孤児・ソフィア
その日、シルフィエッタはレイナードを連れ、城下の街を歩いていた。
「アドワースの奴! あれだけ来るようにいっておいたのにぃ……」
「父君の墓参りだそうですよ。姉さんが何といおうと、これだけは譲れないと仰ってました」
「あいつめ、帰って来たら、どうしてくれようか……」
レイナードとアドワースが、シルフィエッタの部下になって、十日程が過ぎ去ろうとしていた。
当初、アドワースは何かにつけ、レイナードに食って掛かった。
「疫病神め! てめーのせいで、面倒くさいことに、なっちまったじゃねーか。そのツラ、一生忘れねぇからな」
相反する性格からか、一見、打ち解けないように思われた。しかし、ふたりは以外にも相性が良かったようだ。
剣術のできないレイナードをアドワースが教え、逆に、学識のないアドワースをレイナードが補った。
気がつけば、楽しそうに笑い合う二人の姿があった。
心の奥底に仕舞い込んである、志を分かち合えるような理解者は、望んだからといって得られるものではないのかもしれない。
「それで、今日は何をするのですか?」
遠慮がちに尋ねるレイナードに、シルフィエッタは答えた――
「形としては、街の巡回。その中で例の事件の手がかりを探す……」
そうはいったものの、状況はすでに手詰みの感があった。何分、情報が少なすぎる。
「昼過ぎ、ベルライト博士の所に行ってみようか」
「それが良いかもしれません」
レイナードが答えたとき、商店が立ち並ぶ通り沿いで怒鳴り声があがった。
「この野郎! ふざけるなよ!! この盗っ人め……」
見れば、大男が垂れ下がる様な布をまとった少女をつるし上げていた。
(あれは、オービスの……)
「このパンはな、俺様が朝早くから仕込んで焼き上げたんだ! それを金を払わず、食い散らしやがって!!」
無抵抗の少女に、男は拳を振り上げた。
「待て! もう、それくらいにしておけ」
「これは、騎士様……だけどよぅ、俺だって――」
「善悪もわからないような、子どもがしたことだ」
そういって、シルフィエッタは少し多めの銀貨を男に握らせた。
「へへっ、そうですね……そうですとも! 子どもには優しくしなきゃ、いけませんな」
男は機嫌を直して、去っていった。
「さてと、お嬢さん、お名前は?」
「ソフィア……」
苦しそうにせき込みながら少女は答えた。
「何で、あんなことをしたの?」
「しんぷさんが、たべていいっていった」
「神父さんが?」
「せかいがフジョーリで、たべたいとおもえば、たべていいっていった。オネーサンは、たべないの?」
シルフィエッタは、どきりとした。
世界は優しくない――親友のリーゼの口癖だ。もし、飢えているとき、金銭の持ち合わせがないと逡巡していたら、生きていけないかもしれない。
少女がいう神父は、そういった世間の厳しさを踏まえた上で、無銭飲食を可と教え込んだのだろう。だけれども、それは本当にこの少女のためになるのだろうか?
「いい? ソフィアちゃん、聞いて。何かをするとき、それが他の人たちにいいよっていってもらえるか、喜んでもらえるか、それをよーく考えてね」
「わかった」
根は素直ないい子なのかもしれない。詰め所にいた騎士たちに送られていく少女の背中を見つめながら、シルフィエッタは複雑な気持ちになった。
ああいった子どもたちが、生きづらい世の中をつくり上げているのは、自分たちなのだ。だけど、こんな私に一体何が出来るというのだろう?
生まれた時から王女であったシルフィエッタは、その生真面目さゆえに、少女に対する責任と自分の無力さを感じていた。
シルフィエッタは、振り向きながらレイナードにいった。
「何だか、疲れちゃったな。少し休んでいこうか。ベルライト博士に手土産を買っていかないとね」
「ええ、そうしましょう」と、レイナードは答えた。
俯いた彼女の表情は、いつになく、寂しそうにだった。
あの時、僕は彼女に対して何も優しいことばをかけてあげられなかった。
あの日、僕は彼女の弱さを知った。賑やかな街の通りには、多くの人たちが行き交っていた。
楽しそうに微笑んだ人たちが、僕の横を通り過ぎていった。




