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存在を失った日

 剣が身体を貫いていた。剣を伝って、その命の重みを感じていた。剣を伝って、その命の温かさを感じていた。


 本当は、わかっていた(はず)だ。その剣が、何物にも代え難いものを奪ってしまうという事を。


 心の奥底で、理解していた筈だ。失ったものがもう二度と戻ってこないという事を。


 向かってきた親友(リーゼ)は剣を捨て去り、代わりに両手で(シルフィエッタ)を抱きしめた。


「リーゼ! あなた最初からわざと!?」


 鈍い感覚が両手に伝わると、肩越しに親友(とも)(かす)れた声が聞こえた。


「あ、り、が、と…う……」


 小刻みに手が震えていた。温かい血潮を浴びた両手に、がくりと重さがのしかかってきた。支えきれない程の力に、シルフィエッタは恐ろしさを覚えた。


「リーゼ?」


「……」


 呼びかけに、親友(とも)は答えなかった。


「リーゼ!?」


「……」


「う あ あ あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 取り返しのつかない後悔と、冥府へと旅立ってしまった親友(とも)をその胸に抱きながら、シルフィエッタは泣き叫んだ。


 襲撃の関係者を捕らえた兵士たちは、無言で二人を見守っていたが、その目に映った光景に驚き、ざわついた。


 嗚咽の声をあげるシルフィエッタの白金(プラチナ)色の髪が、見る見るうちに真っ赤に染まっていった。


 アストライア大陸において、加護を受けたり、信仰する神の影響が身体に出ることは、決して珍しいことではない。髪は、それが最も出やすい部分だ。


 しかし、この様な急激な変化は、未だかつて誰も見たことがなかった。


 剣の柄から手を放し、親友(とも)を抱きしめ、シルフィエッタは、天を見上げた。そして、泣いて訴えた。


「王女シルフィエッタは、もういない。ただの人殺し……親友(とも)を殺してしまった愚か者がいるだけだ。どうか、笑ってくれ! どうか、けなしてくれ!! 王族としての誇りも、矜持(きょうじ)も、気高さも――そんなものは、最早、何ひとつとして存在しないのだから……」


 それを背後で見ていたクラヴィスがいった――


「誰か、シルフィエッタを別室に連れていって、落ち着かせてくれ」


  全身を血で濡らし泣き叫ぶシルフィエッタは、リーゼから引き離されて、囲まれるように連れられていった。


 残されたリーゼの亡骸に、クラヴィスは(かが)んで自身が身に着けていたマントをかけた。


(悪い夢であって欲しい……)


 しかし、その手を握ると、現実を思い知らされた。


 まだ少し温かいその手は、いつものように握り返してはこなかった。


 世界に打ち(ひし)がれた少女の顔を覗き込み、クラヴィスは先日、父の口から出た言葉を思い起こした。


(偽者だった。リーゼも、そして、この私もまた……この世界で私達の存在は、まるで――)


 クラヴィスは、目を(つぶ)って祈りを捧げた。


「まるで、幽霊(ゴースト)の様なものではないか」


 不条理な世界は、人としての存在までも吞み込んでしまう、残酷な世界だった。

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