目覚めし魔女と眠れる王
ホノミスの王城の仄暗い謁見の間で、二人は厳しい表情で向かい合っていた。
「オウル団長は、メドレーナの昔話を知ってるかい?」
皇太子・クラヴィスの問いに、ホノミス軍切っての智将・オウルは答えた。
「古の二大勇者のひとり、タジニウスに倒された魔女だと聞いております」
「そう、だけどね……彼女にはそれ以前の、もっと若い頃のお話があるんだ。一般には知られていない伝承がね」
そういうと、クラヴィスは王家に伝わるメドレーナの話を語りだした――
「かつて、彼女は敬虔な修道女だった。今はオービスの領地になっているメドル地方に住んでいて、本名をミルセリアといった……」
その少女は、水の女神・ネミレアヌスを信仰し、毎日祈りを捧げることを欠かさなかった。ある晩、そんな彼女の夢の中に、女神が現れていった――
『お前の心には、淫らで邪なところがある。その存在がある限り、お前の信仰は叶わないだろう』
ミルセリアは絶望した。いっそ、死んでしまおう――そんなことを思いもした。だけど、彼女は諦めなかった。
家族を捨て、自分自身も捨て去り、ただひたすらに神に愛を捧げた。それを見ていた、女神ネミレアヌスは彼女を哀れに思い、その純粋な心だけをくみ取って、神界に招き入れた。
「そして、ミルセリアは水の従属神となった。一方で、地上には、打ち捨てられた心と体だけが残った」
「それが、メドレーナですか?」
オウルの問いにクラヴィスは答えた――
「そう、悲しい話だよね。私は、最初この話を聞いた時、メドレーナに同情してしまった。その後は、知っての通り、罪のない人たちを殺す魔女になり果ててしまうんだけどね」
「その人殺しにつかわれたのが、例の?」
オウルは、クラヴィスの考えていることがわかり始めた。
勇者・タジニウスが、ホノミスに持ち帰った剣――いわゆる魔女の剣でメドレーナは人を殺め、その心臓を好んで食したという。
盗まれた魔女の剣、胸部がえぐられた遺体、メドレーナの伝説、そういった個々の話がひとつに結びついて伝わってしまえば、市政は大いに混乱するだろう。そうなる前に――
「そうなる前に、剣を取り戻し、犯人を捕まえなければなりませんな」
「然り、なんとしてもだ。だが、騎士団が表立って動くと目立ちすぎる。私は、この件をシルフィエッタに任せようと思う」
「姫様に?」
「シルフィーも、すでに十八歳、立派な大人だ。少々世間に疎いところが心配ではあるが、部下もつけたし、何とかやってくれるだろう」
「すると、騎士団は?」
「もしもの時に備えて、待機だ」
「承知仕りました」
騎士団長のオウルが一礼をして部屋を出ていくと、クラヴィスは玉座の裏にある扉を開き、奥へと向かった。
幾重にも続く扉を潜り抜けると、小さな小部屋の前に、王宮の侍従長・ルーファスが控えていた。
「ご容体は、どうだい? ルーファス侍従長」
「あまり、思わしくはありません。長年のご無理が、祟ったのでしょう……」
「中に入る。誰も通さないように」
「はっ!」
簡素な部屋の中には、寝台が置かれていた。その上に、仰向けになった老人が大きな口を開け、いびきをかいていた。
やつれて、艶のないその顔を見て、気づける者は少ないだろうが、そこに眠る老人は正に現ホノミス王・ロミオスⅡ世であった。
クラヴィスは、意識を失い続けるロミオスのしわが刻まれたその手を握りしめた。
「偉大なるあなたがこのようなときに、私はどうすればいいのしょうか?」
いつの時も、屈託のない笑顔を見せるクラヴィスが、誰にもさらけ出さない自身の弱さを呟いた。
(注釈)修道女・ミルセリア
ミルセリアとメドレーナの関係性については、諸説があり、ホノミス王家に伝わる話と異なるものが存在する。
老衰で亡くなった死体が復活して、メドレーナになったとする話。
姉妹(もしくは双子)の姉が神界に招き入れられ、それを妬んだ妹が魔女になったとする話。
そもそも、ふたりは血の繋がっていない親友だったとする話。
主に、前述のような話が有名だが、中にはミルセリアは、ひとつの胴体にふたつの首(二面性)を持つ悪しき邪神であるというようなものも存在する。




