EP:2 旧支配者
聖王に許しを乞うて約一日。
エファアルティスは血が付着した継ぎ接ぎだらけの服から綺麗な服へと着替えた。
継ぎ接ぎだらけの服はエファアルティスの意思により捨てない事とした。
自身の戒めとして残す為に。
今日はノアールと共に霧の森へ行く事となった。
依頼はこうだ。
街道を魚型の亜人が占拠しているので追い払って欲しいとの事。
エファアルティスはその亜人がどんな見た目をしているか絵で見せて貰った。
見た目はこう。
酷く猫背で顔は魚体は人間の半人半魚。
皮膚は微かに鱗が生え頑丈だそうだ。
山蛙と言う猛毒の毒を分泌する蛙を食糧とし体内で毒を作っているらしくそれを吐き出して攻撃してくるらしい。
その為エファアルティスは安全な場所で見学を取る事になった。
そして更に注意点があり霧の森には山狼や屍人がうようよ存在しているらしい。
山狼は珍しい個体で基本は群れを造らず単独で行動する。
見た目は巨大でオスには赤き鬣が生えているそうだ。
特に赤黒い個体は非常に強力らしく気性も荒い。
屍人は紫の肌をしておりブォォンと言う機械的な鳴き声が特徴の人型の邪人。
非常に強力で尚且つ群れで行動する為に非常に厄介だそう。
オスは体が非常に大きく筋骨隆々。
人の頭等虫を潰す様に簡単に捻り潰せる。メスの個体は爪が非常に鋭利で爪には血を固まらせる猛毒を排出出来き引っかかれば柔血薬と言う薬が無ければ死に至ると言う。その為柔血薬は出来るだけ持ち得た。それは注射器に入っており引っかかれたら患部付近にそれを刺すらしい。
注射器は街の随所で売っているらしい。
それは持てるだけ購入し街を後にする。
目的地までは約数十分の時間を要するらしい。その為ノアールは色々とエファアルティスに注意点や何やらを教え込んでいた。
霧の森には勿論邪魔や邪人には極力注意を払わねばならないがそれよりも注意を払わねばならない対象が居る。
それは霧の森に住む謎の白きローブを着た女と霧の森の亜竜フォルティナである。
白きローブの女は不確定な情報が多く本当に女なのかは定かでない。
亜竜フォルティナはかつては神竜と言う最上位竜族であったが人との子が孕み神王竜と言うありとあらゆる竜の祖となる竜の怒りを買い位を降ろされ亜竜へと成り下がった。亜竜とは即ち竜に類似し竜とほぼ同じ存在であるが竜ではない種族の事。
故に竜族の間では差別の対象になりフォルティナは霧の森へと逃げ込んだらしい。
ある情報では白きローブの女はフォルティナの娘説と言うのが説かれているが信憑性は皆無に等しい。そもそもの話亜竜フォルティナの経緯が正しいか否かは良くは分かっていない為それが正しいとはとても言い難い。そもそもの話人と竜の間に子等出来るのか?
だが悪魔の証明と言う言葉が存在する様に一概に否定は出来ない。
あれから程なくし霧の森付近まで近づいた。霧の森には死臭が立ち込め人が暮らせる空間では無いと安易に想像がつく。
そこを放浪商人は一人で通るのだから感嘆に値する。
ノアールはここからは四方八方に細心の注意を払えと告げ霧の森へ入る。
霧の森へ入った途端にこの世ならざる世界に入ったと言う感覚が体全体に走る。
エファアルティスは恐怖した。
ノアールの服の裾をギュッと掴み心を落ち着かせる。
四方八方を隈無く見渡す。
エファアルティスは何かの生物と目が合った。それは人の様に感じ又人ならざる者にも感じた。それは初めての感覚。
エファアルティスはその事をノアールに告げるとノアールはまずいなと脂汗を流し始めた。エファアルティスは更に不安になり何が居るの?と震える声で聞いた。
"恐らく…先程話した白きローブの女だ。俺達が何をしようとしているのかを観察しているのだろうな…"
エファアルティスはもう一度目が合った方角を見詰めた。
そこにはもう目は無い。
エファアルティスは目を探した。
刹那、竜馬が甲高い悲鳴を上げ消えた。
エファアルティスとノアールは尻もちを付き何事かと辺りを見渡す。
すると眼前に白きローブを纏った小柄な人が立っていた。
体系的には女性。
小さいが確かに胸がある。
ローブは純白ではなく金の塗装もされていた。じゃりじゃりと一歩一歩と迫る。
それは確かに見た目は人だが雰囲気はまるで強大な何かだ。
強い。勝てない。絶望。
死にたくない。
色々な感情が混沌とする中一際大きな感情をエファアルティスは抱いた。
胸をギュッと締め付ける何か。
胸が高鳴り鼓動が速まる。
彼女を前にするとエファアルティスは胸が高なった。
白きローブの女はエファアルティス達を見下しこう告げた。
"この森の民に手を出そうとしているならば即効に引け。ここは人の世ではない。"
ノアールは立ち上がり白きローブの女を見下ろしこう告げた。
"この森の街道に群れを為す亜人を追い払いに来た。商人が迷惑をしている"
白きローブの女は呆れる様な溜息を吐きこう言った。
"だから言っている。ここは人の世ではない。私達の数少ない世だ。人はそこに土足で踏み入りこの世の民を殺すモンスターだ。母から止められていたがもう我慢ならんのだ。貴様ら人の世では人を襲った生物を殺すそうだな?ならばここの民に害を為す=貴様らを狩ると言う事だ。貴様ら人間と言う劣等種族には理解し難き話か?"
