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迎撃海域  作者: 伊藤 薫
第3部:衝突
20/35

[1]

「ひりゅう」は横須賀を出港後、いったん沖縄基地に寄港した。勝連半島の先端に位置するために「勝連基地」とも言われる同基地は、南西諸島と周辺海域を防備する海上部隊―沖縄基地隊の本拠地である。

「ひりゅう」の幹部たちは沖縄基地隊司令から、最新情勢について説明を受けた。

 まずこれまで国籍不明とされていた原潜が中国海軍、北海艦隊に所属する原潜である可能性が高いこと。米軍からの情報提供では、衛星写真で大連港に停泊中の北海艦隊の駆逐艦が数隻、出港準備に入っている様子が確認できるとのこと。

 情報参謀が報告を締める。

「なお、米軍は北海艦隊の動向と原潜の関連は不明としています」

 山中が質問する。

「原潜の現在地は判明しましたか?」

「依然として不明ですが、こちらでは沖縄トラフに潜伏している可能性が最も高いと予想して、その周辺の海域を中心に、P-3Cを交代で展開して捜索中です」

 本条はその言葉に納得する。

 東シナ海は大陸棚から浅い海底が続いている。潜水艦の航行は制限されるが、南西諸島・琉球諸島の西側に広がる沖縄トラフには2200メートル近い深さを持つ海溝も存在する。潜水艦が隠れるには格好の海域に思える。「ひりゅう」は燃料や食料など物資の補充を終えた後、その日の夜に沖縄基地を出港した。

「ひりゅう」は潜水艦隊司令部から指定された海域に進出して哨戒任務を開始した。哨戒任務中は北を脅威方向として、東西に往復しながら艦首と側面に装備したアレイ、曳航式アレイから構成されるソナーシステムZQQ-7Bを使用する。

 スノーケル・マストで吸気している間、沖田は潜望鏡で注意深く全周を見渡した。数日前に通過した熱帯低気圧の影響で海は荒れていた。沖田は潜望鏡を哨戒長に渡した。

「敵の水上艦が周辺海域にいる可能性を考えると、これからスノーケルはなるべく控えた方がいいだろう。AIP運転始め。目標を探知するまでは、このままで行こう」

「ひりゅう」は魚釣島の南を通過してから北に針路を変えて哨区に向かいながら、魚釣島周辺で中国艦の状況把握に努めた。今のところ尖閣諸島の北方に自衛隊の水上艦艇や航空機は出動していない。電波探知機(ESM)ではレーダーを数波探知した。国籍不明の駆逐艦は少なくとも2~3隻と見られたが、領海内に侵入してくる気配がないため、ひとまず監視は中断した。

 本条は森島から、戦闘記録員として記録を取るよう命じられた。沖田艦長からも念を押される。

「これが将来への大切な遺産になる」

 水測状況は予測よりも悪い状態が続いている。熱帯低気圧が去った後、民間の漁船もだいぶ周辺海域に出てきているようだった。不規則に海を移動する多数の漁船は雑音となるため、ソナーにとっては邪魔な存在になる。

 士官室では夕食後、ミーティングが開かれた。まずは司会の山中が口を開いた。

「領海内に潜伏していると考えられる原潜は、どのタイプなのか。それによって、我々が取るべき手段が異なってきます。まず想定すべきは・・・」

「攻撃型原潜の夏級か商級でしょう」徳山が言った。「商級はたしか、ロシアのヴィクター級を参考したというが」

「商級がヴィクター級を参考にしたのは間違いないですが」相原は言った。「その静粛性はヴィクター級よりも劣るという評価です。そもそも中国海軍の原潜は静粛性に問題があり、どれもまともな戦力と呼べる代物じゃありません」

「数年前に石垣島の領海に侵犯したのはたしか夏級だったな?」山中が言った。

「はい。ですが、やはりうるさすぎて、簡単に捕捉できたという話です」

「とはいえ、敵の原潜はこうして姿を消している」

「だとしたら、敵の艦は何だ?」

 森島が相原に訊いた。

「通常動力型のキロ級か、キロ級の後継に当たるラーダ級・・・後はテスト艦といわれている清級でしょうか」

「敵は自身の弱点を知っているんだろう」

 沖田が口を開いた。全員が艦長に顔を向ける。寡黙な沖田にしては雄弁だった。

「その上で、こちらの探知から逃れているのだ。敵が静粛性の劣る艦に乗っていようがいまいが関係あるまい。今まで探知されていないことを考えると、艦長とその兵員の能力は決して低くはない。むしろこちらよりも上かもしれない。そのことを踏まえて、各員は哨戒を厳となすように」

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