王の出自
クラヴィスは膝をつき、リーゼの手を握りしめていた。
(偽物同士だった私達は何故、殺し合わねばならなかったのだろう? 本当に馬鹿げている。リーゼ、そうは思わないかい?)
子供の頃からずっとそうしてきた様に、涙は流さなかった。しかし、やり場のない感情は収まらず、自身の中で渦巻いていた。
先日、目を覚ました父・ロミオスは語った――
『旧帝国の時代に、勇者・タジニウスは魔女として復活した、かつての仲間を討伐するように皇帝に命じられた。タジニウスは、皇帝の期待に応え、見事それを討ち果たした』
一般的に知られている、勇者・タジニウスの伝説だ。
『その功績により、タジニウスは皇族の一員として迎え入れられた。皇族となったタジニウスは、身を挺して自身を護ったムルス・ナージルの一族を取り立てて、末代までの側近とする事にした』
(ムルス、夢に現れたあの少女のことか……)
『帝国が滅んだ後もその慣習は続き、ムルスの一族は陰ながらタジニウスの子孫――つまり、ホノミスの王族を護ってきた。そして、儂もまた、その一族の血を受け継ぐ者の一人であった』
クラヴィスは、耳を疑った。
(どういうことだ? 父は一体!?)
『儂の本当の名は、バルト……バルト・ナージルという』
(バルト!?)
『全ては、あの日から始まった。儂は、今でもあの日の事を後悔しない日はない……』
父の言葉を反芻していたクラヴィスに、警護役のネルセンが近づいてきて耳打ちをした。
「わかった。直ぐに参る。オウル団長!」
「ははっ!」
騒ぎを受けて、駆けつけてきたオウルにクラヴィスは、告げた――
「後の事を任せる。それから、リーゼは礼拝堂に連れて行ってくれ。丁重に頼む」
「罪人として、ではなくですか?」
「無論だ。リーゼ・ラファウシュタインは、暴漢から私を護ろうとして死亡した。いいな?」
「ははーっ!!」
リーゼに背を向けたクラヴィスは、足早に出口へと向かった。
「クラヴィス様! お供致します」
クラヴィスの後に続き、会場を出たネルセンは驚いた。平素、感情を表に出さない皇太子の頬が、涙に濡れていた。
「ネルセン……」
「はっ!」
「今、お前が見ている私の醜態は、墓の中まで持って行ってくれ……頼む」
「承知致しました」
(この方は、誰よりもあの御方の事を……)
会場の外は、先程の騒ぎが噓であったかの様に静まり返っていた。
『クラヴィス、私と踊ってくれませんか?』
王宮に向かうクラヴィスは、耳に残った優しい彼女の声を思い起こしていた。
(注釈)ナージルの一族
ムルス・ナージルは、アストライア大陸の北部に土着した民族の出身である。その始祖は、旋風の神・オノマーラとされ、古来より信仰の対象とされている。
神格化される以前、オノマーラは遊牧民の英雄として異民族と戦い続け、敵の放った毒矢により北方の地でその命を散らした。
伝承によると、その半身は帝都・ホノミスとなり、もう一方の半身は貿易都市・マイラになったといわれている。
旧帝国時代に両都市の名前が存在していた事から推察すると、ナージルの一族はかなり以前から北部の地に根差していたと思われる。
なお、オノマーラは風の従属神として一般的に知られているが、商業が盛んな地域――取り分けマイラでは、貿易や商売を司る神として崇め祀られている。