白きローブの女は嘲笑う様にノアールにそう告げた。
ノアールは依頼を放棄すればキニゴスの尊厳に関わると言って大剣を構えた。
"俺はまだ死にたくない。死なない程度に加減して頂きたい。"
ノアールのその言葉に白きローブの女はクスッと笑いこう言った。
"生憎手加減と言う温い言葉は教わってないの。"
白きローブの女は地に手を置き魔法陣を展開する。それを阻害する様にノアールが斬り掛かるが謎の防壁により吹き飛ばされた。
"出てよ勇ましき武勲を上げし英雄 ヘルビオン"
魔法陣から巨大な双剣を持った翼の生えた騎士が現れた。
"ヘルビオンはただ唯一人に認められた邪魔。だが最後は国による裏切りで殺された。彼はただ人を恨み人を虐殺する生物。手加減等してはくれない。それはそんな彼の幽体。故に力は本物に遥かに劣るけど貴様を疲れさせるのは丁度良いだろう"
ヘルビオンは咆哮を上げた。
それは森全体が揺れ近くの木々はへし折れ耳を塞いでも鼓膜が破れそうになる大きさ。だがノアールは怯まず剣を構え続けヘルビオンに飛び掛った。
ガヂンッと唸りを上げる刃。
それをヘルビオンは弾き飛ばしノアールは吹き飛び多少怯む。
その隙を逃すまいとヘルビオンは飛び掛り二つの剣を横なぎに振るった。
それを飛んで躱しヘルビオンの懐に入り込み鎧諸共腹を切り裂いた。
だがヘルビオンは怯まず足を高く上げ地を踏み締めた。
刹那、地が隆起し大爆発を起こす。
ノアールは上空に叩き上げられた。
ヘルビオンも同時に飛び上がり二本の大剣をノアールに叩き付ける。
ノアールは地に叩き付けられるが運よく体は分離していなかった。
歯を食い締め立ち上がる。
エファアルティスが加勢に来ようとするのを静止し剣を構えた。
"俺はぁ!ここで負ける訳には行かねぇんだよぉ…!"
