表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/23

暗黒の遂行者

 クラヴィスとリーゼは、向かい合って手を重ねた。演奏が始まると、自然と足が動き出した。 


 クラヴィスは、リーゼを見つめた。幼い頃から、ずっと傍にいた相手だった。


 手を通して伝わってくる彼女の温もり、繊細な動きと気遣い、そして、目の前で優しく微笑むその顔は、いつだって当たり前の様に存在していた。


 そんな二人の間で変わってしまったものは、見つめ合うの目線の高さと、一歩引いたところで通わす心の距離感だった。


 手を伸ばせば届くことのできる場所にいるのに、気が付けば知り合った頃よりもずっと離れている。赤の他人よりも、遥かに(たち)の悪い他人行儀――それが、二人の今の関係だった。


(私は、彼女(リーゼ)のことを愛しているといえるのだろうか?)


 踊りながら、クラヴィスは考えていた。


 子供の時分から、いつも寄り添ってくれた。困ったときは、助けてくれた。けれども、そういった二人の時間を重ねれば重ねるほど、恋愛というものからは、少しずつ遠ざかっていく様な気がした。


(当然のことのように、私は彼女(リーゼ)の優しさに甘えていたのかもしれない)


 自分自身と向き合った結末を恐れていたのだ。だが、心は正直だ。その気がないのなら、はっきりとすべきだった。


 いつまでも彼女(リーゼ)を曖昧な恋慕(れんぼ)の錠前で閉じ込めておいたのは――


(私の悪しき人間性、薄弱な意志の現われに他ならない)


 そんな私に向かって、今宵の彼女(リーゼ)は素直な気持ちをさらけ出して、微笑んでくれている。恐らくそれは、最後に私に向けられた、彼女(リーゼ)なりの精一杯の好意なのだろう。


(心が痛い。苦しく、重く、そして悲しい……)


 楽団が奏でる音楽と、ふたりの息の合った動きに人々は感嘆のため息を漏らした。


「何と、お美しい!」


「お二人は、いつ、ご婚約をなさるのか?」


 耳に入ってくるのは、残酷な言葉ばかりだ。


(私たちは、あと、ほんの少しで、寄せ合った身体を突き放してしまうのに……)


 そのようなことを考えたとき、クラヴィスは、ひとりの男と目が合った。男は笑っていた。


「クヒヒヒヒ……」


 笑いながら一歩、また一歩と、歩み寄ってきた。


「クヒヒ、イーヒッヒッ」


 笑いながら、目は笑ってなかった。 


「皇太子に近づけるなっ!!」


 警護役のネルセンが叫んだ。


 兵士たちが群がり、頭を地面に押し付けられると、男は(よろこ)びの声をあげた――


「イヒーッ、腐っている! 腐っているぞおおおっ!! クヒヒヒ……」


 シルフィエッタは、ぞっとした。


(恐らく、魔法薬の過剰摂取による、精神障害だろう……何事もなくて良かった)


 そう思った次の瞬間、シルフィエッタは、信じられない光景を目にした。周囲の者たちも皆、動揺した。


 先程までクラヴィスと踊っていた(はず)のリーゼが、クラヴィスに向けて剣を構えていた。


「リーゼ! 何で!?」

(注釈)モブだって、みんな生きている


 本編で兵士たちに取り押さえられた男……その名をルゴス・ウエイストという。


 若くして、優しくて気立てのいい妻を娶った彼には、公にはできない性癖があった。それは、愛する者を殴りたくなる衝動に駆られるというものであった。


 ある日、些細な事で妻に手をあげた彼は、失禁してしまう程の快楽を覚えてしまい、以後毎日のように妻に暴力を振るった。


 程なくして、妻は自ら命を絶つ。この時、もう既に精神に支障をきたしていた彼は、変わり果てた妻の姿を見て、叫んだ――


「なんてことだ! 腐っている……腐ってやがるぞ!!」


 そして、心神耗弱になった彼は、捨て駒にされてしまうのです。


 本編では『ある男』でしかない彼にも人生があり、彼もまたアストライアという大陸の住人の一人なのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