「子を守るは親の役目。それも十分果たさず、子から見捨てられていることに気づけないほどに愚か」
「そうか。あい分かった。そなたの想いを汲み取り、伯爵ではなく子爵まで降爵すると決める。褫爵の処罰を与える程ではないからな。だが、子を守るは親の役目。それも十分果たさず、子から見捨てられていることに気づけないほどに愚か。
また、ジェーンは、エンディオの婚約者であり、それは即ち準王族と言える。
つまりそなたの両親である公爵夫妻よりも身分は上であるのに、見合った対応をしておらぬ。ジェーンは蔑ろにされて良い存在ではない。どんな子であってもそんな目に遭わせることは許されないが、ジェーンは尚のこと。諸々を鑑みて、公爵家から子爵家へと降爵させる。また、ジェーンは成人した時点で結婚することも決まっているため、家から除籍し、今後一切の関わりをさせぬ」
伯爵位どころか子爵位まで降爵が決まってしまいました。それを聞いても気持ちがスッキリするわけではありませんが。
「陛下。それはつまり、ジェーンが私と婚姻した後で、公爵夫妻がそのことを後ろ盾にあれこれと口出しすることを避ける、ということでよろしいでしょうか」
私的な場ではなく公的な場としての話し合いだ、というようにディオ様は父上ではなく陛下とお呼びになられました。
陛下はディオ様のお言葉にうむ、と頷きます。
「失礼ながら陛下、お言葉を返すようで大変申し訳なく思いますが、それではジェーンの後ろ盾が無いことで揚げ足を取る者も多いと思われます」
ディオ様は両親と私の縁が切れることが問題なのではなく、切れることによって余計な口出しをする方たちを懸念しているようでした。
「その辺りも考えておる。叔父上の養女にしていただくつもりだ」
叔父上、と陛下が仰る方は先王陛下の弟君のことでしょうか。ディオ様の祖父上様の弟君、ディオ様が大叔父上とお慕いされていらっしゃる方……。随分と大物なお方を私などの養父になさる、と?
「大叔父上に? ああそれでしたら、私も否やはございません」
あ、ディオ様が了承されてしまいました。
「うむ。ジェーンも構わないか」
「仰せのままに」
畏れ多い、なんて言えません……。
陛下が「ではそうする」と仰り、先王陛下の弟君様にご連絡し、了承を頂き次第、私は両親と縁を切ってそちらへ養女という形で迎えて頂くことと相成りました。
「話が一段落したところで申し訳ないですが」
あ、すっかり聖女さまの存在を忘れてしまっていました。ずっと口を挟まれることが無かったので、とは言い訳です。
そしてアマディオ第一王子殿下の存在も忘れてしまっていました。それって私の注意不足ですよね。
でも、正妃と違い、聖女さまは空気の読める方ですね。自分が中心じゃないと気に入らない正妃と本当に姉妹なんでしょうか。
アマディオ第一王子殿下も、あの正妃の息子なのに穏やかです。ディオ様もあの正妃の息子なのに優しいですし。本当に親子なんでしょうか。
「聖女殿、済まなかったな、こちらの話ばかりで」
「いえ、構いませんわ。甥であるエンディオの婚約者がどのような令嬢か知りたくて話をしてみましたが、お姉様の我儘の犠牲となった夫妻の娘とはいえ、大切にされていると思いきや、全く顧みられることないと知り、唖然としていたところです。
ジェーン、あなたはもう少し我儘というか自己主張をした方が良かったと思うわ。自分を褒めて、とか話を聞いて、とか」
聖女さまが痛ましそうに私を見て仰いますが、首を捻ってしまいました。
「全く会わない親にどこで伝えれば良かったのでしょうか」
「全く会わない? 帰って来ないの?」
聖女さまがまさか、という顔で私を見ます。
「父は公爵の仕事で帰ることもあるようですが、帰って来ても使用人の誰一人として私に知らせが無く、父が帰ったと私に声をかけてくることもなく。ですので帰ってきたことも、また出かけたことも全く分かりません。馬車の音など部屋の中に居ると聞こえませんし、使用人たちとの会話も聞こえませんし。出迎えなどの動きすら全く分かりかねます。
母の方に至っては、帰って来ているのかどうかすら分かりません。夫人としての仕事をこなしているのかどうかも。使用人の誰一人として私になんの報告もありませんから。
使用人が私に言うのは、身支度や食事に関して。或いは王家からの手紙やディオ様からの贈り物が届いた報告くらいなもの。両親に関しては全く分かりかねます」
自分で話していて思います。随分と冷えた家族関係と言いますか、冷めた主従関係と言いますか。
「使用人に我儘を言うことも無かったの?」
聖女さまが、あまりにも酷い、と私の話を聞いて更にそのように仰います。
「公爵家での淑女教育でも登城しての王子妃教育でも、どんなことがあっても感情は押し殺し、我儘は言わず、好悪の有無さえ出してはならず、ただ受け流すように、と。但し、公爵令嬢として王子妃として、人前で毅然とした姿を見せることも必要だから、相応の対応と振る舞いを心掛けるように、と」
聖女さまだけでなく、聞いていた陛下とディオ様も頭を抱えてしまいました。
お三方いわく、他家ならその教育は正しいらしいのですが、私の場合は家庭環境が違い過ぎるためにその教育は当て嵌めてはならなかった、と。
ですが、公爵家に派遣された家庭教師も王子妃教育を行ってくださる夫人にしても、我が家の家庭環境はご存知無いのですから、仕方なかったのでしょう。
兎に角、私は我儘だろうと両親への願いだろうと口にすることは一切無かったのです。それが私の今までの暮らしぶりなのですから。
お読みいただきまして、ありがとうございました。