ノアールは地面を蹴り上げ体を飛ばし大剣を振るった。だがヘルビオンはそれを双剣で受け止め弾いた。
ガギンッと剣が唸りを上げノアールの大剣が天に掲げられた。
その隙を縫い止めるかの如くヘルビオンは双剣を斜めに掲げ斬り掛る。
防ぎ得ぬ刃。
だがノアールは生きるのを諦めていなかった。この時ノアールの体感時間は遅く時が停滞した感覚に陥っていた。
ゆっくりと進む双剣。
ゆっくりと鼓動を鳴らす己が心臓。
ノアールは歯を食い縛り一撃を貰う。
だが浅い。
微かに避けたのだ。
次に生まれたヘルビオンのコンマレベルの隙。それを獲物を逃すまいとする蛇の如く飛び掛り胴を分離させた。
霊体は砂粒が舞うように消えて行った。
ノアールは剣の先を女に向け荒い息でそこを通せと脅した。
白きローブの女はフッと笑いこう言った。
"中々面白い勝負であった。ここで殺すのは惜しいが民の安寧に危害を及ぼす輩を見逃す程お人好しではない。"
掌を地に向けそこから黄金の弧が現れた。
それはコンマレベルの速度で回転しており当たれば体は確実に欠損するだろう。
だがノアールは顔色一つ変えずただただ彼女を睨んでいた。
白きローブの女が投げる寸前、何か怪物が来たと分かる重圧が森全体に木霊した。
木々で囀る小鳥は悲鳴を上げ飛び立つ。
森の茂みが無数に揺れあらゆる生物が逃げていく。白きローブの女は舌打ちをして踵を返した。
エファアルティスも同時に恐怖を感じていた。その圧倒的重圧。
それは徐々に重くなっていき怪物がこちらに近づいているのを知らせていた。
敵か味方かは判別不可能だが一つ分かる事は敵だとすれば死ぬ。
怖いと言う恐怖。
高鳴る鼓動。
ノアールですら膝を屈し歯を鳴らしていた。何かに耐える様に。
きっと恐怖と戦っているのだ。
互いに滴る汗を拭い迫る圧の方向に目を向けた。霧で視界は安定しないがそれはとても大きかった。
目は赤く発行した巨体。
ノアールは失禁していた。
歯をガクガクと鳴らせ怯える。
風が吹きすさぶ。
歩く度に地が揺れる。
黒く大きく人型の巨人。
"今は夜じゃないぞ…なんで…"
エファアルティスと巨人の赤き眼が交わる刹那ノアールがエファアルティスを抱え押し倒した。
エファアルティスの顔否眼を覆う様に抱き締める。エファアルティスは久しき人肌に心がやすがる。
こんな状況じゃなければ尚更良かったのだがと少し勿体なさを感じていた。
巨人の足音が遠ざかる。
恐らく眼を合わせない限りは大丈夫なのかもしれない。
ノアールは辺りを見渡す。
居ないのを確認してエファアルティスを離し立ち上がる。
エファアルティスは聞いた。
あれは一体何者なのかと。
ノアールは眼を瞑り心が落ち着きを取り戻したのか微かに震える声でこう言った。
"あれは旧支配者と言う怪物だ…名をウェンディゴ、あいつは禁忌を犯し自我と言うものを失ったが故により一層危険な存在になった。本来は夜まで睡眠している筈だが何故だか現れた…とにかくあの女も消えた。仕事を完遂しよう。"
ノアールはそう言ってエファアルティスに手を差し出した。エファアルティスはギュッと手を握り立ち上がる。
腰や背に着いた砂埃を払い歩を進める。
目的地に着くと亜人達は居なくなっていた。先程のウェンディゴとやらの影響と見て間違いはないだろう。ノアールは辺りを探索し足跡を吟味していた。
辺りには無数に散らばり枝分かれする足跡。足跡が多い方に向け後を追う。
すると鉢合わせた。
恐らくウェンディゴが消えた故に帰巣していたのだろう。
エファアルティス達を見てドラミングらしき事をしてェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛と耳が劈く甲高い鳴き声を上げ襲い掛かる。攻撃方法はどうやら多種多様で鉄製の剣と鉄製の丈夫そうな盾(剣や盾を作る知恵はないので恐らく来た武具商人を襲って得た)者や何かの紫色に変色した手。それは人間の手に酷似しているが違う。
爪は黒く長く非常に鋭利。それは爪と言うよりは針に近しい見た目。
引っかかれば肉は引き裂け突き刺されば骨すらも容易に貫通するだろう。あれは屍人の手を千切り得たものであろう。
あれには血授崩壊を引き起こす猛毒がある故にノアールは気をつけろと告げ太刀を構えた。大剣を見て亜人は少し怯むが再度雄叫びを上げ飛び掛る。
ノアールは腰を曲げ太刀の先を後ろに向け横薙ぎに力強く振るった。
すると亜人達の胴が全て分断され死した。
一人ェェェとか細く鳴き手をジタバタとし未だ生きている亜人がいた。
ノアールはその亜人の顔を踏みつけ心臓部分に大剣を突き刺した。エファアルティスはその光景を見て息を飲んだ。
これが狩り。
凄惨かつ血みどろな行い。
悪魔狩りを一度でもすれば血の匂いは永劫に払拭されない。
ノアールは次の獲物を狩りに亜人の巣へと足を運ぶ。
巣に戻ると亜人が居た。
足跡の数と全て一致する為戻ってきたのだろう。ノアール達の存在に気付き襲い掛かる。ノアールは全てを斬り倒し仕事を完遂しエファアルティスと共に街へ戻った。
ここで造語について解説します。
血授崩壊とは文脈通りの意味で血を授けるのを阻害(崩壊)させて血流を止め死に至らせると言うものです。