7 招かれざる客
その日からトーヤは文字通り何もしなくなった。一日中部屋のベッドの上でゴロゴロしているだけだ。
食事はジーンが適当な物を運ぶと一応食べるが、何を出してもおそらく味なんて分かっていないのではないかという感じだ。
特にジーンを邪険にするわけではなく、夜は一緒に寄り添って眠り、昼も何かを話して笑い合ったりはするが、魂がそこにはないようにジーンは感じていた。
ジーンは大切な人を亡くした経験がない。両方の祖父母は物心つく頃にはすでに他界しており、いないことはさびしいと思ったが失うという経験はしていない。両親とも若くして片親を亡くしていたため、どちらも兄弟姉妹はなく、親戚らしい親戚はない。おかげで親戚の不幸にも立ち会ってはいない。知人や友人にも病気やケガをした人はあったが、幸いにも皆回復して命を落とすようなことはなかった。
だからだろうか、トーヤが受けただろう心の傷の深さを今ひとつ本心からは理解できていない気がしていた。
だが、誰かが誰かにとって大事な存在になるということは理解できる。そしてその人を失うかもと考えると、狂おしいほどの苦痛を感じるだろうということも。
もしも今トーヤがいなくなってしまったら、自分は正気でいられる自信がないとジーンは思った。トーヤは今、おそらくその状態なのだろうと頭で考えることはできた。
だけど、やはりその相手がこの地上から消えてしまう、そのことについてはジーンは本当の意味では理解できていないのだろうと思っていた。
もしも誰かが自分の目の前から消えてしまっても、今離れて暮らしている家族のように、この世界のどこかで生きている、それとどこが違うのかがやはりよく分かっていないのだと思う。生きていたとしても、ジーンはもう二度と家族と会えない覚悟を決めている、それとどこが違うのだろう。ジーンは今のトーヤを見て戸惑うばかりだ。
そのうちトーヤがこの店にいると聞きつけて、色んな人間が声をかけに来るようになった。トーヤをよく知る者、知らない者、誰もが「死神」に仕事を手伝ってもらいたい、そう言ってくるのだが、トーヤはその話も片っ端から断っている。
「だから、今は仕事はしねえって言ってるだろうが、しばらく休むんだから声かけてくんなっての」
大抵の者はそう言うとすごすごと退散するのだが、たまにしつこい者がいても、
「しつこいな、いい加減にしねえとどうなっても知らねえぞ」
と、トーヤが一睨みすると震え上がって退散していく。よほど死神の恐ろしさを知っているのか、トーヤの視線に恐れをなしたのかは分からないが、それ以来二度と来ることはなかった。
そんな中に一人だけ、いかにも堅気だと思われる小柄な大人しそうな男がいたのだが、その男だけは断られても何回も何回も誘いに来る。
トーヤの話によると男はティクスという焼き物職人で、若いのに結構いい腕をしているらしい。ある時ティクスが町の中でその腕を妬んだ先輩たちに嫌がらせを受けているところにトーヤが通りがかり、たまたま助ける形になったところ、それ以来懐かれたということだった。
トーヤが戦場から戻っていると聞くと飛んできて、ずっとそばにくっついている。特に邪魔になるものでもなしと、トーヤも好きにやらせていたのだが、その男が仕事の話があると誘ってきたのだ。
トーヤは他の者に言ったのと同じように、今は何もする気がないからと断っていたのだが、とにかくしつこくやってくる。ジーンが店の食堂で同僚たちといるのを見つけると、ジーンをトーヤの女と認識しているのか、呼んでほしいと声をかけてくる。仕方なく一応トーヤに声をかけるのだが、あまりのしつこさにトーヤもとうとうティクスが来ても取り次ぐなと言って部屋にこもってしまった。
困ったのはジーンだ。この招かれざる客はなんとか話をしてくれ、トーヤと会わせてくれと今度はジーンにしつこく頼み込んでくるようになってしまった。なんと言われてもトーヤが嫌だと言っているのだし、第一トーヤの考えを変えさせるようなこと、自分にはできないと言っても納得しない。
あまりのしつこさにとうとうジーンの方が逃げ出す形で店から出かけることにした。店の上の部屋には女を選んで金を払った者しか上がることはできない、誰にも相手にしてもらえなかったらさすがに諦めて帰るだろう。そう思って少し離れた店の知り合いを尋ね、しばらく時間をつぶすことにした。
戻ってきたら、驚いたことにティクスは一人の女を選んで金を払い、階上に上がったはいいが、女の用はそこまでと、ジーンの部屋に入り込んでトーヤと話をすることになったということだ。だしに使われた女は仕事をしなくても金をもらえたからいいけど、ジーンには責任がないけどと言いながらもかなり不機嫌で、おかげでジーンは愚痴につきあわされるはめになった。
そしてそれからしばらくしてのことだ、トーヤがティクスと一緒に降りてきて、どこかに話を聞きに行くと言って出かけたのは。ジーンはその時のトーヤの顔を見て、意味もなく不安を感じることになった。