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青い幻想

 王国・ホノミスは、建国祭の当日を迎えた。兄弟国・オービスの関係者を招待した今年の催しは、かつてないほどの大掛かりなものとなった。


 日中の形式的な行事は滞りなく終り、休憩を挟んで夕食を兼ねた晩餐会が開かれることとなった。


 シルフィエッタは、軽装ながらも剣を帯び、会場の警備に当たっていた。レイナードとアドワースは、階級の関係で屋外での任務を命じられていた。


 晩餐会が開かれる前、シルフィエッタはリーゼと顔を合わせた。先日の不安げな感じは既になく、いつもの快活な笑顔が戻っていた。


「私、こういった服は、好きじゃないんだよね」


 恐らく、自身で選んだであろうドレスは、シルフィエッタからすると物足りない感じがしたが、それでもほかの誰よりも美しく魅力的なのは、通り過ぎる人々の視線で明らかだった。


「ほら、皆が見てるよ。今晩の主役は、間違いなくリーゼだよ。兄さん(クラヴィス)も、惚れ直すんじゃないのかな」

 

「ありがとう。でも、そんなこと、この大地(アストライア)が逆転したとしてもあり得ないよ」


 リーゼは、困ったような顔をした。


「あはは、そこまで謙遜すると、冥府の神(ハビロドス)に目を付けられてしまうかもよ。やきもち焼きで有名だからね」


 冗談をいうシルフィエッタに、リーゼは微笑んだ。


「シルフィーは、今晩、踊らないの? あ、そうだ! 大事なことを忘れてた。これをシルフィーにあげようと思ってたんだ。私が小さい頃、お母様がくださった物なのだけど……私には似合わないから、貰ってくれる?」


 リーゼは真っ赤な宝石があしらわれた精巧なペンダントを首元から外した。


「そんな大切なもの、受け取るわけにはいかないよ」


「いいの、シルフィーに持っておいて欲しいの」


 そういうと、リーゼは半ば強引に、それをシルフィエッタの手の中に握らせた。燃え上がる炎の様な赤色が、包み込んだ手の中で輝いていた。


 シルフィエッタは、困惑しつつ、警備の任に戻った。


  夜の(とばり)が下りるころ、晩餐会が始まった。一見すると華やかだが、そこは、権力や欲望の渦巻く世界だった。


 自分にとって、必要なのは誰か? 必要でないのは…… 自分が有利な立場を得るためには、誰に付くべきか? 或いは、蹴落とすべき人物は……笑顔の仮面の下に溢れ出る悪意を隠して、人々は飲んで、食べて、談笑をした。


 それは、非日常的な、虚構のような舞台であった。


 ホノミスの皇太子であるクラヴィスも、権力を欲する多くの人間に囲まれて、息つく暇もなかった。そんな中で、彼は心ここにあらずといった様相で何かを探していた。


 まるで初恋の幻想に囚われた少年のように、クラヴィスは落ち着かない様子で周囲を見まわした。


(あの夢を見た日から、私の中で何かが(うごめ)いている。あの恐ろしくも美しい女性……青い髪の彼女にもう一度会いたい。乾いた心が、それを望んでいる。私は彼女の事をを知りたいし、彼女に認めて(もら)いたいのだ)


 クラヴィスの微妙な変化に多くの者は気付かなかったが、リーゼだけは、繊細にそれを理解することができた。幼い頃から何年間も、彼を隣で見続けてきたからだ。


(今、向こうを通り過ぎたのは、あの彼女だろうか? 一言でも話ができたなら……)


 クラヴィスがテラスの方に出て行くのを見ると、リーゼは、そっと後を追いかけた。


 星々が大地を照らす、明るく静かな夜だった。少し離れたところで、警護役のネルセンがこちらの様子を窺っていた。


 喧騒から離れた場所で背中を向けた(まま)、クラヴィスは力無く座りこんでいた。


「誰もいない。誰もいなかった。愚かで……そして、浅はかだ。一体、私は何を期待していたのだろう?」


 いつもと違い、すっかり弱り切っていたクラヴィスにリーゼは屈んでで手を伸ばした。


「クラヴィス、私と踊ってくれませんか?」


 首をかしげ、覗き込んだその笑顔は、初めて会った時からずっと変わらずに優しかった。

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