転生怪夢
その日、ホノミス皇太子・クラヴィスは、夢の中を彷徨っていた。
聞き覚えのない声が、ひとつ、またひとつと体の中を通り過ぎて行った。
『あいつも、お前がやったのか? どういうことだ!? ヌール、俺たちは、仲間ではなかったのか?』
『愛しいタジニウス……貴方にだけは、本当の私を見て欲しいの。私は、ミルセリア。誰よりも貴方を愛し、誰よりも貴方に相応しい相手。だから、私達はずっと離れられなくなるの』
『愛しているだと? 馬鹿な! ならば、何故こんな事をした?』
『わからないの? うふふ、だからこそよ。さようなら、タジニウス……そして、ようこそ、私のタジニウス』
『駄目っ、逃げてえーっ!!』
『ええい、小娘が! お前ごときが、私の邪魔だてをするか!』
『ヌール! 貴様ぁ、ムルスまで!!』
『ゲホッ、……何故なの? タジニウス、私はこんなにも、貴方の事を愛しているのに……』
『黙れ!! お前に、愛を語る資格があるのか? ムルス、俺などのために……』
『そんなに悲しい顔をしないで、タジニウス。あたしは……最後になって、やっと、あなたの隣りに立てて嬉しかった』
クラヴィスは、不快な感覚を覚え,荒野に立っていた。
じっとりと、ねっとりとした血が全身にまとわりついている様だった。
目の前には血の海が広がり、凄まじい形相をした女が横たわっていた。
その直ぐ脇で、無骨な男が小柄な少女を抱きながら、泣き崩れていた。
「ムルス! 返事をしてくれ、ムルス!!」
(ムルスとは、一体誰のことだ?)
「何故だ! 何故、お前が命を散らさなければならなかった!!」
クラヴィスは、その場を立ち去りたいと思った。しかし、両足が、動かなかった。
(ここは、何処なんだ! 父や妹は、いないのか? オウル団長は? 竜騎士のネルセンは? いや、それ以前に、私は誰なんだ?)
『ごめんなさい、クラヴィス。ムルスの血は、貴方を苦しめる事になるかもしれない』
顔をあげると、そこには、美しい女性が立っていた。透き通るような青い髪、深海を思わせる紺碧の瞳は見つめ合うと、引き込まれて戻れなくなってしまいそうだった。
『彼女は、ムルス・ナージル。私の半身が殺害した少女』
クラヴィスは、隣り合う相手が、人ならざるものであると感じ取っていた。
『全ては、私のせいなの。私がひとりの男性を好きになってしまったからなの』
大きな肩を震わせる男を見つめながら、クラヴィスは呆然と立ちつくしていた。
『私の半身は……ううん、私はね、人を愛するという事がどういうことかわからなかったの。だから……大事なものを自分のものにしようと思ったの』
愛を切望したものが、行きついた先は?
『命を奪うこと――心臓を食べることで、ずっと、一緒にいられると思ったの』
愛を懇願したものが、手に入れたものは?
『悲しみだけ――ただただ、深い悲しみだけ』
青髪の女性は、クラヴィスを抱き寄せていった――
『ずっと、ムルスに謝りたかったの。ごめんなさい……本当に、ごめんなさい。クラヴィス、この先、貴方には、苦しみや悩みといったものが待ち受けているかもしれない。だけど、忘れないで――』
その身体は、次々と瑠璃色の蝶へと姿を変えていった。
『私は、貴方の事を見守っているから』
「待ってください! あなたは一体?……」
気が付くと、クラヴィスは小部屋の椅子に座っていた。傍らには、父・ロミオスの寝台があった。
「夢か……それにしては……」
包まれたその肩に、先程の女性のぬくもりが未だに残っているようだった。
椅子から立ち上がろうとして、クラヴィスは驚いた。意識を失っていた、父・ロミオスが目覚めていた。
ロミオスは、無言で天井を見つめていた。
「父上!! お目覚めになられたのですか!?」
永い眠りから覚めた王は、クラヴィスの問いかけには答えず、一点を見つめたまま声を発した。
「クラヴィス、お前に話しておかなければ、ならないことがある」




