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木の葉に記して

 啜り泣く木があった。子供が遊ぶ野原にぽつりとあるそこそこ大きな木。今日は雨になったから、一人、その葉から雫を落している。その湿っぽい足元に、私はやってきてしまって、雨宿りする羽目になった。

 木は泣く。クンクンと泣く。目を擦っては足元も見えないから、私に構わず。また私も黙った。いい大人が一人で泣いていて、気をかけるのは、むしろ恥だろう。勝手に止まった身分ならなおさらであろう。されどずっとそうされると居心地も悪い。どうせもう会わないのだからと、一つ伺ってみた。


 「そんなに泣いてどうしたのですか」


 木はまさか私がいると知らず、急いで枝を折って涙を拭いた。けれどその振られた雫がこの頭に付いたのに気づいて申し訳なさそうにした。


 「僕は冬が苦手なんです。冬の雨なんて最悪です。どうして泣かずにいられるでしょうか」

 「寒いのは辛いですよね」

 「違うんです」

 「ああ、寂しいのは辛いですか」

 「だから違うんです。こんな日になると昔のことを思い出して哀しくなってしまうのです。もうすぐ春が来るとなる、こんな日は」


 木は湿る空気とは似つかない乾いた風を吹かす。酷い日に雨宿りしたなと私は帰りたくなった。それを許さないと雨は降りやまないので上を向いて、いくつか鉛のような涙を目に当てられる。

 それで同情したと勘違いしたのだろうか。木はボロボロと葉を崩してさらに泣いた。

 

 「僕は突っ立ってるだけ。紙になれませんでした。家になれませんでした。飾られもしませんでした。価値の無い木なのです。どうして生まれてしまったのでしょうか。春になればまた、みんなどこかへ行くというのに」


 樹皮に雨が滴る。背もたれにもならないところ、椅子にもなれず、ほんとうにそうだったのだろう。ここは昔、森だったと聞いたことがある。今じゃ広場になって、この木が一つだけ残っているところ、置いてかれたらしい。

 そんな風だと心境が迫る。同情したわけじゃないけれど、私は背を濡らした。


 「実は私も特に行き場がないのです。この足も、どこに向かうすべもない」

 「そうなんですか……」


 葉にぶつかる雨音よりも芝にぶつかる音のほうがよく響き出した。


 「じゃあ僕と一緒ですね! やった!!」


 この木が泣くのを止めたから。ボクシングの的くらいなら利用価値があるのではないだろうか。そう一発殴ろうとする手前、木は図々しく木の葉を散らせた。調子に乗ったまま、私を励まそうというのか。木はそれで涙を拭けと、まだ流れていないのに雨粒だらけの紙もどきを渡してきた。私は丁重に風邪がうつるかもしれんと、破り捨てた。


 「僕は病気なんて持ってないですよ。健康だけれど利用価値がないだけです。そう思うともっと泣きたくなってきました。どうしてくれるんですか」

 「知るか」


 私が適当に返すと木はまた雨粒を降らせた。大層な身分である。この類は、どうせ優しくしても泣くのだから、私はとどのつまり濡れ疲れるだけなのだ。構ってられない。

 私はその葉を集めて傘にして、さっさと出てくことにした。できなかった。穴がちらほらある、重い塊にしかならなかった。


 「虫に食われてみるものですね。イエイ!」


 踊るように枝を揺らせて使えもしない葉が降りかかる。ついでとまた雨粒に濡らされた。こいつの場合、泣こうが喜ぼうが、静かでない限り災いが起こるだけらしい。こうなっては何もせず、黙って雨宿りをしていたほうがいいだろうか。

 それからペラペラと言葉を落とす木を無視して、私は座り込んだ。暇だからポッケからシャーペンを出して、ペン回しして遊んだ。それも勢いよく飛んで行って水溜まりに落ちると飽きたから、ついにすることもなく、葉の一枚一枚を手にとっては観察した。

 どうやら葉はどれも別のようだ。穴の位置から色、大きさや硬さ。今日散った葉、昨日落ちた葉、明日降る葉、それも違っていたのだろう。これは誰かの生命ないしは物語。ここに訪れた子供が踏んだ葉は、その思い出は、同じ様でも姿を変えたのだろうか。そんなつまらない文句を頭の中、どうでもよくなって、シャーペンを取って、また回した。

 そうしているとまた木は葉を降らせた。


 「ルンルン帽子♪ ルンルンルン! 一緒に歌いましょうよ」


 あれがぶつかってペンがまた水溜まりに落ちそうになった。そろそろうんざりしてきた。どうにかしてこいつを黙らせないとダメだとわかった。けれどどうするか、考える思考も纏まらせない下手な歌を歌うこの木の口をどう塞ぐか。ああ、そうか。


 「適当な話を読むとしよう」

 「え、どんな話? 聞かせてよ!」


 そうして私はこの行き場の無い筆で、有り余って降った木の葉に物語を綴ることにした。大した意味もない、雨が降り止むまでの暇つぶしである。

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