メルク・レイズ
建国祭が差し迫ったホノミスの城下町に、子どもたちの美しい歌声が響き渡った。
曲は、『愛するものに捧げる真正な歌』――広く一般に知られた、愛の歌だ。
子どもたちの合唱曲には相応しくない選曲ではあったが、その純真な歌声を通して聴くと、何やら荘厳で神々しい印象を受けた。
休日を楽しんでいた街の人たちは皆、足を止め、その天使の様な歌声に心を癒されてていた。
その人だかりの中心に男の背中があった。
合唱をする子どもたちの前で指揮を取り、体を揺らす男の後ろ姿は、一見しただけではわからなかったが、彼がそれまでに生きてきたであろう年月とは、比べ物にならない程の凄味を醸し出していた。
怒りや悲しみ、憎しみ――そんな単純な言葉では、いい表せないような複雑な感情を、ひとかけらも溢さずに生きてきたが故に、その背中は世の中の優しさや幸せ、或いは心ある人たちを遠ざけていた。
合唱が終り、うっとりと、曲に聞き惚れていた人々は、振り向いた彼の素顔を驚きを持って見た。
美しい……いや、単純に美しいというよりは、何処か陰りのある魅惑的な顔だった。その中性的な顔つきは、どう考えても、先程まで背中を向けていた人物と結びつかなかった。
「皆様、ありがとうございます。今こうして、私と子どもたちがいられるのは、偏にあなた方のおかげです」
男がにこりと笑い、深々と頭を下げると、あちらこちらから、拍手が聞こえてきた。
「ご存じの方もいらっしゃると思いますが、この子たちは諸事情で両親を失ったため、生活に困窮し、自由に学ぶ機会さえも奪われています。それが、皆様のご厚意によって、様々な貴重な経験をさせて頂いている。この世界は――」
男は、感無量とでもいった様に、目を閉じた。
「この世界は、本当に優しさで満ち溢れている」
男がそういうと、再び拍手が沸き起こった。
「全く、噓くさい言葉ですね」
少し離れたところで聴いていたアドワースがいった。
「そのように、人を悪くいうものじゃない」
シルフィエッタは、腕を組み、子どもたちの方を見つめていた。
(以前に、ソフィアちゃんがいっていた神父さんが、あの男なら……)
無銭飲食をそそのかしたのは、あの者ということになる。
「レイナード、あの男の名前を知ってる?」
「えっとですね……確か、オービスの高官付きの……死霊みたいな名前、レイス? あ、レイズです! メルク・レイズ」
「メルク・レイズか……」
シルフィエッタが名前を復唱すると、一瞬、男がこちらを睨んだ様に見えた。
(まさか、この群衆の中で? いや、そんなことないか……)
赤みを帯びた、特徴的な目が鋭く光っていた。




