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迎撃海域  作者: 伊藤 薫
第2部:蠢動
12/35

[1]

 陸耀明(ルー・ヤオミン)・上校(大佐)は停泊中の商級原子力潜水艦「長征14」を目指して、大連港の構内を速足で歩いていた。胸奥に抱える苛立ちを隠そうともせず、靴音を必要以上に響かせて、周囲で作業している乗組員たちが驚いて顔を上げる。

「長征14」は2日前、北海艦隊司令部から緊急で出港を命じられた。弾道ミサイルを搭載した晋級原潜の護衛で3か月の哨戒任務を終え、ドックで修繕作業に入る矢先だった。休暇を取り消された乗組員たちは士官すら不満顔だったが、陸の一喝で大急ぎで補給物資の積み込みが行われた。

 乾ドックに着いた途端、陸は気分がよくなった。ドックは注水され、水上からわずかに露出した黒い艦体は夜間に点灯される照明を反射して輝いて見える。「長征14」は全長107メートル、最大幅11メートル、排水量7000トンの攻撃型原潜である。クレーンで吊るされた舷門板を渡り、陸は艦体に足を乗せた。ドックのスピーカーが乗艦を告げる。

「『長征14』、艦長乗艦」

 これを虚栄と言うなら言え。陸は自分の乗艦を告げられることが好きだった。着替えなどを詰めたカバンを梯子の上から投げ下ろし、陸は艦内に降りる。馴染み深い潜水艦の臭いが鼻を衝いた。「長征14」は就役して間もない艦だが、すでに乗組員たちの汗や体臭、潤滑油などが混じった独特の臭いが染みついている。艦長室に荷物を置き、陸は発令所に入った。

 発令所は当直の乗組員たちでごった返している。「長征14」はロシア海軍のヴィクターⅢ級原潜をベースにしているが、全てが同じではない。発令所は機器の配置換えによって、若干細長い造りになっている。副長の楊栄成(ヤン・ウィンシン)・中校(中佐)がディスプレイから顔を上げる。

「出港準備は定刻通り完了しております。艦長がセールに昇り次第、ただちにこのドックから出港できます」

「よし、ではセールに上がる」

 陸は楊と一緒に、セールトップに上がった。陸は背後の信号員に低い声で告げる。

「前進微速、方位165」

 信号員はその命令をマイクロフォンで発令所に伝えた刹那、陸は自分の足元がかすかに震え出すのを感じた。「長征14」の艦尾でスクリューが回転を始めたのだ。弾丸型の艦首が暗い海面を切り裂き、前方のデッキが水中に沈む。艦尾から白く泡立った波を引き、速度を上げる。

「異状なく出港しました」楊が報告する。「まもなく潜航準備を命じます」

 陸はうなずいた。

「長征14」はやがて左舷の軍用埠頭を通りすぎた。北海艦隊の駆逐艦やフリゲート艦が照明を浴びて、停泊していた。大連港は軍民共用港であるため、普段から多くの民間船舶が行き交う交通量が多い海路であるが、午後10時の水路はさすがに船の数も少ない。

 大連湾口に差しかかった頃、発令所から「潜航準備完了」の報告が入る。陸は潜航を下命して、楊と信号員と共に、長い垂直階段を降りて艦内に入る。直後、セールトップのハッチが閉じられる。艦内に潜航警報が鳴り響いた。10分後、潜望鏡深度についた「長征14」は傾斜が水平になり、静寂を取り戻した。楊が報告した。

「艦長、潜望鏡深度につきました。各部、異常なし。安全潜航深度まで潜入し、異常を確認します」

 陸はうなづいた。

「よし、50メートルごとに異常を確認しつつ、深さ650まで潜航せよ」

「深さ650まで潜航、了解」

 楊は左舷の操舵席で操作している操舵員に命じた。

「深さ650、ダウン3度」

 陸は深度計の目盛りが徐々に動く様子を見つめる。深度が620メートルに到達した時、今度は楊が「前後水平」と下令した。

 操舵員は姿勢角を戻しつつ、指定された深度を超過しないように、少し手前で潜舵を戻した。さらに上げ舵を取り、潜入の勢いを止める。艦の傾斜が再び水平になる。

「各部、安全確認を行え」

 決まりきった手順は副長が代行する。数分後に「異常なし」という報告が入る。

「よし、通常航海当直に戻せ。後はまかせた」

 陸は政治委員の張・上尉(大尉)と一緒に発令所を出た。楊が何か言いたげな表情を見せる。今回の出動命令の理由を聞きたいのだろう。陸は無視した。陸自身も司令部に出動理由を問い質したが、ろくな回答は得られなかった。自分たちの休暇も吹き飛ばす程の命令がいかほどの物なのか。今は一刻も早く、艦長室の金庫に保管された警備配備命令を確認したかった。

 陸は狭い艦内を速足で艦長室に向かった。

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