レバカンの指輪
その日の朝、シルフィエッタは一人でベルライト博士のもとへ向かっていた。レイナードとアドワースは、建国祭の警備の打合せがあるため、街に残った。
工房の前に立つと、いつものように声が響いた――
「喪失したのは?」
「タリスマン」
開いた扉から、にゅっと出てきた手に向かって、シルフィエッタはいった。
「こんな朝から、お菓子の店が開いているわけないでしょ!」
「ちぇっ、ケチィー、本日の営業は終了しましたー!」
「呼んだのは、誰よっ!!」
昨夜、シルフィエッタの寝所に土のゴーレムがやって来た。手のひらに乗るような、小さなそれは、ベッドの前まで来ると、言葉を発した。
「おい! 俺様が来てやったぜ! 耳の穴広げて、よーく聞けぃ――愛しい人よ、明日の朝いらしてね。ああ、そんなつれないこといわないで……お願いよ。あなたの、あなたのベルライトからの……」
その後、ゴーレムは爆発して、部屋中に泥が飛び散った。
「あれのせいで、私寝れなかったんだからね!!」
憤慨しながら、シルフィエッタは、いった。
「そんなことよりさあ……聞いてもらいたいことがあるんだよね」
(そんなことだとぉ、こいつぅぅ!)
怒りを通り越して、呆れるようにシルフィエッタはいった。
「なあに、メドレーナのことで何かわかったの?」
「そう! それそれ!!」
興奮した様子でベルライトはいった――
「前々から不思議に思ってたんだ。剣を盗んだ奴ら、あんな危ないものをどうするのかってね」
確かにそうだ。所有者を食い殺す剣を一体、どうしようというのか?
「その答えをオービスの知り合いが教えてくれた」
「オービスの?」
「そう、研究者に国境はない。シルフィーは、魔女の使徒って、知ってる?」
「知らないわ」
「メドレーナには、十二人の弟子がいたといわれている。弟子たちは、彼女と対話するために、特殊な魔道具を身に着けていたという。それが使徒の指輪……」
「使徒の……指輪!?」
「そう、今では、世界に僅か数個しか現存していない幻のアイテム――そのひとつが、オービス本国の宝物庫に収蔵されていた」
「それが、剣とどう関係するの?」
「興味深いことにだねぇ……その指輪が、やはり盗まれている。剣が持ち出される少し前のことだ。ここからは、私の推測が入るが……」
小さな顎に手を当てて、目を閉じたその横顔は精巧な人形の様だった。
「剣と指輪……二つが揃うことにより、ウロボロスの奴らの目的が果たされるんだと思う。盗まれた第二使徒の指輪、通称・レバカンの指輪は、恐らく魔女を復活させる、或いは剣を運用するために必要なものであると私は考えている。」
「ということは、ウロボロスの連中は、もう既に二つのキーアイテムを揃えてしまっている、ということ?」
「そういうことになる。それと、もうひとつ」
「まだ何かあるの?」
「オービスの知り合いがいうには、宝物庫から指輪を盗むためには、部外者では超えられない一線があるのだそうだ」
「部外者では?」
「そう、つまり、ウロボロスは、国家の中枢にまで入り込んでいるということだ。シルフィー、お前さんの敵は途轍もない相手のようだ。大丈夫かい?」
「ありがとう。でも、私は白き龍を背負う、王女シルフィエッタなのだから……」
「その心意気や、良し。だけれど、勇気と無謀を履き違えるなよ。命あって、ナンボのものだからね」
「心配してくれるの? ありがとう」
「だってさあ……シルフィーがいなければ、誰がお菓子を持ってきてくれるんだよう!!」
「何いってんの! 少しでも、感謝の念を抱いた私が馬鹿だった」
工房の扉を潜り、遠ざかっていくシルフィエッタの背中を見送りながら、ベルライトはひとり呟いた。
「もうちょっと、肩の力を抜いてもいいのにね……」
(注釈)魔女の子供たち
メドレーナの十二人の弟子、いわゆる魔女の使徒については、謎が多い。
生存した期間ですら、一致しないといわれる彼らについて、はっきりといえることは、名前と存在したという事実のみである。(但し、第十二使徒・パンネッタは例外的で、未来に現れる使徒とされる)
また、使徒の前に冠された数字は、後世の者たちが付けた便宜上のナンバーであり、彼らの相互関係や上下関係を示すものではない。
以下に、第一使徒から第十二使徒までの名前を記す。
ヌール レバカン ロレインツオ イオナ トレント マグス モルカ ティナーゼ ロークス マインダート ミゲル パンネッタ




