レガシィ
クラヴィスとネルセンは、急ぎ王宮へと向かった。謁見の間の奥に進むと、ルーファス侍従長が膝をついて控えていた。
「私が付いていながら、この様な事態に……力およばず、申し訳ございません」
クラヴィスは、その肩にそっと手を乗せ、年老いた文官をねぎらった。
「今まで、ご苦労だった。ゆっくりと休んでくれ。私とネルセンが中に入る。少しの間、此処にいてくれるか?」
「御意のままに」
小部屋の中に入ったクラヴィスは、永遠の眠りについた父親の頬に手をやった。
(貴方は、どの様な気持ちで、全てを私に託されたのですか?)
鬼神と恐れられ、愛用の紅い槍を手に戦場を駆け抜けた王の面影は既に無く、ひとりの人間として全てをやりきったという安堵の顔が、そこにはあった。
(私に重荷を背負わせて……貴方は、本当にずるい人だ)
先日、父親は、過去に何が起こったのか、その全てをクラヴィスに告白した。
『儂は、王族をお支えする一族の血を継ぎし者であった。背格好や年齢が王に近かった儂は、影武者として、お側に仕えることになった。王の代わりに死ぬ事――それが、本来与えられた役割だった』
クラヴィスは、驚きを持ってその話を受け止めた。
『ある日のことだ。儂は、生まれたばかりのお前の顔を一度だけでも見たいと思い、一日だけ王宮を離れる事を願い出た。王は快くそれを認めてくれ、儂は家族と共に楽しい時間を過ごし、翌朝に王の元へと戻った』
時折、咳きこみながらも父親は話を続けた。
『戻った儂を待っていたのは、絶望だった。そう……全てが手遅れであったのだ。奸臣どもは儂の留守を狙い、暗殺者を王宮に招き入れた。寝所の家具や調度品は、王と王妃の血で染め上げられていた』
何故、儂だけが、生き残ってしまったのだろう?
『後悔の念だけが、儂を支配していた。命を絶ち、お二人にお詫びをしなければ……そんな覚悟をした時だった』
父親は、深く目を閉じた。
『赤子の鳴き声が、聞こえてきたのだ』
王と王妃は、自らのお子を作り付けの家具の中に、お隠しになっていた。それが――
『シルフィエッタだった』
死を覚悟した自身に、新たな希望が見えた。
王と王妃が繋いでくれた、この命を何としても護り通さねば……重臣達と協議をした結果……
『儂は、ロミオスⅡ世として生きることとなった』
そこまで話すと父親は目を開き、クラヴィスの方へ手を伸ばした。クラヴィスは両手で、しわの刻まれたその手を握った。
『儂は、もう長くはあるまい。クラヴィス、勝手なことをいっていると思うかもしれない。だが、お前にしか頼めないのだ。どうか……どうか、王を継いでシルフィエッタの事を護ってやってくれ……』
クラヴィスはその時、可否を答えなかった。あまりに、重すぎる現実を受け止めきれる事が出来なかったからだ。
しかし、リーゼの死を目の当たりにして、クラヴィスは自らの歩む道を定めようとしていた――
(リーゼ、君は、私にいうのだろう? 『無理をしなくてもいいんじゃないの?』……ってね。だけどね、私は、敢えて君に誓うよ)
力不足なのは、他ならぬ自分自身が、誰よりも理解している。役にそぐわないのも、わかっている。
(それでも、運命が私にこの様な道化を演じ続けよ、というのなら……私は、それを甘んじて受け入れよう)
君を死に追いやった、この残酷な世界に――
(この世界に私の居場所があるとするならば、これ以上に相応しい所はないじゃないか。)
唯一の肉親であった父親に別れを告げ、謁見の間に戻るとクラヴィスは、口を開いた。
「王とは背負いたくないものを背負わなければならないのだな……」
「は?」
「いや、何でもない。それよりも……」
背後に控えていたネルセンに、クラヴィスは背を向けた儘いった――
「余を暗殺しようとし、自らの娘をも死に追いやった、ラファウシュタインを捨て置くわけにはいかぬ。直ちに、諸将を招集せよ!!」
「しかし、王が崩御された今、軍を動かすとなると……」
「何をいうか! 王なら、お主の目の前におるではないか!!」
「……はっ! ははーっ!!」
ネルセンが一礼をして謁見の間を立ち去ると、一人残った王は玉座に腰を下ろした。そして、遥か遠くを見つめながら呟いた。
「所詮、王は孤高の身。安息の場所なぞ、何処にも無い」




