終わりを迎える季節
ベルライトの工房を出たシルフィエッタは、学院近くの行きつけの店で軽く食事を済ませ、街を巡回していた。日はもう既に傾き始めていた。
街の大通りは多くの人で賑わっていて、親を伴ってはしゃぐ子供たちの顔は皆、幸福に包まれていた。
当初、王族の儀式から始まった建国祭は、広く市民に浸透して、誰もが楽しめる一大行事になっていた。
「建国祭が始まる……もうそんな季節か」
建国祭の期間中、シルフィエッタは幼い頃から、ずっと公式の行事に参加し続けてきた。もちろん、街歩きに興じることなんて、できる筈もなかった。
かつて、そのことを不満に思い、大泣きをして周囲を困らせたりした。しかし、成長するにつれ、日々の生活に追われるようになってからは、何も考えずにこの期間を過ごすことが普通になっていた。
(どうせ、当日は警備と巡回だろうしね)
そう思った瞬間にシルフィエッタの瞳に意外な光景が映った。普段、商店街に足を運ぶことのないリーゼが、硝子戸の向こうに飾られているドレスをじっと眺めていた。
その横顔は、買い物を楽しむというよりは、むしろ、何かに心をとらわれている様な虚ろな感じがした。
「おーい、リーゼ!」
「え? シルフィー!?」
振り向いた親友の顔は、驚きから困惑へと微妙な変化を見せた。
「どうしたの? リーゼがこんなところに来るの、珍しいじゃない。洋服を買いに来たの?」
「うん、今年はね……実家から仕送りがあってね……その、建国祭に着るドレスが無いと思ってね……だから、買いに来たの」
「なんだよー! 誘ってくれればよかったのに……私も一緒に見てもいい?」
「え? う、うん……大丈夫だよ」
あまり、乗り気でなさそうな親友の背中を押して、シルフィエッタは店内へと入った。
「コルセットで変に形を作らず、自然な身体の線を見せるのが、今年の流行なんです。こちらなど、いかがですか? お姉さん、すらっとしてるから、とってもお似合いだと思いますよ」
世話好きそうな店員は、何着もドレスを出して見せた。
「あ、これ可愛い! リーゼ、絶対似合うよ。あ、でも、こっちも捨てがたいなあ」
本人よりも楽しんでいるシルフィエッタに、リーゼは困った顔をしていた。
「あのね、シルフィー……やっぱり今日はやめておくよ」
「ええ、何で? ほら、これ着てみたらいいじゃない」
「そんなの、何の意味もない、どうだっていいの! どれを着たって同じだよ!!」
「……………」
「ち、違うの! ほら、私ってこういうの似合わないから……」
急に大きな声をあげたリーゼに、シルフィエッタは驚き、反省した。
(一寸、はしゃぎ過ぎた)
明らかに、今日のリーゼは様子がいつもと違った。時折、繊細な表情を覗かせる親友の内面を、悪気がないとはいえ土足で踏み荒らしてしまった。
「ごめんね。でも、私は嬉しかったんだ。もし、リーゼがあんなドレスを纏って、兄と踊った姿を想像したら……ホントごめん」
「ううん、私の方こそごめんね。少し疲れていたのかも」
結局、その日は何も買わないで店を出た。外はもう暗くなっていた。
街の外れでリーゼと別れて、シルフィエッタは空を見上げた。
(幼い頃に見た星々は、今見ているのと同じ場所に存在していただろうか?)
兄・クラヴィスとリーゼがお互いに意識し合ってるのを、ふたりの傍にいたシルフィエッタは感じとっていた。
しかし、この先移りゆく季節の中で、三人の関係は今とは違うものになってしまうだろう。
兄は王位を継承し、リーゼは学院を卒業した後、故郷に帰ってしまうかもしれない。その時、私は?
(星たちはもう、同じ場所にはいられない)
冷たい風が頬を撫でた。普段、何気なく過ごしてきたこの季節が、今年は酷く寂しいものに感じられた。
季節はもう、終わりを迎える準備を始めている様に思えた。




