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罪人

 人生で最低な場所はどこだと思う?


 ネズミの小便を啜り飲み、生ごみ漁るような日々?

 豚臭い警察に怯えて縮こまる日々?

 女房をぶった後に餓鬼から可哀そうな目を向けられる日々?

 酒と薬と女にのめり込み道端で喘ぐ日々?


 違う。その全てを間違いだったと、人生を逆行していく日々だ。刑務所に着いて写真を撮られたとき、俺の人生は無かったことにされた。最初から真面目に生きようとしたのなら、今ここに立ち戻る遠回りをするわけがないだろう。

 飯が出てきて、働かされ、昼休みを貰ったら眠る。ここは学校かなんかか。その割には可愛い娘はいねえし、厳つい奴と弱っちい奴がぞろぞろいる。時間じゃねえのに穴を掘る馬鹿もたまに見かける。


 「キリスト教は同性愛禁止じゃなかったのか」


 神父はまた無視した。そもそも俺の問い自体を。

 この手の善人ぶった人間はよく『全ての人は救われる』と言う。その癖に鎖をつけては、閉じこめて、自己否定自己否定、救われる人しか救われないのを知っていながら、そうしても大した効果がないのを知らないふりだ。

 そういう態度は傲慢だと神父は聖書なんかを開いて、お祓いするつもりか、説教をする。


 「信じれば必ず救いがあります。行いを改め、真摯に生きましょう」


 心底善人ぶるのに熱中しているようだ。開いた聖書を見ずに呪文唱えて、あんた自身が信じてないんじゃないのかと思うよ。俺は唾を吐きかけるようにした。


 「会ったこともない奴を信じれるお前らは異常だろ」


 渡された十字架を踏んで教会を去った。大概あいつ等の教えっていうのは都合のいい洗脳だろう。利用されてたまるか。そうでなくとも今更、性根は治らないさ。だったら最初からこんな風に生きてない。演じるなんてできないからこうなったんだ。


 誰かの吐き捨てたガムを、床にこびりついた青く濁ったのを、爪で引っ掻いて剥がす時間がまたやってきた。刑務官や社会に苦労するだけでなく、同じ身分の奴らまでも。どいつもこいつもクソ野郎だ。けども話が合う奴もいる。あっちで渋い顔して便器を手で擦っている髭野郎だ。


 「不満げだけどよ。俺は糞、お前はガム、どっちがマシだろうな?」

 「じゃんけんに負けたのはお前だろ」

 「はいはい、あーめんあーめん」


 つまらない日常ならまだ鼻も捻じれない。ゲロを食って生き延びる毎日よりはマシだが、自由でないこの身分は窮屈なもんだ。トイレ掃除した後に、毎回一生分手を洗ったら、その手で飯を食わされるなんてあいつらは俺たち以上に最低だ。そう見張りの刑務官を睨むつけると、こっちを向きそうだったから、すぐやめた。

 それにくちゃくちゃと煩いのがつねに隣りってのもあいつらのせいだ。フォークをそのはみ出る舌に突き刺す許可くらいくれてもいいだろう。


 「なんだ? 食わないならそれ、貰っていいか」

 「ああ、やるよ。お前を見てると食欲失せる」

 「何だお前、ダイエットでもしてんのか?」


 つまらないジョークで飯を持ってく。余計に食欲が失せるもんだ。罰ゲームってのがあるならここはオンパレードだな。

 にしても、どこに行っても汚ねえ。これじゃシャバと大差ねえだろ。余計にここを出る理由が見当たらない。それとも出したくないのか。まぁでもまだマシなところはある。俺たちにとっての聖地、バスケットコートだ。無論、髭や禿、歯無しが汚いのは変わらないが、場所が綺麗なだけマシだ。

 こいつらは下手なバスケを無我夢中でやってさらに汗臭くなって子供みたいにはしゃいでやがる。ここじゃ娯楽なんてこれしかない。馬鹿な俺たちじゃ本も読めねえし、祈る言葉も覚えられない。身体動かして、ボールを輪っかに入れるだけなら楽なものだ。けれどもそうやって楽しむのは、そんな身分を認めてるようで行け好かない。


