6 早すぎる子ども
事情が事情なだけに当然のことかも知れないが、トーヤはしばらく姿を見せなかった。そしてその間にまたもう一つミーヤの話題で周囲は盛り上がることになる。
ミーヤの墓のことだ。上級の娼婦ならともかく、場末の娼婦は大抵の場合、白い布で包まれるだけで共同墓地に入れられる。個人の墓など夢のまた夢だ。それなのに、旦那たちが金を出し合って墓を作ってやったというので、あちらこちらで話の種にされることになる。
ある者はあんな下層の娼婦がと腹立たしそうに、またある者は妬ましそうに、そしてある者は自分もあやかりたいと羨ましそうに話題に出す。厳しい仕事だ、若くして病を得たり亡くなる者も多く、決して遠い話ではないからだ。
ジーンは自分からそんな話題には入らなかったが、トーヤが常連であることから、色々と聞かれることになった。おそらくトーヤもその墓に金を出しているのだろうと思ったが、ジーンは何も話を聞いていない、知らないで通すことにしたら、そのうち何も聞かれなくなり、その頃になってやっとトーヤが姿を現した。
「すまないが、一月ほど居続けで頼む」
トーヤはそう言って一月分の金と、少しばかりの心付けを合わせて女将に渡した。
「いや、そりゃうちは金さえもらえば商売なんだからいいけどさ、一月ってのは長いね、あんまりあることじゃないね」
と、女将は目を丸くした。
ここが宿屋ならば仕事で一月居続けの客というのもない話ではない。だがここは娼館、ないこともないが、普通はあってもせいぜい数日のことが多い。実際にトーヤも数日居続けたことはあるが、これほど長くいたことはない。
それだけではない、今回少し様子が違うと見えたのは、トーヤが一人で来たのではなかったからだ。ディレンが一緒に付いてきていた。
「それで、ディレン船長はやっぱり居続けかい?」
「いや、俺はこいつが本当にここに来るか見届けに来ただけだ」
「るせえな、いらんお世話だ! 俺がどこに行こうとあんたには関係ないだろうが!」
トーヤがいきなりそう声を荒げたのでジーンは驚いた。なぜなら、今までトーヤがそんな感情的な話し方をするのを聞いたことがなかったからだ。
いつもトーヤは陽気で優しく、周囲の人間への気配りを欠かさなかった。今回ほどではなくても少し特別な用事を頼む時には心づけを忘れなかったし、使い走りの子どもを叱りつけたことも一度もない。死神という恐ろしげな通り名を持つ人間にはとても見えない。
それなのに今の様子はどうだろう。まるで小言を言う親に反論する息子のように苛ついている。トーヤにはこんな一面もあったのだとジーンは初めて知った。
「そうはいかん、俺はミーヤから頼まれてるからな」
「だからそれがいらんお世話なんだよ!」
トーヤはつかつかとジーンに近寄ると肩をぐいっと抱き寄せる。
「俺にはこうして懇意にしてる女もいる、ミーヤのことが一段落したからやっとこいつのところに来られてホッとしてるってもんだ。あんたはとっとと小金稼ぎの仕事にでも行ってくりゃいいだろうが」
言葉では一人前の男のようなことを言っているが、その表情はまるで早く大人になり過ぎた少年のようだとジーンは思った。
ディレンはまだ何か言いたそうな顔になったが、トーヤの様子を見るとそこでやめた。何を言っても同じような反応しか返ってこないと思ったのかも知れない。
ジーンは自分の肩をきつく掴んでいるトーヤの顔を見た。とっとと行ってしまえと言いながら、本心では行ってほしくないと思っているように見えた。まるで親に置いていかれる小さな子どもが駄々をこねているかのように。
「まあいい。とにかく俺はしばらく海に出るが、帰ってきたらまた来る」
ディレンはそう言うと女将と、それからジーンに軽く会釈をして出ていき、その後姿にトーヤは聞えよがしに舌打ちをした。
ディレンが行ってしまうとトーヤはそのまま一緒にジーンの部屋に上がったが、その時にはもうすっかりいつものトーヤのままだった。
「ちょっと行くところがなくなっちまったんでな。落ち着くまで世話になるが、邪魔だったらいつでも言ってくれ」
ジーンはそれはいいが、一体何があったのかと聞くと、トーヤはこともなげにこれまでのことを説明してくれた。
ミーヤが亡くなり、やはり旦那たちと一緒に墓を作ってミーヤを弔ったこと。その後片付けを終わらせた後は元の娼家に出入りする理由もなくなり、しばらくディレンの泊まっている宿に世話になっていたこと。そのディレンが海に出るのでその宿を引き上げることになり、どこに行くのかとディレンがしつこく聞いてきたこと、なんかをふざけたように話した。
「まあな、とにかくミーヤのことで疲れもあったし、しばらく仕事休んでゆっくりするって言ったんだよ。そしたらあの親父、どこに行くんだってそりゃしつこくてな。そんで、しょうがないからそんなに知りたきゃ付いてこいって言ったらあれだよ」
そういう経緯があったらしい。
「まあ、すぐに仕事しなくてもそこそこ金はあるし、しばらくゆっくりするつもりだ。ちょっとの間頼むな」
言うだけ言うと、トーヤは少し寝ると横になり、ぐうぐうと寝てしまった。