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ファン一号Guuuuuux

 儂がいくら小説を書いたって読む人がいやしない。あれだけ書いたのに一銭の価値もないようだ。毎日のわずかな時間を投げ打って書いているのに、それが無駄だったなんて、だったらふて寝していたほうが気楽でよかったじゃないか。なんなんだ、この野郎。

 だから儂は考えた。読む人がいないのなら作ればいい。偶然か必然か、儂は国家の研究者。あんなものいいな、こんなものいいなをいくらでも私物化しちゃえる立場。実験室も同様、儂はまさしく私利私欲、好奇心とも名も付けられない、禁忌を侵すことにした。マッドサイエンティスト? ノー、こんな歳にもなって寂したがりな、どこにでもいる超絶爺さんだ。よし、出来た。


 「あばばばば、ばばばあ、ばば? ばあ? あばばばば」


 ちょっと調子が悪そうだ。頭のネジを三本ほど加えて、これで大丈夫だろう。

 

 「コンニチワ。ハカセ。ドウシマショウカ?」


 そうであるそうである。儂はついに人造人間、現代風にいうのならアンドロイド、造りました。動作確認、ソフトのエラーもなし、よしよしと、儂は満を持して、もちろん軍人どもの光った目をかいくぐって、その人造少女を家に持って帰った。持って帰って、こう命令した。


 「儂の小説読んで」


 人造少女は「ワカリマシタ」と無表情に、積まれたUSBメモリを印刷機に差し込んで、儂の文字を読み始めた。


 「タソガレドキノ~」

 「口に出さんでいい」


 よしよし、やったと。儂の、儂だけの読者がやっとできた。ファン一号だ。よし、これからそう呼ぼう。

 ファン一号は無機質な大きな目をスロットのように回して、儂の小説を次々と読んでいく。あれは大作だと、これはその次回作で、これはこれはと、儂が隣りで説明するのも無視する程、無我夢中になって。

 USB一本読み切ると、ファン一号はすぐさま次のUSBを差そうとする。やっぱり面白いだろう。されど儂は命令してそれを止めさせた。やはり感想が聞きたいのだ。なんたってあれは練りに練った、五年もかかった超大作。一番の自信作。わざわざ崩れそうなUSBの山の頂上に、忘れぬようにと置いていた儂の伝説なのだ。さぁ、感想を訊かせておくれ。


 「スイマセン。ヨンダダケデオボエテマセン」

 「なんだって?」

 「スイマセン。ヨンダダケデオボエテマセン」

 「二度も言うな。わかってるから。それでなんだって?」


 三度吐いて同じだったから、壊れたのか、それともエラーがあったのか、色々調べようともしたが、その前に、頭の斜めをちょいと叩いて、もう一度同じことをさせてみる。


 「どうだった?」

 「ウ~ン。コレハ、ワカンナイデスネ。ナニヲカキタイノカマトマッテナイシ、ナガイワリニハナカミガナイトイウカ。ウチデハイラナイデスネ」

 「なるほど。なんかムカついた」


 若かりし日の忘れられない嫌な顔を思い出して、おじいちゃんは認知症に憧れそうになった。少しばかり手直しして、また明日読ませるとしよう。

 その日のベッドは妙に硬かった。なんだかんだ、国の偉い人に人造人間造ったのをバレていないか震えたのだ。そのせいでちゃんと悪夢を見て、ちゃんと夢の中で叱られたから、まぁいいかと気を取り直した。


 改良に改良を重ねて、ついにファン一号は完成した。名付けてファン一号Guuuuuux、長いし特に意味もないのでファン一号と呼ぼう。

 例のごとく、軍人に監視されながらUFOを解体し終えて帰宅すると、ファン一号はにっこりと春の花が咲くように笑って、玄関に居てくれる。


 「おかえりなさいませ。ご飯にしますか、お風呂にしますか、それともぶ・ん・が・く?」


 完全に儂の趣味である。小説を読ませるために作ったけれど、色々してくれるから、意外と便利で良い。非売品でなければ、今頃儂は億万長者だろう。もっともその前に政府の偉い人と、宇宙人様に拷問されかねんがね。

 とりあえず風呂に入って、ご飯を食べる。ファン一号はまるで結婚したばかりの若妻のようにエプロン揺らして料理を並べ、ニコニコと儂が食べる姿を正面から見てくれる。もしかして、これが幸せじゃなかろうか。


 「お爺様。今日、八百屋に行きました。オイルは売ってないのですね。あと黒い服の……」


 そういえば妻のように使ってるから普通に外出てた。しかもたぶんその黒い服のってあいつ等のあれっぽいな。おじいちゃん、ピンチ。だけど飯が美味い。いつか指を詰められそうだから、今のうちに指を堪能しておこう。