 「おい、見てばっかいないで加われよ」

 「やだね。疲れてんだ」

 「そうは見えないな。そうだろ?」


 コートの端で座り込む俺を同じくせに、どっかの偉そうな服装の奴らみたいな目で見てくる。なかなか挑発的な野郎だ。


 「よし、ボコボコにしてやるよ」


 そうして始めたバスケは久々で、久々すぎて、全然ダメだった。楽って言ったけど、ルールなんか覚えられねえよ! こいつら笑いやがって、テクニカルファウルとか、刑務所ならそんなのいらねえだろ。真面目かよ。

 終いには俺が入った方が負けると言いふらされ、煽られた。屈辱的だった。だから沢山走ったら、一番疲れていた。こんなはずじゃなかったのに。


 「さすがトイレ掃除のドンだな! はっはっは!」

 「ぐぬぅ……」


 激しく息をする肩をトントンと馴れ馴れしく叩いてくる。完全に下に見られてる。これじゃ、この先危うい。ここじゃ一度、馬鹿にされたらいいようにこき使われる。俺はその手を振り切り、何も言わずその場を後にした。もうここには来ない。そう決めた。

 その次の日、こいつらに引っ張られ、ここに連れていかれた。クソ! こき使われるようになった。毎日毎日、つまらねえバスケをして汗流して疲れ果てて、ルール覚えてきて、ダンクかませるようになって、煽りまくって退場するようにまでなっちまった。兄弟って呼び合う仲になってた。クソ!


 「なぁ兄弟知ってるか?」


 こいつは息を切らしながら俺に語る。


 「51番って知ってるか。ギャングの大物だったらしくてな、色々と俺たちに幅利かせてる。今もどっかでカジノしてんだってよ」


 意味の分からない話をする。俺に何の関係があるってんだ。そんな恐ろしい奴と関わるつもりもないし、邪魔しててももう慣れちまった。

 続けてこいつは語った。それはどこか含みがあるようなため息を混ぜて。


 「トイレにガムを吐き捨ててるのは51番なんだよ。さっきさ、文句言ってたから。本人に聞かれたら目付けられるぞ。やめとけよ」


 兄ぶってまた俺の肩を叩く。けど、お前の心配したような気持ちはむしろ、俺の心を高鳴らせていた。そうだ、そうだ、じゃあ51番をボコボコにすればこいつより強いって証明できるわけだなと。

 俺の不敵な笑みにこいつは焦った顔を見せたが、もう遅い。俺はさっそく、そのカジノを探した。


 いやいや酷いものだ。情報を辿って着いたのは教会だったから。よく見れば床に落ちた十字架には白い粉末がついているじゃねえか。ここの裏口に51番はいるらしい。俺はお気に入りの釘バットを背中に潜め、コンコン、ドアをノックした。ドタバタと扉開いたのは神父。


 「ええ、どうしました?」


 その顔を横にぶん殴る。すると部屋にはトランプ握った、やけにガタイの良いのが二人とくちゃくちゃとガム噛む偉そうなのが座っているじゃねえか。熊のような怖い目つきで俺を睨んでいる。それじゃあ、釘バット出したらどうなるか。あいつ等は物怖じせず、椅子をぶん投げてきた。


 「いい度胸だ。身の程を教えてやる!」

 「こっちのセリフだ! 舐めてんじゃねえぞ!」


 自分でも驚いた。戦いは血で血を洗うような殺伐としたものだった。すっかり部屋はぐちゃぐちゃになって、血塗れの奴ら三匹が転がっている。色々なものが床に散らばって、やっぱ汚い。でも綺麗だ。

 その後、俺は刑務官に見つかりまたこっぴどく説教され、独房に入れられた。刑期が伸びるかとも思ったが、あれにはあっちも手を焼いてたらしく免除された。

 独房越し、刑務官が聞いてきた。


 「お前、狂ってるな。外に出たらどうなるかわからんぞ」


 俺からすれば狂ってるのはお前らのほうだ。ここに来た時点で外も中も変わらない。失うものがない俺たちはなんだってできる。どうしようもないプライドの為に死ぬことさえ。そうやって生きてきた。そうやって死ぬんだ。

 

 その裏路地に狭まる世界。俺たちはそこにいる。害獣が生きる理由をお前たちは導くことはできない。愛や平和を信じるように。

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