」
へセントとソロンは、年代物の丸いテーブルを挟み相対し座った。へセントの従者は外で待っている。ヘセントの前に出されたコップの中には、爽やかな香りがする薄緑色の茶があった。一口飲むと、渋みと清涼感を感じた。悪くない味だった。
「私は、バリイの騎士へセントです。主、イングリットの命であなたに会いに来ました」
「ソロンだ」
ソロンはたるんだ喉を撫でた。
ヘセントは、かまどにぶら下がっている燻製の肉をちらりと見た。
「実は」
ヘセントは、ここに来た理由と状況を話した。
「ギリム山のドワーフが戦を」
ソロンは驚いたような表情を見せた。
「はい、ソロン様は、ギリム山のドワーフの王とお知り合いだとか」
「確かに、ドルフとは古い知り合いだ。奴が王になる前の話だが、ともに旅をしたこともあった。争いごとが嫌いな男ではなかったが、乱暴な男ではなかった」
「ドルフ王は、なぜバリイ領に攻め入ってきたのでしょうか。なにか思い当たることはありませんか」
ヘセントの問いかけに、ソロンはしばし考えた。
「一つある。あくまでも可能性の話だが」
「それは、なんです」
なにか答えが返ってくるなど、まったく、期待していなかったのでソロンの返答にへセントは驚きを感じた。
「噴火だ」
「噴火、ですか」
「ああ、三千年ほど前、ギリム山は噴火をしたことがある。エルフの歴史語りに聞いた。そのことは、ドルフに何度か忠告していたのだが、真剣に受け止めていなかったようだな」
ソロンはため息をついた。
寿命が長いエルフは、古い歴史を、口承によって伝えていく文化がある。
「三千年前では、なかなか重く受け止めるのは難しいでしょう」
ドワーフの寿命は三百年程度、エルフとは感覚が違う。
「奴も同じようなことを言っておった。三千年前のことなんて考えてられるかよ。とな」
「噴火すると、ギリム山はどうなるのですか」
噴火、という物自体、言葉としては知っていたが、どのようなものか、ヘセントはあまり知らなかった。
「住んでいたら全滅だろう。地下のマグマがドワーフの鉱山を焼き尽くすことになる。もちろんこの付近もだ」
「では、噴火から逃れるために、バリイ領に宣戦布告をしたということですか」
「かもしれないという話だ。実際のところ何があったのかはわからない」
「仮に、噴火が事実として、山の噴火が収まるまで、避難すればいいのでは」
「いつ収まるかわからん。それに、噴火が起きた山に再び住む気になれるか。二、三十年は無理だろう」
「しかし、何もだからといって、戦争をしなくても、同情はしますが、焼け出された村の人たちや、殺された兵もいるのですよ。そんなの身勝手だ」
「まったく、その通りだ。奴の選択は間違っているとしか思えん。奴には奴の事情があるかもしれんがね。村を焼いたのは、おそらく、そこに人が戻ってこないようにするためだろう。噴火が起きれば、ギリム山周辺はどのみち火の海になる。村を焼かねば、人間は、また戻って来る。避難の二度手間になるのを防ごうと考えたのかもしれん」
「普通に話してくれれば、人間は、納得しましたよ。彼らのドワーフの避難場所も用意したはずです」
「ふむ、かもしれん。かもしれんが、そう思わない者もいたのだろう。噴火が起これば天候も狂う。食糧の確保も難しくなる。人間は自分の食い扶持を減らしてドワーフに食べ物を与えるだろうか。一年や二年の話ではないのだ。数十年、かかるやもしれん。ドワーフと人間は同族ではない。人間はそこまで寛容か、ドワーフはそこまで我慢強いか。国を失った者の末路は悲惨だ。帰れたところで、そこは、元のギリム山ではないかもしれん。二度と住むことのできな瓦礫の山と、かしているかもしれない。流浪の民として生きるよりも、たとえ身勝手だとしても、どこかに自分達の居場所を手に入れたい。そう考えたのかもしれない」
「しかし」
「すべて推測だ。私にはわからん」
ソロンは首を振った。
「では、ソロン様、確かめに行かれてはどうでしょうか」
「私がか」
少し驚いた表情をした。
「ええ、他にドワーフの王と知り合いの者などいません。ソロン様でなければ、この事実を確かめられないのではないでしょう」
この太ったエルフは極めて重要な情報と人脈を持っている。今の状況を打開できるかもしれない。ヘセントはそう考えた。
「戦争中にか」
ソロンは顔をしかめた。
「ええ、ソロン様はエルフです。少し太っていて、見栄えはあれですが、エルフです。オークと間違われて討伐される危険性はありますが、ドワーフの王と知り合いならば、捕まり殺される可能性は少ないのではないですか」
「何か悪口が聞こえたような気がしたが、それはいいとして、一理ある」
「行きましょう。ドワーフの王に会い、どういうことなのか問い詰めましょう」
ヘセントは立ち上がった。
「今行くのか」
「もちろんです。ソロン様の言うことが事実なら、この戦争を止められるかもしれません」
「あまり気は進まぬが、戦に噴火となると、さすがに、ほうっておくわけにもいかんか」
「その前に一度、領主の元へ行きましょう。許可をいただかねば」
「まったく、やっかいなことになったものだ」
ソロンは重い腰を上げた。




