なぜまだ挑み続けているのか ?「パート2」
さんねんまえのほうかごのあついゆうがたのことだった。ぼくはじぶんのいえのしょくどうにすわって、てにもっていたとうめいなしんぐらすをみつめていた。そのしんぐらすはすうふんまえにがっこうのAPAにつなぐためにつかったものだ。そのとき、ぼくはちゅうがっこうさいごのねんどをすごしていた。
「ねえ、みのる……なにかわるいことでもあったの?ずいぶんおちこんだかおをしているけど……」
それはぼくのむかいにすわっていた、ははのあね、ぼくのおばのくちからでたことばだった。かのじょはつきにいちどかにど、かぞくをたずねるのがふつうだったが、ぼくがいちばんふしぎにおもったのは、おばがAPAをつかわずにたずねてきたことだった。これはぼくにとってかなりめずらしいことだった。
かのじょのなまえはたなかひかるだった。そのころ、かのじょはさんじゅっさいだったが、ぜんぜんそのとしにはみえなかった。ぼくとおなじく、オレンジいろのかみをしていて、まえとうしろにのびたふたつのながいツインテールがさきのほうでまがっていた。
「さあ、そんなかおをかえないと!おばのひかるがあいにきたのに、うれしくないの?わらわないと!ほら、ぼくみたいに!」
おおきなえがおをみせながら、おばはぼくのかみをつよくなでて、めちゃくちゃにするまでさわりつづけた。それでぼくはせつめいしようとした。
「さいきん、まいにちがほんとうにたいくつでつまらないんだ……」
「それって、どういうこと?」
「うーん、さいきん、かんがえてみたんだけど、ちゃんとはなせるひとはうちでいっしょにいるりょうしんと、たまにあいにきてくれるおばさんだけなんだ。ほかにはだれもいない。がっこうでは、みんながAPAをつかっているから、どうきゅうせいのだれかとことばをかわすきかいがほとんどないんだよ。」
これをきいたとき、おばのひかるはうでをくんで、めをとじてすうびょうかんかんがえてから、こたえた。
「いまのきみのきもちが、よくわかるよ。おなじとしのひととはなせないのは、かなりストレスになるだろうね……。それに、わたしもだいがくせいのころのことをおもいださせられるわ。わたしも、ともだちをつくろうとしたけど、ぜんぜんうまくいかなかったんだよね。」
「ともだち?そのことばは、りょうしんのくちからしかきいたことがない。じつのところ、そのいみがまだよくわかっていないんだ……」
おばははなしをつづけた。
「たしかに、『ともだち』ってことばは、いまのにほんではあまりつかわれていないよね。にほんじんのせいかつのじょうきょうをかんがえると、すこしずつ、そのことばはことばのなかからきえていってしまった……。そういえば、わたしもさいごにそのことばをつかったのがいつだったか、よくおぼえていないわ。」
いきなり、おばはテーブルにあしをおいて、ぼくのほうにからだをかたむけた。それから、みぎてのひとさしゆびをたてて、ことばのいみをせつめいしはじめた。
「きいて、みのる、ともだちっていうのは、よくあうひとなんだ。おなじきょうみやしゅみをわかちあって、いっしょにたのしいじかんをすごすひとなんだよ。じぶんのことをしんらいできるようになって、ひみつをわたせるひと、そして、あいてもじぶんのひみつをわたせるようなひとなんだよ。まあ、きみにはわかりづらいかもしれないけど、きみはまだほんとうのともだちをもったことがないからね…」
「じゃあ、おばさん、ひかる、きみはほんとうにともだちをもったことがあるの?」
そのしつもんで、おばはすこしのあいだ、こえがでなくなった。
「じつはね…わたしはともだちとよぶことができるひとたちにあえたことがあったんだ。でも、ざんねんながら、かなりまえにそのひとたちとのはなしをやめてしまったんだよね…」
「なんで!?どうしてともだちとわかれたんだ?」
そのとき、わたしはおばがいったことばと、そらしたかおをみて、どうしてもきょうみをひかれてしまった。そのかおは、うれしさと、なつかしさ、そしてかなしいきもちがまざったようなかおだった。
「きみのねんれいにちかづいていたころ、わたしはがいこくでべんきょうするためのしょうをおうぼしたんだ。にほんをはなれて、さんねんものあいだ、がいこくのがっこうにかよっていたんだよ。やっと、わたしのがいこくでのせいかつがおわって、にほんにかえってきたんだけど、そのあいだに、しんねんのながれとともに、わたしのともだちとのれんらくがきえてしまったんだ。しんじつ、みんなそれぞれじぶんのじんせいをつくったからね。」
おばのひかるはまたしばらくだまっていたが、すぐにえがおをほほえませた。そして、こうつづけた。
「これらすべてをふまえても、わたしはにほんをはなれてがっこうにかよったさんねんかんをこうけんすることにこうかいしていないわ。さいごには、みんなとたくさんのすばらしいおもいでをつくることができたし、それはわたしにとっていちどきりのけいけんだったんだ。わたしはそうかんじたの。」
おばのひかるがそのことばをいっているとき、うれしそうなかおをしているのをみて、ぼくはしつもんせずにはいられなかった。
「ほんとうに、そのがっこうにかよったことはそんなにすばらしかったの?」
おばのひかるのめが、きらきらとひかりだし、テーブルにうでをついて、ほおをてでささえながら、わたしをわくわくしたようにみつめていった。それで、こういった。
「そのさんねんかん、がっこうでのせいかつがどんなふうだったのかきいてみたい?」
おばのかおをみたとたん、ぼくのこころははやくどきどきしはじめ、からだじゅうにちいさなぞくぞくがはしった。そして、いちびょうもかんがえることなく、ぼくはぜんりょくをこめてこたえた。
「はい、どうぞ!」