優しさを欠いた世界
シルフィエッタとリーゼは向かい合い、剣を構えた。走り寄った兵士たちが叫んだ――
「シルフィエッタ様、助勢します!!」
「手出し無用! あなたたちは、クラヴィスを護って」
「承知しました!!」
クラヴィスを背にしたシルフィエッタに、リーゼは躊躇なく剣を打ち込んできた。
「きていぃぃぃっ!!」
「いやはぁぁぁっ!!」
二人の少女は、激しく剣を打ち合った。出し惜しみすることなく、自らが持てるものを全力で相手にぶつけた。
(クラヴィスから、リーゼを引き離さないと! 大丈夫、間合いは私が支配している)
手数の多いシルフィエッタが、やや、リーゼを押し込んでいた。しかし、リーゼの一撃は強く、重かった。一度でもくらえば、シルフィエッタでも致命傷になりかねなかった。
(学院の実技指導の時とは全然違う。リーゼ、これが本当のあなたなのね)
襲い掛かってきた刃を受け流し、体勢を素早く変化させ攻撃に移ろうとしたシルフィエッタに、リーゼは距離をとって微笑んだ。
「ふふっ、心配しなくていいよ、シルフィー。クラヴィスの方は、あなたを倒した後にするから……」
「リーゼ、何でこんなことをするの!!」
「何で? 何でって……そうするしかなかったんだよ。私はね、要らない子なの。だからこうして今、此処にいるの」
リーゼは、構えを解いて語った――
「私の実家はね、とっても小さくて弱い国なんだ。辺境にある小国っていうのはね、常に周りの顔色を窺って、怯えながら暮らさなければならないの」
リーゼは、顔をしかめた。
「私の父は、いつもいっていた――上手く立ち回ってやるぞ、と。そして、それが罪の始まり……」
『くそっ! ホノミスめ!! いい気になりおって……』
『お父様、どうかしたの?』
『おお、リーファか? なあに、大したことはない。ホノミスの奴らが、リーゼを留学させよ、というのだ』
『お姉さまを?』
『そうだ。だが、これは留学という言葉を体裁にした、人質の要求だ。こんなもの、まともに取り合う必要ない』
『だけど、断ることは、できるの?』
『そこでだ。お前にやってもらいたい事がある』
『え!?』
『お前がリーゼとなって、ホノミスに潜入するのだ。リーゼとして生活をしながら、国からの命令を待て! 無論、ホノミスの情報をこちらに流すことも忘れるな』
『ちょ、一寸待って、お父様!! 私は――』
『口答えは、許さんぞ! お前の両肩に、わが国の命運が掛かっているのだ。こんな時のためにお前がいるのだろうが!!』
『……わかりました』
「そして、私はリーゼとしてこの国に来て、偽りの仮面を着けて生活を送った。毎日が苦しかった。特に、あなたたちの善意に触れた時が……」
「リーゼ……」
「その後の数年間、私の家族には不幸が続いた。母親が他界、妹は大病を患い、唯一残っていた姉も失踪……心に救いを求めてきた私に、故郷から最初で最後の命令が送られてきた。それは――」
リーゼは頬を濡らし、飲み込みそうになる言葉をやっとの思いで口にした。
「愛するひとを殺害すること。この世界は、いつも私に優しくなかった」
シルフィエッタは、動揺していた。
(こんな話を聞いた後で、リーゼと戦えない。まともに戦えるわけがない)
「シルフィー、あなたは、私を必ず止めてみせるといったよね? だったら、私に見せてよ。あなたのその覚悟を」
リーゼは再び剣を構えた。
「シルフィー、私はこの一撃に全てを賭ける。あなたを殺すつもりでゆく。だから、あなたも……お願い」
シルフィエッタは、剣の柄を握った。全身に汗を掻きながら悩み抜いた。
何故、青春を共に過ごしてきた親友と、道を違えなくてはならないのか?
何故、開きたくもない、冥府の門を開かなければならないのか?
(私には、その覚悟がない)
剣の切っ先をシルフィエッタに据えて、リーファという名の不幸な少女は微笑んだ。
(シルフィー、あなたは、唯一の救い。たったひとつ、私に残された優しい世界。あなたなら、きっと……)
沈黙の時間が流れた後、雄たけびをあげて、ふたりの影が重なり合った。