 して文学の時間だ。ファン一号は儂が執筆する後ろで、溜まりに溜まったUSBを――紙代が結構かかるのでついでに発明した――電子投影機に差して、ペラペラと目を通している。まん丸のメガネもちゃんとつけて、前髪横髪を耳にかけて、可愛らしい文学少女のように読むように改良もした。欲しい男連中もいるだろう、残念ながら非売品だがね。

 そんなファン一号を見ながらだから、筆はしばしば遅れるようになった。たまに目が合うとこっちに手を振ってくれる機能は付けすぎたかなと、少しばかり反省した。三度、四度、また目が合って、するとファン一号がこっちに来た。こんな機能はつけてないな、エラーか? 可愛いからおっけーじゃす。


 「全部読み終えました。続きはまだですか」

 「え? 全部読んだ? 五十年か、六十年か分あるUSBをもう全部読んだのか?」

 「はい。隅々まで。続きはまだですか」

 

 さすが機械というべきか、量子と重力は積み過ぎてしまったのか。儂はいまいち信じられず、色々感想を訊いてみると「青春を思い出して泣きそうになりました」と素晴らしい感想をくれて、まだそれでも信じられず、内容の問題を出すと「いいえ、出題ミスです。ムーミンの出生の問題が出たのは2018年であって、2067年に出たのはカバオ君の大好物とその産地です」と儂も覚えていないところまで分かっている様子だった。ちゃんと読んでくれているみたいだ。

 

 「続きはまだですか」

 「わかった。急いで書こう」

 「楽しみにしています」


 ファン一号は優しく笑った。初恋の人を好きになった瞬間を思い出してしまった、そんな風に笑ってくれた。そして驚いた。あれは儂が埋め込んだものじゃない、自動学習で出来たものだ。もしかしてこの子、儂のこと好きなんじゃね。

 それから数時間。最新話が完成した。儂はどうせならと印刷して、ファン一号に手渡した。ファン一号は飛び跳ねて喜んで、目を見張って読んでいく。あまりの可愛さに心臓発作になりそうだった。恋は寿命を縮めるようだ。


 「疲労も同じであるのだけどね。私はコーヒーを飲んでくるよ。そこで読んでいておくれ」

 「読む? 何をですか?」

 「何を言ってるんだ。呆けるには若すぎるよ。渡しただろう、儂の最新作」

 「それなら読み終えました。続きはまだですか?」

 「え?」

 「続きはまだですか?」


 あの目はほんとうに可愛らしかった。底知れぬ儂への興味と、ありもしないはずの純粋な、儂の作品が待ちきれない、そんな眼差しだった。あんなのを向けられたことはない。儂がずっと欲しかったのは、あの心だ。

 儂は嬉し過ぎた。嬉しすぎて、休憩忘れて、すぐさま続きを書いてしまった。歳ならず、無理してしまった。いやもはや、若返ったともいえよう。儂は恐れず、気持ちのままに続きを書いた。

 それから三十分。完成した。儂はまた印刷して手渡した。ファン一号はさっきよりも激しく飛び跳ねて、若干地震警報が出てしまった。ルンルンと頬を緩めながらファン一号は読んでいく。うむ、やはり可愛らしい。そのせいでやはり疲れた。恋は寿命を縮める、ちゃんと論文を出してもよさそうなくらい確信した。


 「さて、私はコーヒーを」

 「続きはまだですか?」

 「え?」

 「続きはまだですか?」


 なんだろうか。その目を見ると儂はドキドキする。やはり恋だろう。そうならばそれほど恐ろしいものは無い気がする。この子は儂が欲しい視線をくれる、儂が求めている、意欲をくれる。そんな風に可愛らしくするのだ。やる気が出ないと悩んでいる受験生、ここにそれがあるが、やる気などなくてもいいかもしれない。

 儂は抗えない。この子は完璧すぎた。まさしく美少女だったのだ。儂はどよめく心臓を堪えながら文をしたためる。彼女への恋文となった、我が物語を。彼女が満足しないように、あの目をまた向けられたいから。


 そんな日々が続いて儂は疲れ果てた。文を綴る機械になり果ててしまった。あの子は恐ろしい。あの子は何も儂をそうしようとしたわけじゃない。真摯な下心なのだ。儂があの子を造ったように、そう命令したように、あの子もまた儂をそうした。そこに偽りはないのだ。だからこそ、どうしてもあの子は可愛らしく。裏切れないのだ。

 儂はこの細い腕が干乾びるまで、震える心臓をむしろエンジンと見立て、文字を書くだろう。なんて幸せな人生だろうか。

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