唯一無二の嫌われ役
神の見えざる手が僕の心臓を掴んだ時、僕はただ笑顔を振りまく機械になっていた。きらきら星の集まり、輝く舞台の上、完璧な二次曲線描くような僕の笑みは、僕以外の皆を幸せにしているみたいだ。
最初に舞台に立ったのは、いや、立たされたのは気持ちの欲しい母の推薦。母が楽しそうだから始めてみたものの、実情酷く、目も当てられない事ばかりの世界、色々と足を動かさなきゃならない世界で辞めたくなった。だけどやっぱりモテたし、これが幸せだと、ここにしかないと、それ相応の対価と見えたから続けていた。
一人脱退した。薬をやっていたらしい。もっと頑張った。また一人脱退した。少年少女を襲っていたらしい。いろいろ起こるたびに、僕らは頑張ってきたけれど、苦しくないわけがない。完全に気持ちは作るものになっていた。次にその魔の手が僕に振りかかったとき、僕はもう止めにした。もうやっていけない、限界だったんだ。何かを被る前に自ら手を引いたんだ。
なのにほんとうに酷い世界だ。僕が脱退を表明したとき、ファンは悲しんでくれた。なのにだ、僕がその日まで居座ることすらさせなかったのだ。あれらは。僕に人身売買の疑いを掛けてきたのだ。グループの中で最も人気のあった僕が抜けるとわかって、その価値が落ちる前に僕を利用したんだ。売ったんだ。あいつらは。僕は一瞬で、好かれた分だけ嫌われた。
抗議もした。社長に怒りをぶつけた。すると厚化粧の皴を寄せて、知らないふりをされた。もうお前はうちの人間じゃないという素振りだ。許せない。僕の頬にかかっていた出っ張った紐が千切れる音がした。感情が高ぶって、事件になってしまった。
その後、裁判をしたけれど、一つは完全に無罪。もう一つは完全に有罪。その後者を大きく取り上げてあたかも両方ともあったように世間には知らされた。
こうなって僕は完全に嫌われ者になった。好かれた分だけ、自然といい味を貰っていたように。こうなった分だけ、罵詈雑言を受ける日々になった。朝日に照らされ、シャワーを浴びていた僕は、今や
口に突っ込まれているかってほど、泥を浴びている。それに歳を取ってしまって、元気もなくなった。
だいぶ月日が経った。こじんまりと暮らしていたアパートの戸を、やけに丁寧に叩く音がした。どこぞのいかれた配信者か? 警戒しつつも素直に開けた。妙に自信ありげな四角い眼鏡のスーツマンがいた。
「よかったらうちのチャンネルに出てみませんか」
どうやら世間知らずの迷惑系じゃないようだ。僕はちょうどお金が欲しかったから、その仕事を受けた。また災いが降り注ぐかもと恐れはしたが、このスーツマンは入念に作戦を練っていたから信じてみた。というかそもそもそれがこいつの狙いだった。
僕は久々に表舞台に出て、あらゆる事情を暴露するとともに共演者に、ぶん殴らんばかりの誹謗中傷を吐いた。いわゆる炎上商法、嫌われ屋。スーツマンの予想通り、僕は一気に注目の的となり、沢山のお金が動いた。同じ様な仕事も増えた。
人並み以上の演技と、嫌われ慣れた日々。今までの全てが集約して完成した僕は、唯一無二の嫌われ役だった。嫌われれば、嫌われるほど、リスナーは僕へ正当化された暴力を振るい、発散できる。イライラした人間が僕を見て、イライラし、僕に言葉でぶん殴って気持ちよくなる。そういう役だ。
それにしても矛盾している気もする。どこぞの生産性の無い荒しコメントのような罵詈雑言、全く整合性が取れていない。そう言い切れるのは僕が、君たちが選挙で選んだ、首相だからだ。本を出しても売れやしないがね。